3-2 スーパー善人
3-2 スーパー善人
「こんな辺鄙なところに、よういらっしゃった。まあ、上がってください。ちょうど昼飯の時だから、一緒にあがっていってください」
「突然ですみません。私はユーチューバーのトシと申します」
「挨拶は後でいいから、まずはここに座って。何もないからラーメンでもとろうね。わしは醤油ラーメンにするけど、あんたは何がいい。若いから辛味噌ラーメンかね。ここの辛味噌ラーメン、美味しいので評判じゃ」
「それじゃ、その辛味噌ラーメンで」
「餃子もつけよう。ここの餃子は絶品だから。餃子は好きかい」
「好きです、好きです。お昼時に突然おしかけてすみません」
「いや、そんなことはないよ。それよりもラーメンが来るのに30分くらいはかかるだろうから、うちで漬けた漬物でも食べといてください。お茶、お茶。年取ると気が利かなくなって。若い人は漬物食べないから、このせんべいでも食べてちょうだい」
「そんなに気を使わないでください」
「遠慮しないでね。ところで、あんたはどこの出身じゃ」
「埼玉です」
「ほお、埼玉ですか。お仕事は何をしていらっしゃる」
「ユーチューバーです」
「えっ、なんておっしゃった。歳をとると耳が遠くなって」
「ユーチューバーです」
「いったいそのユー、ユー、チューってなんですか」
「これを見てください。こんなことをして、全国のスーパー善人のお年寄りたちにインタビューをして回っているんです」
「ほう、テレビ局の人ですか」
「テレビではなく、ユーチューブという媒体なんですが」
「ばいたい? ようわからんね。マスコミの方ね」
「説明が難しいので、まあ、そういうことにしておきましょう」
「その人が、どうしてここにいらっしゃったんですか」
「善人アプリで91点だそうじゃないですか。折り紙付きのスーパー善人ですよね」
「ああ、ありがたいことじゃ。91年間静かに生きてきたんだけど、ここにきて急にスポットライトが当たったからね。長生きはするもんじゃ」
「失礼ですが、ご家族は」
「嫁は7年前に死んでしもうた。もう少し長生きしていたら、わしのスーパー善人の晴れ姿を見られたものを。
同居していた息子夫婦と2人の孫はこの4月に山形市に家を建てて、出て行ってしもうた」
「転勤か、それともお孫さんの進学のためですか」
「いや、息子はずっと前に定年退職しているし、孫たちも小学校3年生と1年生だから進学もへったくれもないんじゃ。孫たちは二人ともこの村の学校が好きじゃったし。
それなのに、息子が去年の暮れに交通事故を起こして、気まずくなって、山形市に引っ越したんだ」
「人身事故ですか」
「いや、いや、そんな大それた事故じゃないよ。夜中に道路を横切っていた狸の親子をひいただけなんじゃ」
「そんな些細なことで引っ越されたんですか」
「そうだ。わしが91点をとる前だったらよかったんだけど、91点をとってからはわしの家はスーパー善人の家ということになって、スーパー善人の家から、狸の親子をひき殺した者が出た、と悪口を言うものがおって、出ていかざるを得なくなったんじゃ」
「えっ、狸をひいたくらいで。いや、狸でもひいてはいけませんよ。でも、ひきたくてひいたわけじゃないんですから。不可抗力なんですから」
「ひいただけならまだしも、その狸を家に持って帰って食べたんよ」
「えっ、食べた。それはまずいでしょう」
「いや、ここらじゃ昔からみんなそうしているから、驚かなくていいんよ。別に残酷なわけじゃない。お弔いになっているからね」
「昔からの村の風習だったら、まあいいじゃないですか。死んだ狸も食べてもらって本望じゃないですか」
「ところが、たまたま村外のじいさんがそれを見ていて、村の外の人にぺらぺらとしゃべったんじゃ。それがいつのまにか、残酷だってなってね。
そのじいさん79点じゃから、前からひがみ根性があったんだね。そんなんだから80点以下なんじゃ。そのじいさんだって、この村で狸をひいて食べる風習があることくらい、とうの昔から知っていたはずなんじゃ。そのじいさんも狸のおすそ分けに預かっていたからね。わしも運転していた頃は、ちょくちょくひきに行っていたものよ」
「えっ、えっ、ちょっと、ちょっと待ってくださいよ。狸をひきに行くんですか? 偶然にひくんじゃなくて、わざわざひきに行くんですか?」
「おっと口が滑ってしもうた。外にはもらさないでくださいよ。テレビでしゃべってもいけませんよ」
「大丈夫です。ユーチューブで流したりしませんから、安心してください」
「大きい声じゃ言えないけど、この村ではみんなそうしとるからね。狸が畑を荒らす害獣だから、やっつけなければいけないのよ。
害獣は害獣でも、猪をひいたら車が壊れるからひけないけどね。猪も美味しいんだけどね。
狸は道路にひょこひょこ出てくるからね。罠を仕掛けたり、鉄砲で打つよりいいでしょ」
「まあ、まあ。それは私には判断できませんが。息子さんは、ここらの習わしに従って狸を食べたんですね。確かに村外の人から見たら、少し残酷のようにも思いますが、村の人はみんなそうやっているんでしょう。いいんじゃないですかね、事を荒立てなくても」
「わしが91点だから、事が大きくなったんじゃ。村一番の善人の息子が、狸をひいて食べたってね。村にそんな風習があるなんて、大っぴらにできないでしょう。公になったら、わしの県知事表彰もなくなる、っていう噂がたってな。そこで、息子はけじめをつけて、出ていったんじゃ。やさしい息子じゃ。こうしてこの問題は一件落着したんじゃ」
「それは災難でしたね。おじいさんは一緒に引っ越さなかったんですか」
「わしはその日がたまたま老人会で温泉に行っていて、狸を食べなかったのよ。やっぱり善人は日ごろの行いが違う、といって評判が上がったのよ。わしはそんなものかと思うたけどな。村一番の善人がここを出ることはないと言われ、とどまることになったんよ。わしは息子たちと一緒に引っ越したかったけどな。
ああ、そうそう。その時じゃ。ここからあんたが出ていくと福が逃げる、とまで言われたのは。わしはその頃からこの村の福の神になってしもうたんよ」
「スーパー善人が福の神になった話は、全国でも初めてですよ」
「正直、わしは少し辛いんよ。目立たずに生きてきたのに、あの善人アプリのせいで、スーパー善人に祭り上げられたんだから。わしはこれまでずっと善人なんて言われたことはないよ。悪人でもないけどな。この村の人間に悪人はいないよ。善人と言えば、全員が善人よ。人を騙すこともしないで、生きてきたんだから。おっ、ラーメンが来たようだ。食べてから話を続けることにしよう」
「いただきます。このラーメン美味しいですね」
「そうだろう。遠くから食べに来る人がいるくらいだから。休みの日は行列もできるそうだ」
「日ごろ、食事はどうなさっているんですか」
「こうしてまだ歩けるから、適当に一人で作って食べているよ。野菜は近所の人が持ってきてくれるし、魚や肉は巡回の車が売りに来てくれるから。たまには、牛も豚も食べているよ。たまには罠にかかった猪も食べられるしな。まあ、なに不自由なく生きていけるというものだ。
子供たちもたまに夜中に帰ってきてくれるんだ。おかあさんの手作りの料理も、その時に持ってきてくれるしな」
「それはいいですね」
「孫たちも狸鍋が食べたくなるそうなんで、うちでみんなで囲むのよ」
「そうだったんですか。近所にはばれないんですか」
「みんな知っとるよ。知って知らないふりをしてくれているのさ」
「おじいさんは、出かけることはないんですか」
「月に一回、病院に行くくらいかな。病院の車が迎えに来てくれるから、不便はないというものだ」
「となりのおばあさんのようにサクランボの栽培はしないんですか」
「タマさんほど元気じゃないし、免許を返上して車の運転をしないからな。そう言えば、定期的に老人ホームに行っているよ」
「リハビリか何かですか」
「いや、いや、慰問だよ」
「えっ、なんの慰問ですか」
「スーパー善人の講演を頼まれているんだよ。わしゃあ、口下手だからいやだと言ったんだけど、みんな耳が遠くて聞こえないから構わない、と説得されたんだ。あんたの有り難い顔を見るだけで良いって言うんだ。91点がわかってから、忙しくなったよ」
「失礼ですけど、聞いているご老人は本当に喜んでいるんですか」
「たいがいの人は寝ているよ。ほとんどの人はわしより年下のくせして元気がないんだから。でも、他の連中はみんな80点だから、わしが有り難いみたいだね」
「全国を回ってみると、どこもスーパー善人の方々は、イノウエさんのようにボランティアをされていて、溌剌とされていますね。
つかぬことを伺いますが、自分が91点のスーパー善人に指名された理由がわかりますか。指名という言葉が悪いですね。スーパー善人になった理由といった方がいいのですかね」
「正直、思いつかないね。わしを子供の頃から知っている人は、みんな不思議がっていたよ。最初の頃は、近所の息子や娘、孫にスマホを持たせて、何度もわしの顔にカメラをあてさせに来ていたものね。でも、いつも91点だったんだ。アプリを作った人間に金をやったんじゃないか、と変な噂も立ったらしいが、全国どこでもそんなことはないらしいから、噂もすぐに消えていったんだ。そもそも、アプリを作った人間を誰も知らないからね。
この村で生きている老人は、ほとんどわしより年下だから、勝手にわしが子供の頃良い奴だったと錯覚するようになったね。おぼれた子供を助けたとか、火事を消したとか、根も葉もない噂が広まったよ。そう言えば、熊をやっつけたという話もあったな。わしは足柄山の金太郎じゃないんだけどな。他人がした善行がわしのものになったりもした。記憶違いなんだ。最初の頃は、わしもいちいち否定していたけれど、そのうち面倒になって、ただ黙ってニコニコ笑っているだけになってしもうた。ニコニコ笑ってれば、事はうまく進むことがわかってきたんだ。こうして、わしのスーパー善人神話が自動的に作られていった。わしには何も罪はないだろう」
「ありませんよ。しかし、ここで不思議なことが一つあるんですよ。東京の調査会社が年代別に善人度の点数の分布を調べたんですが、それが80歳以上の高齢者になると、ほとんどすべての人が判を押したように80点になるのです。他の年代の平均点は、70点なのにです。私も70点です。私の年代ではこのくらいの点が普通です。どうして80歳を過ぎると多くの人たちが80点になってくるのでしょう。しかも、80点からほとんど差がないんですから。つくづく不思議です。何か心当たりはありませんか」
「私に聞かれても・・・。難しいことはわかりませんから。私が善人アプリを作ったわけでもありませんし。
そろそろ昼寝の時間です。わしは少し寝ますから、自由にしてください。1時間もすれば起きますから。今日は泊って行かれるでしょう」
「いいんですか」
「いいですよ。今夜は狸汁で一杯飲みましょう」
つづく




