第7話 迷宮レストラン、最初の「顧客」
「……クロード、もう食べられないわよ」
リリアーナ王女が
山盛りのサラダを前に降参したようにフォークを置いた。
今の我々の悩み。
それは『野菜が育ちすぎること』だ。
高濃度魔力水溶液とLED魔石
そして24時間体制の循環システムによって
作物の収穫サイクルは地上の10倍近い。
レタスは半日で結球し、トマトは次々と赤く熟れる。
「乾燥させて保存食にしていますが、限界がありますね」
「贅沢な悩みね。王都の民が聞いたら卒倒するわよ」
その時だった。
ダンジョンの入り口の方角から、ジャリ、ジャリ……と
重たい足音が響いてきたのは。
俺は瞬時にリリアーナを背後に庇い
足元の「警備用ミント」の根に魔力を流した。
(魔物か? いや、足音が不規則だ。それに、話し声がする)
「……クソッ、地図と違うじゃねぇか……行き止まりだ」
「リーダー、もうポーションがありません……水も尽きました……」
現れたのは、ボロボロの鎧を纏った3人組の冒険者だった。
装備の質からして、そこそこの手練れだろう。
だが、今は疲労困憊で死相が漂っている。
彼らは俺たちの拠点
――光り輝く水耕栽培棚と、緑のあずまや――
を見て、呆然と立ち尽くした。
「おい……幻覚が見えるぞ。ダンジョンの底に、野菜畑がある……」
「ああ……美味そうな匂いまでしやがる。俺ももう終わりだな……」
完全に幻覚扱いだ。
俺は警戒を解き、彼らに声をかけた。
「幻覚じゃありませんよ。いらっしゃいませ『ダンジョン農園・奈落支店』へ」
「「「ひっ!?」」」
俺が近づくと、彼らはガタガタと震え上がった。
無理もない。こんな魔境に、エプロン姿の男と
パリッとした服を着た美女(王女)がいるのだから
魔物の罠だと思うのが普通だ。
「怪しい者じゃありません。ただの庭師です。……見るからに腹が減っているようですが、食事になさいますか?」
俺はリリアーナに目配せをした。
彼女は察して、余っていた焼き魚と山盛りのサラダを皿に取り分けた。
「毒見は済んでいるわ。……お金は後でいいから、お食べなさい」
王女の威厳ある(しかし慈愛に満ちた)言葉に
冒険者たちは顔を見合わせ、恐る恐る皿に手を伸ばした。
最初の一口を食べた瞬間、リーダー格の男の目から涙が噴き出した。
「う、美味ぇぇぇぇッ!!」
「なんだこれ!? レタスが甘い!? 魚もトロトロだ!」
「水だ! 水が美味すぎる!」
彼らは獣のように貪り食った。
そして、異変はすぐに起きた。
カッ!
食事を終えた彼らの身体が、薄緑色の光に包まれたのだ。
「……あれ? 傷が……塞がっている?」
「魔力が全回復したぞ!? いや、魔力量が増えてる!?」
「体の重みが消えた……。おい、これどうなってんだ!」
彼らは驚愕の表情で俺を見た。
俺は平然と解説する。
「うちの野菜は、高濃度の魔力水を吸って育っていますからね。成分的には『食べるポーション』、あるいは『準エリクサー』に近い効果があります」
鑑定結果によれば、このトマト1個で
市販の中級ポーション3本分の回復効果がある。
「準エリクサーだと!? 国宝級じゃないか!」
リーダーの男が、ガタッと席を立って俺に詰め寄った。
「あんた、これ……売ってくれ!」
男は懐から革袋を取り出し、テーブルに金貨を積み上げた。
「俺たちは『銀の牙』というクランだ。地上に戻れば金はもっとある。手持ちのアイテムも全部置いていく。だから、この野菜と、魚の干物を譲ってくれ!」
「……ほう」
俺はリリアーナと顔を見合わせた。
彼女は小さく頷いている。
俺の口元が自然と歪む。
計算通り(というより、予想以上)の反応だ。
「いいでしょう。ただし、条件があります」
「な、なんだ? 魂でも取る気か?」
「まさか。……あなた方には我々の『専属配送業者』になってもらいたい」
俺は指を一本立てた。
「定期的にここへ来て、野菜を買い取り、地上で売り捌く。その利益の一部を俺たちに還元する。――どうです? ダンジョン攻略より、よほど安全で儲かる話だと思いますが」
男はゴクリと喉を鳴らし、そして即答した。
「……乗った! 契約させてくれ、オーナー!」
こうして、俺の農園に最初の流通ルートが確立された。
地上では間もなく
『どんな病も治し、魔力を高める奇跡の野菜』の噂が広まることになる。
そしてそれは、俺を追放した王国の耳にも届くことになるのだ。




