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3-3 スーパー善人

3-3 スーパー善人

「全国のスーパー善人を取材して回っているんですか」

「取材というほど偉そうなものではないんですが、話を聞いて回っているだけですよ」

「どうして、善人アプリで低い点の年寄りの話を聞いて回らないんですか」

「そりゃあ、善人アプリという名前ですから、善人のことを聞くのが筋というものでしょう。それに、暗い話より明るい話の方が、みんなに喜ばれていいじゃないですか。でも、明るい話もそろそろマンネリになって飽きられてきたかな。最近、フォロワーの数も伸びないし。いえ、これは独り言です」

「善人だって明るい話ばかりじゃないでしょう。うちだって子供や孫が出て行ってしまったし」

「たしかにそうです。善人になったばかりに、不幸な目に会われている方も、結構いらっしゃいます」

「点数の低い人たちはどうなんですか。この村では50点台の人が一人おるんですが、これまでと変わらずに付き合っています」

「そうなんです。それが不思議なんですね。全国、どこの地域でも善人アプリで変化のあったのは、高得点のスーパー善人ばかりで、低い得点の人は善人たちと何も変わらずに生活を送っているんですよ。どうしてだと思いますか」

「別に不思議ではありませんよ。いまさら、点の低い人をいじめてもしょうがないでしょう。それでなくても、年寄りには病気や死など、迫りくる不幸はたくさんありますからね」

「ですが、よく施設やゲートボールなんかのお年寄りの競技で、いじめが起こっているっていうじゃありませんか」

「そう思うでしょう。そう思われるから、期待に応えているだけですよ。残念ながら、いじめるほど、気力・体力はそれほど多く残されていません。それに善人アプリは善人を点数で示していますが、誰もが思っているような底抜けの善人なんてどこにもいないことは、長く生きていればわかるというものですよ。人間は誰だって良いこともすれば悪いこともするんですから。長く生きるというのはそういうことです。

今さら善人だとか悪人だとか分類しても、何の意味もありません。この村には私のように生まれてからずっとここに住んでいる者がほとんどですが、なかには中学や高校を卒業してよそに就職したものもいます。東京の大学に入った者もいます。そうした連中はもうこの村に帰ってきません。ですが、なかには子供の頃の悪たれが、どこをどうほっつき回っていたか知りませんが、70を過ぎて廃墟と化した実家に戻ってきて住み着いたものもいます。最初の頃は、みんなでいろいろと噂をしていましたが、結局のところよそで何をしていたか、どうでもいいんです。子供の頃の悪たれの懐かしい思い出だけが、我々の共有財産なのです。

マサオは悪党でした。幼馴染のマサオです。マサオを子供の頃に善人アプリで測ったら、30点以下だったでしょう。かっぱらいをしたり、暴力を振るったりしていました。手を付けられない悪でした。ですが、いまじゃ80点ですよ。もう、悪人も善人もないんです。ただ、老人がいるだけなんです」

 「そうですか。長く生きていると、善人も悪人もなくなるんですね。それは素晴らしい話を聞いたな。では、どうしてスーパー善人がもてはやされるのですか」

 「本当は毒にも薬にもならんからです。一幅の清涼剤ですよ。退屈はいけないんです。いまの老人には、かすかなエネルギーが残っていて、枯れたように生きることを許してくれないんです。わしもスーパー善人の役割を果たさなければなりません。それにわしは、わしらの年代の共通の記憶を紡ぎだす役割も担っていると思えるようになってきたのです。

 わしがスーパー善人だということで、わしが行った善行をみんなで思い出しているのですよ。先ほどお話ししましたように、わしはいたって平凡に生き、決して善人ではないので、記憶に残るような善行はしていないのです。でも、善行をしていない善人なんて存在しないわけです。誰かが、わしが子供の頃に山で道に迷っていた小さな子を発見したことを思い出したのです。私も忘れているようなことです。小川に落ちた帽子を拾ってくれた、という人も現れました。熊の子を山に返してやった、という話も出てきました。それは、いくら思い出そうとしても、思い出せません。誰かの創造の産物なんでしょう。老人だからそんなこともあります。空襲にあった時に火を消してくれた、という話もありました。この三日月村に空襲はなかったのです。虚実入り乱れて、私のスーパー善人ぶりを証明しようとするのです。私もはじめのうちは抗っていたのですが、もう流れに身を任せるしかありません。善人アプリは、村の年寄りのひそやかな楽しみであり、スーパー善人は村の誇りなのですから」

 「もしかすると銅像ができるんじゃないですか」

 「ああ、もうできていますよ。あの丘の上にあります。お金がなかったので、石膏像に色を塗ったものですけどね」

 「えっ、そうなんですか」

 「すごいでしょう。わしの銅像、いや石膏像ですよ。でも、もうじきこの騒ぎも収まると思いますけどね」

 「どうしてですか」

 「みんな、本当は私がスーパー善人ではないことを、薄々知っているからですよ。ただ楽しんでいるだけなんです。わしらのこどもたちの世代は白けていますからね。

でも、孫の世代は困ったもので、小学校で郷土の誇りというパンフレットでわしが取り上げられ、わしの過去の善行をリストアップされたんですよ。先にお話ししましたように、ほとんどが嘘っぱちです。それでも、子供たちが時々インタビューに来るんです。親たちも子供の夢を取り上げることができなくなって、私は生き仏みたいな扱いになってきました」

 「全国で同じようなことが起こっていますよ。北海道では、スーパー善人がマスコットキャラクターとして売り出されています。九州では、ローカルラジオのキャスターもやっています。番組の途中でしばしば居眠りをして、いびきが聴こえてくるので、さすがに聴く人がいなくなって、番組が打ち切りになったそうです。それなら、次はテレビだっていうんです。四国のある県では善人体操と言って、ラジオ体操みたいなのができて、県民で体操を始めたそうです。若い人たちはゆっくりすぎて運動にならないと言って、誰もやっていないそうですが。

 あっ、ご存じでしょうが、今年の流行語大賞の候補に、「善人アプリ」と「善人」が上がっています。予想ではどちらかがとるだろうと言われています。

 紅白の審査員にも、老人のスーパー善人の中から選ばれるそうです。残念ですが、イノウエさんは選ばれませんでした。100歳以上の健康な方の中から最高得点者を選ぶそうなんです。ですが、いつぽっくりいくかわからないので、3名を候補者に選んでおくそうです。

あっ、最高得点ですか、97点です。沖縄にいらっしゃるおばあさんです。ただ一人です。次点の96点が3名いらっしゃいますが、2人は認知症で施設に入っているそうなんです。認知症になっても点数が減ったり増えたりすることはないそうです。

 100歳以上で90点以上のスーパー善人は、全国で38人だと言われています。頭も体も元気な方は、三分の一くらいじゃないでしょうか。100歳になっても、平均点は80点だそうですよ。100歳まで生きたら全員100点にしてもいいと思うんですけどね。それと、残念ですが、スーパー善人が長生きできるわけではないようです。点数と寿命に相関はないことが分かっています。スーパー善人には少しくらい特典があってもいいと思うのですが、それはないようですね。

 それにしても、この狸汁美味しいですね。どうしたんですか」

「となりのばあさんが持ってきてくれたんじゃ。となりのばあさん、ひくのが上手だから」


                                         つづく


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