第36話 聖女工廠
祝祭の喧騒が嘘のように静まり返った、農園の医務室。
そこでは、セシリアと同じ顔を持つ少女――『エルゼ』が
魔力供給装置に繋がれ、苦しげな呼吸を繰り返していた。
俺とアナスタシア、そしてリリアーナは
ガントが持ち込んだ透視魔導鏡に映し出された
『彼女の正体』に言葉を失っていた。
「……信じられない。この子の身体、内部の血管や神経に沿って、人工的な魔導回路が埋め込まれているわ。これじゃあ、人間というより……『生体部品』じゃない」
リリアーナが戦慄に声を震わせる。
鏡に映るのは、聖法気を強制的に精製し
抽出するために改造された、少女の無残な体内構造だった。
「ククッ……。笑えぬ冗談だな。神に選ばれたはずの聖女が、その実は教会の地下で培養された『魔力電池』だったというわけか。これほどまでに醜悪な冒涜を、私は他に知らんぞ」
アナスタシアは腕を組み、冷徹なまでの怒りをその紫の瞳に宿していた。
皇女としての威厳が室内の空気を支配する。
彼女にとって、人の命を道具として扱う教会の行いは
支配者としての誇りを著しく傷つけるものだったのだ。
意識を取り戻したエルゼが、掠れた声で真実を語り始めた。
王都の地下深く
忘れ去られた古代遺跡を改造した『聖女工廠』という施設。
そこでは数百人もの『セシリアの姉妹たち』が
意識を奪われたまま聖法気を絞り取られ、使い捨てられているという。
「……助けて……。もうすぐ、お姉さまたちの『収穫』が……終わっちゃう。使い物にならなくなった子たちは……みんな、暗い穴に……」
「収穫だと? その言葉……農家でもある私の前で使うには、あまりに反吐が出るな」
俺の言葉に、アナスタシアが不敵に口角を上げた。
「聞いたか、クロード。奴らは『農業』という営みを汚した。そして私が統治するこの大公国の『資源』であるセシリアの価値を、紛い物で汚そうとしている……」
アナスタシアは静かに怒り、震えていた。
「……リリアーナ!全軍に告げろ。これは防衛戦ではない。我がヴェルデ大公国による、王都への直接介入――『特別収穫任務』の開始だ!」
アナスタシアの宣戦布告。
帝国皇女としての権威を全開にした彼女の命令に
リリアーナは一瞬の迷いもなく剣を掲げた。
「了解いたしました、アナスタシア殿下! ヴェルデ警備隊、これより聖女救出作戦に移行します!」
「ガント! 例の『長距離移送用トレーラー』の準備はどうだ!」
「おう、若造!とっくにエンジンは温まってるぜ! ガウロス十台、すべてフル装備で積み込み完了だ!」
農園の地下ドックから、轟音と共に巨大な魔導車両が姿を現した。
それは、水耕栽培の資材を運ぶために設計された超大型トレーラーを
ガントが戦車運搬車へと改造した『バスター・キャリア』だ。
その上には、重装甲を施され、魔導カノン砲を装備したガウロスたちが
獲物を待つ獣のように並んでいる。
俺たちは、黄金の霧に包まれた農園を後にし
王都へと続く街道を爆走した。
本来、数日はかかる距離を
魔導エンジンの過負荷によって数時間で踏破する。
「ククッ……見ろ、クロード。王都の騎士どもが、腰を抜かして逃げ惑っているぞ。鋼鉄の咆哮と、皇女の行進だ。さぞや華やかな出迎えになるだろうな」
アナスタシアはキャリアの先頭に立ち
迫りくる王都の城壁を見据えていた。
途中の検問所は、ガウロスの威圧感だけで門が砕け散る。
もはや、この勢いを止められる力は王国には残っていなかった。
「セシリア、見ていてくれ。君を、そして君の姉妹たちを縛り付ける鎖……俺たちがすべて断ち切ってやる」
王都の大聖堂。
その壮麗な建物の真下に、地獄への入り口がある。
俺たちの部隊は、聖騎士たちを蹴散らし
大聖堂の正面広場へと乗り込んだ。
「止まりなさい! ここは神聖なる教会の領地……ぐはっ!?」
立ち塞がった聖騎士が、ガウロスの排熱に吹き飛ばされる。
指揮を執るリリアーナは、流れるような剣筋で敵の武装だけを無力化し
道を切り拓いていく。
「どきなさい! 私たちは教会の、悪事を正しに来たのよ!」
大聖堂の巨大な扉の前に、ガウロス試作一号機が鎮座する。
そのコックピットで、俺は出力レバーを限界まで押し込んだ。
「アナスタシア、合図を!」
「よかろう! ヴェルデ大公国皇女アナスタシアが命ずる。――その忌々しい門ごと、教会の虚飾を粉砕せよ!」
ズドォォォォン!!
ガウロスの大型削岩ドリルと高圧水流カノンが同時に着弾し
数百年の歴史を誇る大聖堂の扉が、木っ端微塵に砕け散った。
煙の中から現れたのは、地下へと続く巨大な螺旋階段――
【聖女工廠】へと続く、奈落の入り口だった。
「さあ、収穫の時間だ。……誰一人、残さず救い出すぞ」
俺たちは、暗い地下迷宮へと鋼鉄の獣を走らせた。
その先で待ち受けていたのは、教会の真の支配者と
数千人の『人造聖女』たちの悲鳴だった。




