第134話「選ばれた使者」
貴族会館の空気は。
昨日までとは違っていた。
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恐怖は消えていない。
誰も安心していない。
だが。
“動き”がある。
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それだけで。
人は少しだけ落ち着く。
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「……本当にやるのか」
若い貴族が呟く。
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「……やるしかない」
即座に返される。
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答えは決まっている。
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何もしなければ終わる。
なら。
何かをするしかない。
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それだけだ。
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「……誰を出す」
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空気が止まる。
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そこが問題だった。
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関与が薄い者。
名前が出ていない者。
そして。
“切り捨ててもいい者”。
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その条件が。
自然に共有されている。
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誰も口にはしない。
だが。
全員理解していた。
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「……ロイド家の次男だ」
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名前が出る。
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空気が少しだけ動く。
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「……あいつは当時まだ幼い」
「……地下にも入っていない」
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「……接点が薄い」
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つまり。
“試すには丁度いい”。
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若い貴族の顔が青ざめる。
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「……待て……!」
「……それじゃ……」
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言葉が止まる。
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最後まで言えない。
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だが。
意味は全員に伝わる。
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“失敗した場合”。
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沈黙。
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誰も答えない。
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答えを避けている。
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「……成功すれば」
上位貴族が口を開く。
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「……交渉の余地が生まれる」
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「……失敗したとしても」
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一瞬止まる。
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「……情報は残る」
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冷たい。
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あまりにも。
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若い貴族が唇を噛む。
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だが。
反論できない。
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今の王都には。
“それしか残っていない”。
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場面が変わる。
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ロイド家。
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次男――ルークは。
突然呼び出されていた。
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「……俺が?」
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困惑している。
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当然だ。
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何も知らない。
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地下の件も。
消えていく貴族たちも。
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噂程度しか。
理解していない。
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「……簡単な役目だ」
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父が言う。
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「……ただ会って」
「……話を聞くだけだ」
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優しい声。
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だが。
目が合わない。
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ルークは違和感を覚える。
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「……なんで俺なんだ?」
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返事はない。
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ほんの一瞬。
部屋の空気が止まる。
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「……お前が適任だからだ」
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それだけ。
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納得できない。
だが。
逆らえる空気でもない。
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ルークはまだ十五歳。
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何も知らない。
何も選んでいない。
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だからこそ。
選ばれた。
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貴族会館では。
誰かが小さく呟く。
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「……これで分かる」
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「……交渉できるのか」
「……それとも――」
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続きを。
誰も口にしなかった。
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その頃。
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王都の外れ。
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静かな通りを。
一人の男が歩いている。
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ゼル。
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表情は変わらない。
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歩みも一定。
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ただ。
静かに進んでいる。
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そして。
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その視線が。
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ゆっくりと。
ある方向へ向けられた。
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まだ。
誰も気づいていない。
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“選ばれた使者”が。
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最初から。
対象の外にいることを。




