第6話 循環する生態系(アクアポニックス)
拠点の奥にある地底湖は、予想以上に豊かだった。
青白く発光する苔が水面を照らし
その下を巨大な魚影が悠々と泳いでいる。
「……クロード、あれを捕るの? 『アイアン・キャットフィッシュ(鉄甲ナマズ)』よ。鱗が鉄のように硬くて、普通の網じゃ破られるわ」
リリアーナ王女が水辺で身構える。
確かに、水面から背びれを出したその魚は、体長2メートル近い。
「ええ。彼らには、我が農園の『肥料製造スタッフ』になってもらいます」
俺は手製の釣竿
――ミスリルのワイヤーに麻痺毒を持つ植物の棘を針として付けたもの
を振るった。
ヒュンッ、ポチャン。
着水と同時、水面が爆発する。
巨大ナマズが餌に食いついたのだ。
「かかった! でも、引き上げられるの!?」
「力任せにはやりませんよ。……電流、流します」
俺はワイヤーを通して、携帯していた雷属性の魔石を起動させた。
バヂヂヂッ!!
水中で閃光が走り、暴れていたナマズがピクリと硬直して浮き上がった。
「漁業法違反ギリギリですが、この世界ならお咎めなしだ」
俺は心の中で苦笑しつつ、獲物を陸へと引き上げた。
捕獲したナマズ(と、その他数匹の食用魚)を
岩をくり抜いて作った巨大な水槽へ移す。
そして、その水槽と、野菜を育てている栽培棚をパイプで連結させた。
「魚を飼って、その水を野菜に流す……。不衛生じゃないの?」
リリアーナが眉をひそめる。
当然の反応だ。
この世界では「排泄物=汚い」という認識しかない。
だが、俺の前世の知識(現代科学)は、それが宝の山だと知っている。
(日本じゃメジャーになりつつあった『アクアポニックス』だ。要は、自然界の窒素循環を人工的に再現する)
俺はリリアーナに向き直り、図解するように指で空中に円を描いた。
「殿下、魔法だと思って聞いてください。魚の排泄物にはアンモニアが含まれます。猛毒ですが、これを『硝化バクテリア』という目に見えない微精霊が分解すると、最高の液体肥料に変わるんです」
「微精霊……? 聞いたことない精霊ね」
「ええ、私の故郷……はるか遠方の島国(日本)では
そう呼ばれていました」
俺はダンジョンの底に沈殿していた砂利を
栽培棚のフィルター部分に詰め込んだ。
鑑定スキルで確認済みだ。
この湿った砂利には
ニトロソモナス属に近いバクテリアが大量に棲み着いている。
「魚が出した汚れをバクテリアが肥料に変え、野菜がそれを吸収して水を浄化し、きれいな水が魚に戻る。……永遠に回る、完全なエコシステムです」
ポンプを起動する。
コポコポという音と共に、水槽の濁った水が吸い上げられ
野菜の根を潤し、透明になって水槽へ戻っていく。
「システムは安定しました。では、余った魚でタンパク質を補給しましょう」
俺は手頃なサイズの魚を捌き始めた。
ダンジョンの魚は泥臭いと言われるが、それは環境が悪いからだ。
きれいな水で泥抜きをし、血抜きを完璧に行えば、化ける。
パチパチと焚き火で脂が弾ける音。香ばしい匂いが充満すると
リリアーナのお腹が可愛らしい音を立てた。
「……どうぞ。塩焼きです」
串に刺した焼き魚を渡すと
彼女は恐る恐る口に運び――カッと目を見開いた。
「っ!? 美味しい!全然臭みがないわ!」
「循環システムのおかげで、水質が地上よりクリアですからね」
「身がふわふわで、皮がパリパリ……。王宮の宴会で出る魚料理より、ずっと美味しいかも」
夢中で魚を頬張る王女。その口元についた煤を
彼女は気にする様子もない。
俺も一口齧る。
……懐かしい味がした。
(醤油が欲しいな。次の目標は、大豆の栽培と醸造か)
前世の食卓の記憶が蘇る。
この世界に来てから、ずっと味気ないパンとスープばかりだった。
ようやく「人間らしい食事」を取り戻せた気がした。
満腹になり、リリアーナが満足げに吐息を漏らす。
「野菜もお魚も、こんなに美味しいなんて……。ここ、本当に不毛のダンジョンなの?」
「不毛だからこそ、汚染されていないんです。地上の農地は長年の土魔法の乱用で地力が落ちていますが、ここは処女地ですから」
俺は水槽の中を優雅に泳ぐ巨大ナマズを眺めた。
彼は今、せっせと高濃度のアンモニアを排出し
それがレタスやトマトの栄養になっている。
「殿下。このシステムが軌道に乗れば、野菜と魚の生産量は俺たち二人では消費しきれなくなります」
「えっ? じゃあ、腐らせちゃうの?」
「まさか。……売りましょう」
「売るって、誰に? ここはダンジョンの底よ?」
俺はニヤリと笑った。
「地上には、食料不足に喘ぐ人々や美味いものを求める富裕層がごまんといます。この『ダンジョン産・無農薬高級食材』をブランド化して売り出せば……国が買えるほどの金になりますよ」
追放された庭師が、経済で国を牛耳る。
その第一歩が、この生臭くて愛おしい水槽だった




