7-1 14点事件
7-1 14点事件
「14点事件、あなたも知っているでしょう」
「あの上野で起こった事件ね。白昼に買い物客で賑わうアメ横で、ユーチューバーがナイフで刺された事件でしょ。しばらくワイドショーで盛んにやっていたじゃない」
「そうなのよ。SNSで評判になったわよね。若者が通りすがりの中年男の顔に突然善人アプリをかざして、「14点だ」って騒ぎ出したことが引き金になって起こった事件よね。その事件が、14点事件って呼ばれるようになったのね」
「詳しいじゃない。若者が14点だ、14点だって、何度も大きな声ではやし立てるのを聞いた男が、そのしつこさに逆上して胸からナイフを出して若者を刺殺したんだわよね。倒れてからも上に乗っかって何度も刺したそうじゃない。男は全身に返り血を浴びて、それでも14点男は刺し続けたそうじゃない。辺りは血の海になって、凄惨な光景だったそうね。アメ横だからたくさんの買い物客が周囲を取り囲んで、あたりは騒然となったらしいわね。みんなよくも逃げなかったものよね。逃げないと危ないのに」
「みんなスマホで写真や動画を撮っていたそうよ。たくさんアップされているじゃない」
「インスタ映えするそうよ」
「趣味ワル」
「殺人の場面を見るなんて、気持ちいいものじゃないわよね」
「あとでわかったことだけど、その14点男は以前にも殺人未遂を犯したことがあったそうよ。ある家に侵入して、お金を盗んで、その家のおばあさんを刺したことがあるそうよ。その日は、刑期を終えて刑務所から出てきたばかりなんだって。そうしたことがわかって、善人アプリがマスコミやSNSにのって急速に広まっていったのよね。善人アプリは、善悪を判断する信頼性があるツールだってことになって。それまでは、ただのおもちゃ扱いだったのにね。
殺された人は、一部では有名なユーチューバーだったそうね。以前はスーパー善人の老人をインタビューして、ユーチューブに載せていたそうなんだけどね。ほんわかして、良い動画だったそうよ。
それが最近は街中で善人アプリをいろいろな人にかざして、点数の低い人の反応をユーチューブに載せるようになったんだって。みんなの前で点数を言って、かなりあくどくはやし立てて、本人が慌てて顔を覆ったり、怒ったりするのを撮影して載せていたそうなの。自業自得だって喜んでいる人もたくさんいるそうよ」
「殺された人を悪く言うのもなんだけど、その人もひどい人だったんじゃないの。いったい本人は善人アプリで何点だったのかしら」
「それがね、70点だっていうのよ。本当かしらね」
「老人のスーパー善人を取材していた頃は、結構語り口が柔らかくて好感の持てる人だったそうよ。スーパー善人のインタビューが飽きられて、フォロワーやいいねを伸ばせなくなってから、点数が低い人に目を向けるようになったんだって」
「そんなことがあったの。ユーチューバーもたいへんなのね」
「そう言えば、90点以上をスーパー善人、80点以上を善人、80点未満60点以上を凡人、60点未満50点以上をちょい悪、50点未満を悪人、20点未満をスーパー悪人と呼ぶようになったのも、かれが最初に言い出したことらしいわよ」
「14点事件が起こるまでは、そうしたことも冗談ですんでいたんだけれどね。あの事件以来、60点未満の人はめっきり住みづらい社会になったわね。悪人呼ばわりなんだもの」
「自分が70点だからって、他の人を貶めていいわけないよね。そのユーチューバーだって、自分が70点未満なら決してそんな定義はしていないはずだし、14点事件も起こっていなかったかもしれないじゃない」
「公然と他人を攻撃するのは、いつも大勢に属している連中ね。背後に味方がいっぱいいることをいいことにしてね。下劣よね」
「善人アプリは、悪人アプリでもあるのよね。だれか、「悪人あぶり出しアプリ」って呼んでいるそうじゃない」
「これじゃ、まるで魔女狩りよ」
「このまえ、テレビで安全な社会を作るために、善人アプリをどう活用するか、という特集をやっていたわね」
「善人アプリがどんどん広がって、息苦しくなってきたわね」
つづく




