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6-1 寸借詐欺

6-1 寸借詐欺

「あのう、すみません」

 「どうしました?」

 「ぼく、近くに写真を撮りにきたんですが、どこかで財布を落としたみたいなんです。何時間もいろいろなところを探しているんですが、どこにも見当たらなくて。おばあちゃんの座っているベンチのところを探してもいいですか。ぼくも朝ここに座ったもので」

 「ああ、いいですよ。よっこらしょっと。ベンチの下も確かめた方がいいですよ」

 「見つかりませんでした。これからどうしよう」

 「警察には届けたんですか」

 「はい、交番にすぐに届けたんですが。書類を書くだけで終わりました。警察は探してくれませんね。おまわりさんは交番で待っているだけです。いえ、本当は待ってもいないのでしょうけどね」

 「そりゃあ、そうですね。多分、たくさん仕事があって忙しいでしょうから」

 「いま、何時ですか」

 「3時半ですね。おや、おや、お腹がなったんじゃないですか?」

 「朝から何も食べてなくて」

 「それならうちで何か食べて行きますか」

 「えっ、いいんですか。お腹が空いてしまって・・・」

 「それはかわいそうに。たいしたものはないけれど、ご飯くらいならあるから」

 「わっ、嬉しいな」

 「たくさん食べて頂戴。ご飯ならたくさんあるから。干物も焼こうかしら。年寄りの一人住まいだから、たいしたおかずはないのよ。これはうちの鶏が今朝生んだ卵よ。ご飯にかけて食べると美味しいから。それとも、卵焼きにする」

 「いえ、生卵をいただきます。黄身がぷっくらとして、見るからに新鮮ですね。あっ、この茄子の漬物も絶品です。田舎のおばあちゃんの漬物を思い出します」

 「田舎はどこなの」

 「父方の田舎は山口で、母方の田舎は福岡なんです」

 「私は行ったことがないけど、西の方なんですね」

 「高校生までは、毎年夏に親と帰省していたのですが、大学生になってからは行かなくなって」

 「ほう、大学生さんですか。東京の大学ですか?」

「はい、新宿にある大学です」

「難しいことを勉強しているんでしょうね」

 「難しすぎて、ついていくのもやっとなんです。頭が悪いもので」

 「若い頃は、一生懸命に勉強することに越したことはないわ。将来、偉い人になって頂戴ね」

「いえ、ぼくなんか・・・」

「それにしても、魚の食べ方上手だね。魚を上手に食べる人に悪い人はいないのよ」

 「子供の頃から毎日魚を食べていたんです。

ご飯を3杯も食べてしまいました。ごちそうさまでした」

 「もういいのかい。汁物を忘れてしまったね」

 「いえ、もう充分です。お腹いっぱいですから。申し訳ありませんが、お茶を一杯いただけますか」

「そうじゃ、そうじゃ。お茶を入れるの忘れとった」

「久しぶりです。こんなおいしいご飯は」

「何を大げさな。たいしたものじゃなくて、すまなかったね」

「いえ、普段はカップラーメンばかり食べているので、家庭料理に飢えているんです」

 「それならリンゴを剥こうかね。親戚のリンゴだけど、美味しいから」

 「ありがとうございます」

 「あんた、これからどうするの。なんなら今晩うちに泊って行きますか。駅まで行くバスも、もうなくなったし。一日2便しかないからね」

 「駅まで歩いて行きます。最終電車には間に合いますから」

 「ここから駅まで10キロはあるよ。歩くと若い人でも2時間はかかるから、最終電車には間に合わんよ」

 「いえ、走れば大丈夫です。明日、朝一コマ目から授業があるんです。休めなくって」

 「そうですか。大学の授業があるならしかたないね。電車賃がないじゃろう」

 「はい」

 「貸してあげるよ。それにタクシーを呼んであげよう」

 「いえ、タクシーは大丈夫です」

 「心配しなくても、タクシー代も貸してあげるよ。電車賃とタクシー代、お小遣いも含めて2万円くらいあればいいですか」

 「昼ご飯を食べさせていただいた上に、電車賃まで貸していただけるなんて。すみません。ですが、さすがにお小遣いはいただけません。一万円はお返しします」

 「いや、いや、たいしたことはないよ。年寄り一人では、お金を使うこともないからね。電車の中で何か買って食べたらいいから。余ったら本代にでもして頂戴。学生さんは本代かかるでしょう」

 「ありがとうございます。近いうちに必ずお金をお返しに伺います」

 「きっとまた来て頂戴。みんな、また来ると行って、来たためしはないんだから」


                                         つづく


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