5 就職活動
5 就職活動
「おまえ、いったい何してんの」
「エントリーシートの顔写真に手を入れてるんだよ」
「どうしてそんなことするんだよ。別に写真なんて本人確認以外に使われないんだろう」
「おまえはいいよ。就職決まったんだろう。おれなんか、エントリーシートだけで120社も落とされているんだぜ」
「えっ、おまえいったいどんなこと書いてんだよ。動機になにかいい加減なこと書いているんじゃないだろうな」
「最初の頃はともかく、50社を落とされたあたりから、就職サイトを参考にして、しっかり書いているよ。大学の就職課のアドバイザーにも見てもらって、上出来です、ってお墨付きをもらったんだぜ」
「おれにもちょっと見せてみろよ。確かにおまえらしくなく立派だな。これだったら一次試験は楽々パスだな。今度こそ大丈夫だよ」
「いや、これと同じもので、すでに11社落ちたんだ。原因はここにはないんだよ」
「おまえ、何か過去に悪いことしたんじゃないんだろうな。少年院に行ってたんじゃないのか。痴漢したことあるのか? 盗撮? はたまた、知らないうちに誰かにネットに誹謗中傷を書かれているとか」
「おれ、昔も今も犯罪になるような悪いことしていないって。盗撮なんてするわけないだろう。おれのことはおまえが一番よく知っているだろう。
SNSで悪口書かれているんじゃないかと心配になってググってみたけど、そんなのどこにもないし。おれ、もともと敵を作るようなタイプじゃないしな。
だいたい、エントリー段階で会社が身辺調査をすることはないだろう」
「そりゃあ、そうだ。もう一度、エントリーシートを見せてみろよ。こりゃあ立派だな。これで落とされるわけがないはずだけどな。おまえきちんと送信しているのか」
「しているよ。そういうのも、念には念を入れているんだ。おれコンピュータを買い替えたんだぜ。ネットの環境も新設したし。おまえにもきちんと送信されているだろう」
「変わったところはないな」
「それで、おれネットでいろいろと調べてわかったんだ。善人アプリだよ。善人アプリがおれの就職を阻んでいたんだ」
「なんだ、その善人アプリって」
「ほら、相手の顔にスマホをかざして善人度が何点か測るやつ。この前コンパをした時、これを使って遊んだじゃないか。もう忘れたのか」
「ああ、あのサトルが持ってきたアプリね。ただのおもちゃじゃない。そのアプリとおまえの就職とどう関係があるんだよ」
「会社がエントリーシートの顔写真を善人アプリで判定しているらしいんだ」
「何を判定すんだよ」
「善人度だよ」
「えっ、就職だよ。飲み屋じゃないよ。どこに善人度と関係があるんだよ」
「そうだろう。そう思うだろう。それがあんなおもちゃのようなアプリを使って、おれたち就職希望者をふるいにかけているらしいんだ。どこの会社も使っていることは認めていないけどね」
「善人度が何点以下だったら落とされるんだよ」
「会社によって違うらしいけど、ほとんどは65点未満らしいんだ。もっと高い点に設定しているところもあるらしいよ」
「えっ、65点未満。そんな奴いっぱいいるだろう」
「そうなんだ。いっぱいいるんだよ。だけど、この買い手市場の時代、エントリーする奴が多いから、志願動機なんか読まずに、善人アプリ一つでふるいにかけているらしいんだ。善人アプリは人件費もかからないから便利なんだって」
「そんなバカな。便利とか不便とかいう次元の話じゃないだろう。こっちも一生がかかっているし、会社だって少しでも優秀な人間を採用したいんじゃないのか」
「そう思うだろう。おれ、なんとか面接まで行きたいよ。面接に行ってしゃべりたいよ。それを善人アプリが阻んでいるんだ」
「それでおまえいったい何点なんだよ」
「64点なんだ。コンパの時と同じだよ」
「なんだ、たった1点足りないだけじゃないか。そんなのにこっと笑えば済む話じゃないのか。そもそもおまえ少し不愛想だし」
「おれもそう思ったよ。おれのスマホにアプリを入れたから測ってみてくれよ」
「64点、ドンピシャだ」
「なにがドンピシャだ」
「もっと笑ってみろよ。やっぱり64点か。おまえ、肩に力が入っているぞ。肩の力を抜いてみろよ。リラックス、リラックス。深呼吸を3回してみろ。もっとゆっくりと。よし、行くぞ。64点。ダメだな。それなら一回声を出して大笑いしてみろよ。63点。えっ、下がったじゃないか」
「そうなんだ。おれの場合、下がることはあっても上がることはないんだ」
「このアプリ壊れているんじゃないか。ちょっとおれを測ってみてよ」
「73点。タケチャンはいいよな。73点あるんだものな。壊れてなんかいないよ。誰のスマホを使っても同じなんだ。憎いことに」
「それでおまえどうしようとしているんだ」
「これまで眉毛を細くしたり、描き足したり、墨を塗ったりしたよ。顔を細くするために、体重を落としたりしたんだ。それでもだめで、今度は太ってみたよ。ふっくらした方が優しげに見えると思ってね」
「この短期間に太ったり痩せたりしたのか。壮絶だね。それでどうだったんだ」
「点数に変化なし。ネットによると整形した奴もいるらしいんだ」
「まあ、そうなるだろうな。それでおまえはいま何してたんだ」
「実際に整形しなくても、コンピュータ上で70点になるように加工してくれるソフトが見つかったんだ。どんな顔でも70点にしてくれるというんだ」
「有料なのか」
「出始めたころは有料で、それもバカ高かったらしいんだけど、すぐにフリーソフトが出回りだしたんだ。助かるよ」
「だけど、それで一次をパスしたとしても、あとから写真の顔と本人が違うと、クレームがつくんじゃないのか」
「それが大丈夫らしいんだ。おれたちの肉眼ではそれほど修正されたようには見えないんだって。ただ善人アプリを出し抜くだけなんだよ。面接の本番では善人アプリは使われないらしいからね」
「ちょっとそのソフトを使って試してみてよ」
「どう?」
「たしかにそれほど変わったようには見えないけど。で、点数は何点なの」
「ピッタリ70点。そのように設定したからね」
「それじゃ90点に設定することもできるの」
「ああ、できるよ。あっ、無理ですという警報がでた。これを無視して、エイッと」
「これはいくらなんでもおまえじゃないだろう。それこそ善人すぎて気持ち悪いよ」
「そうなんだ。修正するのにも限界があるんだ。でも、このソフトを見つけたから、もう一次審査はパスだ。ここまでたどり着くのに長かったよ」
「試験とその対策はイタチごっこだからな。それにしてもくだらないよな、この善人アプリ」
「まあ、百歩譲って、接客業や営業の対人関係の仕事を希望するならわかるよ。おれなんかエンジニア志望だぜ。ただ、コンピュータや機械の前に座っている仕事なのに、善人面は必要ないだろう」
「だけど、その善人アプリの犠牲者はかなりいそうだな。だれか文句言う奴いないのかよ」
「ネットではいるよ。でも、会社は否定するし、もう対策ソフトができて誰も困らなくなってきているし。まだ知らない奴の方が問題だってさ」
「おまえ、良い奴だな。おれなら落とした会社の悪口並べ立てて、ネットに書き込むけどな」
「そうだろう。おれ良い奴だろう。おれ、善人なのになんで64点なんだよ。これ一生付きまとうのかな。おれ結婚できないかもしれないな。この点数を見て、相手の親が反対したりしてさ」
「バカ言ってんじゃないよ。そのうちみんな飽きてしまうよ。こんなバカアプリ、すぐに忘れられるって」
「そうだよな。整形する必要ないよな」
「あたりまえだ」
つづく




