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『ダンジョン水耕栽培』~追放された王室庭師、不毛の地を「水」だけで最強の農園に変える~  作者: Gさん
第3章 『聖女教会』編

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第34話 大公国宣言

 激闘の傷跡が残る戦場を


 セシリアがもたらした浄化の雨が洗い流していった。


 ヴェルデ農園の中央に


 かつての「堕落聖女」が転生した巨大な『生命の樹』がそびえ立つ。


 そこから放たれる清涼な魔力は


 農園の空気をこれまで以上に瑞々しいものに変えていた。


「さあ、みんな。まずはこれを飲んで落ち着いてくれ」


 俺はガントやリリアーナ、そして疲れ切った難民たちに


 大鍋で煮込んだ特製のスープを振る舞っていた。


 具材は、先ほどの戦いの中で「聖母の魔導回路」を介して


 急速成長した黄金トマト


 そして覚醒した大地から芽吹いた『世界樹の若芽』という未知の薬草だ。


 それに、農園特製の食材を入れると


 複雑に絡み合う旨みが黄金色に輝く。


「……はぁ、美味しい。身体の芯から、温かい何かが溶け出していくみたい……」


 セシリアがスープを一口啜り、ようやく顔に赤みが戻る。


 そのスープは、ただの料理ではない。


 高濃度の魔力と


 セシリアの慈愛の念が溶け込んだ「飲む聖水」とも言える代物だった。


 リリアーナもまた、銀の兜を脱ぎ、湯気の向こうで表情を緩ませる。


「信じられない。ただのスープなのに、戦いで磨り減った精神や魔力が瞬時に回復していくわ。クロード、あなたは本当に……ただの農夫ね」


「ああ。最高の食材があれば、最高の料理ができる。至極当然の理屈だろ」


 俺がそう言って微笑んだ時


 農園の境界線に設置した魔導センサーが


 かつてない規模の集団の接近を告げる警報を鳴らした。



「報告します! 北方より大規模な騎兵集団が接近! 旗印は……王国のものではありません。これは、帝国の『黒鷲紋《くろわしもん》』です!」


 見張り台からのリリアーナの叫びに、農園の空気が再び凍りついた。


 地平線の彼方から現れたのは


 漆黒の重装鎧に身を包んだ帝国の精鋭騎士団。


 その中央には、黄金の装飾が施された豪奢な魔導馬車が鎮座している。


「ククッ……。嗅ぎつけるのが早すぎるな。教会の失態を聞きつけて、ハイエナどもが獲物を奪いに来たというわけか」


 アナスタシアが、スープの皿を置いてゆっくりと立ち上がった。


 彼女の瞳には、かつての『見下された皇女』としての陰りは一切ない。


 あるのは、自分を見捨てた国を逆に見下ろすような、圧倒的な不遜さだ。


「リリアーナ、ガウロス隊を展開させろ。あんな鉄屑どもの威圧に屈するな。私の許可なく農園の土を一歩でも踏む者は、帝国の重臣だろうと容赦なく踏み潰せ」


「はっ! 了解いたしました、皇女殿下!」


 リリアーナは迷いなく敬礼し


 ガントとともに再び重機のエンジンを始動させる。


 農園の入り口で、帝国の外交団と


 我らがヴェルデ農園の重機部隊が対峙した。


 馬車から降りてきたのは


 モノクルを光らせた神経質そうな老人――


 帝国の外務尚書、ヴォルフガング伯爵だった。



 伯爵は、農園を取り囲む『黄金の霧』と


 眼前に並ぶ見たこともない


 鋼鉄の怪物《ガウロス》に圧倒され、言葉を失っていた。


 だが、彼はすぐに虚勢を張り


 アナスタシアに向かって深く頭を下げた。


「……これはこれは、アナスタシア殿下。まさか、このような僻地の農園で

 これほどまでの『力』を蓄えていらっしゃるとは。皇帝陛下も、殿下の帰還を心待ちにしておられますぞ」


「白々しいぞ、ヴォルフガング。帝国内での私の排除に乗り気だったのはお前だったと聞いたが? 今更どの面を下げてここへ来た?」


 アナスタシアの冷徹な一喝。


 伯爵は脂汗を流しながらも、その視線は農園内に実る


 ありえないほど瑞々しい野菜たちに釘付けになっていた。


「……陛下からの伝言でございます。『ヴェルデの恵み』と殿下が保護されているという『聖女』を帝国に献上すればこれまでの事を謝罪し、殿下を皇位継承権の第一位に据える、と」


「ククッ……。第一位だと? 随分と安く見られたものだな。私がこの農園を、この奇跡を手放すとでも思っているのか?」


 一触即発の空気。


 俺は一歩前へ出ると、手に持っていたスープの余りを


 無造作に伯爵の前に差し出した。


「まずは一杯どうだ、伯爵。腹が減っては、まともな判断もできないだろ?」


「貴様……無礼な! この私に、このような泥臭いスープを……」


 伯爵は激昂しかけたが、スープから漂う『異常なまでの芳香』に


 抗えない本能が反応した。彼は震える手で皿を受け取り


 一口だけ口に含んだ。



「……っ!? な、なんだこれは……。私の……古傷がいや、魔力回路の澱みが……消えていく……!?」


 伯爵の顔色が、みるみるうちに若々しい活気を取り戻していく。


 彼は貪るようにスープを飲み干し、皿を落として震え始めた。


「これこそがヴェルデの価値だ、伯爵。帝国が逆立ちしても作れない『奇跡』が、ここには日常として転がっている」


 俺の言葉に、アナスタシアが追い打ちをかけるように高らかに宣告した。


「ヴォルフガング。持ち帰って父に伝えろ。私は帝国には戻らぬ。このヴェルデ農園を『ヴェルデ大公国』として独立させ私がその主となるとな」


「ど、独立……!? 正気ですか、殿下! そのようなことをすれば、帝国は総力を挙げて……!」


「やれるものならやってみろ。私の騎士リリアーナと、クロードの知恵、そしてこの鉄の獣たちが、帝国の全軍を返り討ちにしてくれるだろう。……帰れ、ヴォルフガング。このスープの味がお前たちが失ったものの大きさを教えてくれるはずだ」


 伯爵は腰を抜かし


 騎士たちに抱えられるようにして馬車へと逃げ戻った。


 夕闇が迫る中、帝国の外交団は這々の体で退散していった。


 だが、これで終わりではない。


 帝国は、そして世界は


 このスープ一杯で証明された『異次元の価値』を


 放っておくはずがないのだ。


「……私、これでよかったんですよね、クロード?」


 アナスタシアが、不敵な仮面の下で、少しだけ不安そうに俺を見つめる。


「ああ。俺たちの野菜に値段をつける権利があるのは俺たちだけだ。……さあ、大公閣下。冷めないうちに、もう一杯おかわりはどうです?」


 俺がそう言うと、アナスタシアは再び「ククッ」と不敵に笑い


 俺の差し出したレードルを受け取った。


 ヴェルデ農園、改めヴェルデ大公国。


 たかが水耕栽培が、ついに世界地図を塗り替え始めたのだ。

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