第5話 母の説得
「…………」
「なるほど。それで、そこの精霊と契約したってこと」
私は今、家のリビングの椅子に腰かけている。変身は既に解いている状態だ。
テーブルをはさんで反対方向に座っているのは、今絶賛頭を抱えてため息を吐いている最中のお母さん。何やらいろいろと考えている様子だった。
というのも直前まで、私はこうなったこれまでの経緯を説明していた。
流石に、今さっき買った箱の中から精霊が出てきた、つまり精霊を金で買ったとは言えなかった。なので、この精霊が窓から入ってきて勝手に契約を持ちかけてきたので、勢いのまま契約してしまったということにした。
精霊の方からなら契約を持ちかけて来るのは自然な事だとお母さんも思ってるし、これ以上変な事を言って混乱させるのは嫌だったからだ。
インキューはというと、テーブルの上で体育座りしている。ちょうど私とお母さんの間位の場所で座っていて、なにか言いたげな顔でじーっとこちらを見ている。
そりゃ全ての責任をインキューに押し付けるような言い方をしたのは悪かったけど、こうでもしないと私の立場が危うい。なので、こっそりジェスチャーで「余計なことは言わないでね」とくぎを刺しておいた。インキューは明らかに不満げな顔をしたが、しぶしぶ了承してくれた。
リビングに沈黙が流れる。
気まずい。
取り調べを受けているときの犯人の心情って、こんな感じなのかな……。
「歩夢……魔法少女が一体どれだけ危険な仕事なのかわかっているの?」
おっちゃんにもインキューにもされた話を聞いてくるお母さん。
やっぱりそれだけ重大なことなんだと身に染みると同時に、心配してくれる身内がいることに心のどこかで私は安心した。
「うん、わかってるよ」
「テレビとかに映っている親御さんの中には、自分の娘が魔法少女に選ばれたことを喜んでいる人も多いみたいだけど、私はそのたびに心配になるの。自分の子供の命を何だと思っているんだろうって」
「…………」
「魔法少女っていうのはね、本当に危険な仕事なのよ。上手くいけば将来は安泰みたいだけど、それと同時に年間で何十人、いや、何百人もの女の子が死んじゃっているって聞くわよ」
「うん。わかってる。でも私、ちゃんと気を付けるから――」
「口では何とでも言えるわ」
ピシャリと容赦なく言い放つお母さん。
反論できない。
もっと私が、責任と覚悟を持てる年齢になれば、あるいは許してくれるのかな?
『あ、あの、お母様。あまり彼女を責めないでいただけると――』
「一方的に契約持ち掛けてきておいて、あんたはよくそんな呑気にいられるわね」
『ひぃっ』
「とにかく、精霊様は黙っててくれます? これはうちの問題なので」
『あっ、はい……』
お母さんに鋭い眼光を向けられて、途端に押し黙るインキュー。
ありがとう。私をかばおうとしてくれて。
「だいたいあなた、学校はどうするの? もう全然行ってないでしょ?」
「……っ」
「そりゃあもとはと言えばお父さんが悪いんだけどさ、このままだとあなた、将来安泰どころか、本当に引きこもりになっちゃうわよ?」
一体何の話だとでも言いたげに首を傾げているインキューは置いておいて、私はどう言い返せばいいのか言葉を探す。
「今からでも遅くないわ。別に転校も考えてもいいのよ。とにかく今は、まず復学することを一番に考えた方が――」
「それでも!」
私は思わず叫んでしまった。
叫ばずにはいられなかった。
「私は……魔法少女になりたいの」
ここが正念場だ。
私はお母さんに、自身の思いのたけをぶつける。
「私……ずっと憧れだったの。街のみんなの平和を守るために、一生懸命に戦っているあの人たちを見て、なんてカッコいいんだろうって思ったの。私も、あの人たちみたいになりたい。ずっとそう思ってきた。魔法少女は、私の夢だったの!」
「……知ってるわ。ずっと応援してきたものね。でも、憧れだけじゃ、現実は生きていけないわよ?」
「そうだよ。だから私、魔法少女になって、みんなを見返してやりたいの!」
「見返す……? まさか、あなた――」
お母さんの目が見開かれた。何かに感づいたみたい。
私は勢いのまま、熱意を語る。
「私が魔法少女として活躍すれば、みんな私を見る目が変わるかもしれないでしょ? そうすれば、学校でまたあんな目に合わずに済むかもしれないし。お父さんだって、今より楽になるかもしれないでしょ?」
「……で、でも、だからといって、魔法少女じゃなくてもいいんじゃない? ほら、他にも方法はあると思うし、わざわざ命を掛けなくても――」
「魔法少女はテレビに映って活躍をアピールできる数少ないチャンスなんだよ。きっとみんな私を嫌でも見るはず。その中で活躍できれば、きっと全て、うまくいく。私はそう信じてるから」
「…………」
「魔法少女になって私、自分にとって何が一番大事な事なのかを見つけていきたいの。お願いお母さん。魔法少女になることを……認めてくれない?」
ありったけの思いをぶつけてみた。
これでだめなら、もうその時はもうあきらめるしかないだろう。とはいっても、一度交わした契約をどう解消すればいいのか私にはわからないんだけど。
お母さんは長いこと逡巡したあと、小さな声で呟いた。
「てっきり、お父さんの事嫌いなのかと思っていたけれど……そう。良い子に育ったのね」
「えっ、何?」
「ううん。なんでもないわ」
微笑みを浮かべていたお母さんは、次の瞬間には真剣な顔になって私に聞いてきた。
「やるからには、全力でやってくるのよ」
「うん」
「危なくなったら逃げて、大人たちに任せるのよ」
「うん!」
自信をもって頷く。
するとお母さんは、またさっきの微笑みを浮かべて、
「負けたわ……まさかここまで真剣に言われるとは思っていなかったから。いいわ。早速市役所に行って、登録してきましょう」
と言ったのだ。
「……それって、認めてくれるってこと?」
「ええ。もちろん、変な騒ぎ起こしたら無理にでもやめさせますからね?」
「ありがとう、お母さん!」
私は飛び上がって喜んだ。まさか、お母さんに魔法少女になることを認めてもらえる時が来るなんて!
……うん? 待って、市役所?
「お母さん、市役所の登録って?」
「あら、知らないの? 国の機関に所属するためには市役所での登録が必要なのよ。……まさかあなた、無所属で行動したいなんていうんじゃないでしょうね?」
「う、ううん! もちろん所属するよ!」
「そう。よかったわ」
確か、魔法少女の9割以上が国の機関に所属していると聞いたことがある。それの始まりが、まさか市役所での登録だったとは……。
『ふう……まあ、なんだ。とりまよかったじゃねえか』
インキューが私に向かってにっこり微笑んだ。
こうして私は、晴れて魔法少女になることが決まった。
市役所での登録から数日後。
今日は魔法少女課の人がお迎えに来る日だ。
そんなわけで外出の支度をするためにショルダーバッグへ荷物を入れていると、ピンポーンと家のチャイムが鳴った。
「こんにちは。わたくし、魔法少女の管理長をしております、山口早苗と申します。お宅の娘さんをお迎えに上がりました。お時間は大丈夫でしょうか?」
「歩夢ー! 魔法少女課の人が来たわよ。あなたを迎えに来たって」
お母さんの声が聞こえてきたので、荷物を入れ終えたショルダーバッグを肩にかけ、部屋から出てとことこと階段を下りてみると、玄関に知らない女の人が立っていた。
ビシッとした灰色のスーツを着ている、栗色のショートヘアが似合うその女性は、いかにもなキャリアウーマンって感じの人だった。
それこそ刑事ドラマに出てきそうな敏腕女刑事っていうイメージの人。
その女性は、鋭い目つきで私を一瞥すると、途端に温和な表情を向けた。
「あなたが一ノ瀬歩夢さんね。魔法少女就任、おめでとうございます。わたしは山口早苗。あなたの安全を管理する監督をする人よ。これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
私がお辞儀をすると、早苗さんは私に、外に出るよう促す。外には、横に長く伸びた高級車両、いわゆるリムジンというやつが止まっていた。
す、すごい。私、今からこれに乗るんだ……。
『なんかやけに仰々しくねえか? 魔法少女ってVIPか何かか?』
「魔法少女はただでさえ数が少ない特別な人材ですからね。丁重にもてなすよう、上から言い使っているのです。なので、これくらいの待遇は当然の事です」
インキューの疑問に、早苗さんは答えてくれた。
「気を付けていってらっしゃい。なにか嫌なことがあったら、すぐに戻ってきていいんだからね」
「うん、大丈夫だよお母さん。いってきます!」
ボディーガードの人に促されるがままに、私はリムジンの後部座席に乗り込んだ。
そして、車が走り出した。




