第8話 王都激震
王都の冒険者ギルドが、設立以来の騒ぎに包まれていた。
震源地は、受付カウンターの前に積まれた数箱の木箱だ。
「おい、嘘だろ……。鑑定機が壊れてんじゃねぇか?」
ベテランの鑑定士が、震える手で眼鏡を直す。
彼が手に持っているのは
何の変哲もない、瑞々しいレタスだった。
「鑑定結果が出ました! 『聖女の涙』級の浄化作用あり! 疲労回復効果・大!そして何より……鮮度SSランク!」
ギルド内がどよめきに包まれた。
持ち込んだのは、中堅クラン『銀の牙』のリーダーだ。
彼は得意げに鼻を鳴らす。
「だから言っただろう。これはただの野菜じゃねぇ。ダンジョンの深層で採れた『奇跡の野菜』だ」
「ど、どこで手に入れたんだ!? こんな品質、王室御用達の農園でも見たことがないぞ!」
「企業秘密だ。だが、在庫はあるぜ」
その瞬間、ギルドに居合わせた商人たちが一斉に群がった。
「私が買おう! 金貨10枚だ!」
「ふざけるな、そのレタス1個でポーション5本分の価値があるんだぞ! 金貨20枚だ!」
オークション会場と化したギルド。
『銀の牙』のリーダーは、懐が重くなるのを予感して
笑いが止まらなかった。
(オーナーの言った通りだ。これは……ダンジョン攻略なんかより遥かに儲かるビジネスになる!)
一方その頃、王宮の会議室は重苦しい空気に支配されていた。
「報告しろ! 今年の小麦の収穫予想はどうなっている!」
国王の怒鳴り声が響く。
大臣の一人が、青ざめた顔で羊皮紙を広げた。
「は、はい……。昨年に比べ、さらに3割減の見込みです。各地の農地で『土壌魔力枯渇』が発生しており……作物が育ちません」
「ええい、土魔法使いは何をしている! 魔力を注げば育つはずだろう!」
その言葉に筆頭宮廷魔導師である男
――かつてクロードを「役立たず」と罵り追放した張本人――
が、脂汗を流して答弁に立つ。
「へ、陛下……それが、いくら強力な土魔法で成長を促進させても、土そのものが死んでおりまして……。肥料も効果がなく原因不明なのです」
当然だ。
彼らは「化学」を知らない。
魔法で無理やり成長させ続けた結果
土壌の栄養素(窒素・リン・カリウム)が完全に枯渇し
塩害まで引き起こしていることに気づいていないのだ。
それを指摘し、土壌改良を訴えていたクロードは
もうここにはいない。
そんな地上の騒ぎを知る由もなく
ダンジョンの底では、新たな『食の革命』が起きていた。
「クロード、そのドロドロした白い液体はなによ?」
リリアーナが怪訝そうに覗き込む。
俺はボウルの中で、魔鳥の卵(黄身)と、植物油
そして果実酢を高速で撹拌していた。
「これは『マヨネーズ』という調味料です、殿下」
「マヨ……ネーズ?」
「油と酢は本来混ざりませんが卵黄を使うことで『乳化』し
クリーム状になるんです。……よし、完成だ」
俺は出来たての黄金色のクリームを
新鮮なキュウリ(これも初収穫だ)につけて差し出した。
「どうぞ。世界が変わりますよ」
リリアーナは疑り深くそれを口にし――
「んんんっ!?」
目を見開き、頬を赤らめて身悶えした。
「な、なにこれ!? 濃厚なのに酸味があって、野菜の甘みを引き立てて……悪魔的な味がするわ!」
「でしょう。サラダはもちろん、あの焼き魚につけても絶品ですよ」
「もうっ! 貴方の頭の中はどうなっているの!? 魔法使いより魔法使いじゃない!」
彼女はもう、フォークが止まらなかった。
野菜嫌いの子供でも無限に食べられる魔法の調味料。
これがあれば、俺たちの食生活は完璧だ。
数日後。
王宮の食卓に、ある噂の食材が「裏ルート」で献上された。
貴族の間で密かに流行しているという『奇跡の野菜』だ。
「ほう……これが噂のレタスか。美しい色艶だ」
国王がその葉を口にする。
シャクッ。
瑞々しい音と共に、口の中に広がる爆発的な旨味と魔力。
最近、不味いパンとスープばかりだった国王の顔色が、一瞬で変わった。
「う、美味い!! なんだこれは、体が熱くなるぞ!?」
「陛下、素晴らしい品質です! これがあれば我が国の食糧難など解決しますぞ!」
側近たちが騒ぎ立てる中
筆頭魔導師だけが、その野菜を見て顔を歪めていた。
(なんだ、この完璧な魔力循環を感じる野菜は……? 土の匂いがしない。まるで『水』そのもので育ったような……)
彼の脳裏に、かつて追放した
「水しか出せない無能庭師」
の顔が一瞬よぎったが、すぐに打ち消した。
(まさかな。あんなゴミに、こんな芸当ができるはずがない)
国王は叫んだ。
「これを栽培した者を探し出せ!どこの農園だ! 褒美を取らせて、王室専属にしてやる!」
皮肉なことに、彼らが必死に探しているのは
自分たちがゴミのように捨てた男だった。
――両者の再会(衝突)までのカウントダウンが始まった。




