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『ダンジョン水耕栽培』~追放された王室庭師、不毛の地を「水」だけで最強の農園に変える~  作者: Gさん
第3章 『聖女教会』編

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第33話 新世界の夜明け

 戦場を覆っていた血の色の空が、ゆっくりと白み始めていた。


 天空を蹂躙じゅうりんしていた【堕落聖女】の髑髏どくろ


 セシリアの放った光の奔流によって数千万の花弁へと解け


 大地には命を慈しむような温かな雨が降り注いでいる。


「……嘘だろ。教会の『神罰』が、こんな……ただの花に……」


 武器を落とし、泥の中に膝をついた王国兵が


 空を見上げて呆然と呟いた。


 彼らの心に深く刻まれていた狂信という名の呪縛は


 降り注ぐ黄金の雨に洗われ、急速に霧散していく。


 戦意を喪失した兵士たちの間に広がったのは


 恐怖ではなく、魂の奥底から込み上げる安堵だった。


 だが、その静寂を、傲岸不遜な『覇者』の足音が踏みにじる。


「ククッ……。終わってみれば、実にあっけないものだな。神の奇跡とやらを期待していたが、蓋を開ければ泥臭い人間の怨念。それを肥料に変えてしまうとは。クロード、お前という男はどこまで合理的なのだ」


 ガウロスの装甲板を蹴り、地上へと降り立ったのはアナスタシアだ。


 彼女の纏う空気は、農場の一員としての仮面を脱ぎ捨て


 一国を支配する「帝国皇女」としての威厳をむき出しにしていた。


 彼女は生贄となり、かろうじて意識を保っている


 枢機卿ベルナルドを見下ろし、不敵に鼻で笑った。


「私の前に跪け、王国の残滓ども。ここからは、敗者による祈りの時間ではない。勝者による『宣告』の時間だ」



 アナスタシアの声は


 魔導拡声器を介さずとも戦場全体に響き渡った。


 その圧倒的な『格』の差に


 王国騎士団の生き残りたちが一斉に戦慄する。


「王国の将兵よ、よく聞くがいい。私の名はアナスタシア・フォン・ゼーノス。帝国の第一皇位継承権を持つ、正統なる皇女である!」


 その宣言に、リリアーナが息を呑んだ。


 正体を知っていたとはいえ、これほど堂々と名乗れば


 帝国との外交問題にすら発展しかねない。


 だが、リリアーナはすぐに前へ踏み出し


 アナスタシアの背後に控えて剣を掲げた。


「皇女殿下の御前である! 武器を捨て、そのこうべを垂れなさい!」


 リリアーナの凛とした声が


 混乱する兵士たちに「新たな秩序」を突きつける。


 王国騎士としての誇りと、ヴェルデの民を守る義務。


 その二つを背負う彼女の姿は


 迷える敗残兵たちにとって唯一の指針となった。


「ククッ、良い面構えだ、リリアーナ。……さて、王国と教会よ。お前たちはこの『聖域』に手を出し、帝国の皇女を害そうとした。これは明白な宣戦布告と受け取って構わんのだな? お前たちの王に、帝国軍の鉄騎兵を迎え撃つ覚悟があるのならば、今この場で首を跳ねてやってもよいぞ」


 アナスタシアの冷徹な言葉は、実質的な独立宣言であった。


 王国でも帝国でもなく『アナスタシア』という個人の覇道が


 このヴェルデという地に根を下ろした瞬間だった。



 その時、天空からゆっくりと一筋の光が降りてきた。


 覚醒を終えたセシリアだ。


 彼女の身体を包んでいた神々しい光は収まっていたが


 その瞳には黄金の輝きが残り、纏う魔力は以前よりも深く


 清涼なものへと変化していた。


「クロードさん……私、帰ってきました」


 着地と同時に崩れ落ちそうになったセシリアを


 俺は慌てて抱き止めた。


 その身体は驚くほど軽く、そして信じられないほどの熱を帯びている。


「セシリア! 無理をするな、君は十分に……」


「いいえ、見てください……。大地が、喜んでいます」


 セシリアが力なく指差した地面。


 そこは先ほどまで呪いで枯れ果て


 ガウロスの履帯で踏みにじられていた泥濘ぬかるみだった。


 しかし、彼女の足元から


 爆発的な勢いで芽吹いたのはトマトでもジャガイモでもなかった。


 それは、七色に輝く花をつけた見たこともない薬草や


 魔力を帯びた巨大な樹木。


「バカな……。水耕栽培の回路を介さず、ただセシリアが触れただけでこれほどの成長だと? しかも、既存の生態系にない品種だ……」


 俺の科学的知識が、目の前の光景を否定しようとする。


 だが、リリアーナが驚愕の声を上げた。


「クロード、これを見て! 負傷した兵士たちの傷が、植物から放たれる香りを吸い込むだけで塞がっていくわ。……これはもう農業じゃないわ。世界そのものを再構成しているんだわ!」


 セシリアの覚醒は、ただの魔力増幅ではなかった。


 彼女自身が『生命の源』となり


 周囲の環境を強制的に『楽園』へと作り変える特異点へと進化したのだ。



 夜が明け、ヴェルデ農園を黄金の朝日が照らし出す。


 目の前には、かつて「堕落聖女」だった巨大な花の樹がそびえ立ち


 その周囲には奇跡のような緑の海が広がっている。


 王国軍は武装を解除し


 リリアーナの指示のもとで負傷者の救護に当たっていた。


 もはや彼らの中に、ヴェルデを攻撃しようとする者は一人もいない。


「ククッ……。世界を書き換える農園、か。これこそが、私が求めていた理想の国家ドミニオンの形なのか」  


 アナスタシアは、朝日を背に受けて不敵に微笑んだ。


 彼女の視線はすでに、目の前の王国軍ではなく、地平線の向こう側――


 自分を追放した帝国


 そしてこの力を欲するであろう世界全体に向けられている。


「クロード。お前の『科学』とセシリアの『神性』、そして私の『権威』だ。この三つが揃った今、もはやこの世界の理など、我らの前では紙屑も同然だ」


 俺は腕の中で眠りについたセシリアを見つめ、静かに頷いた。


 「アナスタシア、まずは朝食にしないか? みんな、腹が減ってるみたいだぞ? この新しい世界の、最初の収穫物を味わないか?」


 たかが農夫が始めた水耕栽培は


 いつの間にか世界の命運を握る巨大な渦へと成長してしまった。


 だが、どんなに世界が変わろうとも、俺のやるべきことは変わらない。


「まずは……この戦場を片付けて、最高のスープを作るところから始めよう。それがこの農園の流儀だからな」


 戦いは終わった。


 しかし、ヴェルデ農園が世界の中心となる


 真の『激動の季節』が今、幕を開けたのだ。

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