第32話 絶望の収穫
黄金の霧に包まれたヴェルデ農園の遥か前方
王国軍の陣地は阿鼻叫喚の地獄図へと変わっていた。
放ったはずの【ガイアの壊死】が逆に農園の糧となり
自分たちが呪いとして捧げた魔力が
瑞々しい巨大な野菜へと姿を変えていく。
その光景は、狂信者たちにとって何よりも残酷な「神の否定」であった。
「ありえん……。我が教会の秘術が、たかが肥料に成り下がったというのか!」
枢機卿ベルナルドは、血走った眼で黄金に輝く農園を睨みつけた。
隣に控えるヴァイパーが、震える声で報告を上げる。
「枢機卿、兵たちの士気は崩壊しています! 飢えと恐怖で、もはや戦える状態では……」
「黙れ! 神が沈黙を守るなら、私が無理やり引きずり出すまでよ!」
ベルナルドは狂気に取り憑かれた手つきで
懐から漆黒の杭を取り出した。
それは歴代の聖女たちの怨念が染み付いた禁忌の遺物。
彼はそれを躊躇なく自らの胸に突き立てた。
「うあああああぁぁ!!」
ベルナルドの身体が異様に膨れ上がり
周囲の兵士たちの生命力を強制的に吸い取り始める。
それは神の代行者ではなく、地獄の門を開く【鍵】となった。
王国の空が真っ赤に染まり
農園を囲む黄金のドームに、不吉な亀裂が走り始めた。
農園の最前線で指揮を執るリリアーナが
迫りくる異変を敏感に察知した。
「クロード、空を見て!敵の魔力が……変質しているわ。これは先ほどの呪いとは桁が違う。命を喰らって肥大化する、本物の【災厄】よ!」
彼女は銀の剣を抜き、防壁の上でガウロスの部隊に叫ぶ。
「全機、防衛陣形! 散布ノズルの圧力を限界まで上げなさい! 逃げ遅れた難民を内側へ、騎士たちは私の後ろに!」
リリアーナの迅速な指示に、アナスタシアが満足げな笑みを浮かべた。
彼女はガウロスの装甲の上に立ち
風に髪をなびかせながら、血のような空を不敵に見上げた。
「ククッ……よかろう。ネズミを追い詰めれば噛んでくるとは言うが、まさか枢機卿自ら生贄になるとはな。私をこれほどまでに愉しませるとは、王国も最後に見どころを作ったではないか」
アナスタシアは腕を組み、冷徹なまでの落ち着きで戦場を俯瞰する。
「リリアーナ、怯むな。奴が魂を売って呼び出したのが神だろうが魔王だろうが、私の前では等しく『敗北者』に過ぎない。クロード、聞いているな? セシリアの出力を一段階引き上げるぞ。私たちが積み上げてきた『科学』の力……その真価を見せてやれ」
皇女としての誇りと、俺への全幅の信頼。
アナスタシアの言葉が
張り詰めた空気を「勝利への予感」へと書き換えていく。
突如、空が割れ
そこから無数の鎖に縛られた【巨大な髑髏の天使】が姿を現した。
それはかつて教会に見捨てられた【堕落聖女】の遺骸。
その存在が放つ『死の波動』は、黄金の障壁すらもじりじりと侵食し
農園の作物たちが悲鳴を上げるように萎れ始めた。
「くっ……! セシリア、大丈夫か!」
「クロードさん……冷たい、悲しい心が流れ込んできます……。でも、負けたくありません!」
セシリアの身体が激しく震える。
聖母の魔導回路が、敵の圧倒的な死のエネルギーを吸収しきれず
過負荷を起こし始めていた。
装置から火花が飛び散り、リザーバーの溶液が沸騰する。
「クロード! このままじゃセシリアの精神が焼き切れるわ!」
「クロード、セシリアは大丈夫なのか?」
リリアーナとアナスタシアが悲鳴に近い声を上げる中
俺は計算尺を弾き、冷徹に叫んだ。
「いや、逆だ! 供給を止めるな、逆に最大出力をぶつけるんだ! リリアーナ、アナスタシア! 俺を信じろ!」
俺は魔導回路のバイパスを全開にし
セシリアの聖法気を「防御」ではなく
「超成長のエネルギー」へと変換した。
「ガント!肥料の配合をパターン・デルタに変更! 敵の『死』というマイナスに、俺たちの『生』というプラスを限界まで注ぎ込むんだ。エネルギーを循環させろ。消費できないなら、成長で使い切ればいい!」
「……なるほどな。ククッ、面白い! 毒を喰らって太るというわけか。私が見込んでやったシステムだ、限界など超えてみせろ!」
俺は魔力供給レバーを力強く押し上げた。
その瞬間、セシリアの瞳から黄金の閃光が放たれた。
俺達の『生』エネルギーが植物たちに注がれる!
農園全体のパイプ網が眩いばかりの輝きを放ち
枯れかけていた植物たちが、爆発的な勢いで再生を始めた。
それだけではない。
セシリアは、身体に黄金の光を纏い、天空へと駆け上がった!
【堕落聖女】が放つ『死の鎖』に触れた瞬間
黄金の栄養液が鎖を伝って逆流し
巨大な髑髏に瑞々しい「蔦」を絡みつかせたのだ。
「な、何だと……!? 私の召喚術が……花に飲み込まれていく……!?」
ベルナルドの絶叫。
天空の髑髏は、セシリアの光と栄養液によって
一瞬にして巨大な『花の樹』へと変貌した。
死の象徴が、生命の象徴へと強制的に書き換えられたのだ。
「……あ……きれい……」
セシリアの呟きと共に、空を覆っていた赤黒い雲が晴れ
浄化された温かな雨が戦場に降り注いだ。
その雨に触れた王国軍の兵士たちは
武器を落とし、崩れ落ちるように膝をついた。
「ククッ……チェックメイトだ。これでお前の『奇跡』の化けの皮も剥がれたな、枢機卿」
アナスタシアは勝ち誇ったように笑い
リリアーナは信じられないものを見るようにその光景を見上げていた。
だが、この勝利の光の中で、セシリアの身体は静かに浮き上がり
これまでにない神々しい光を放ち始めていた。
それは単なる防衛の成功ではなく
彼女の中に眠る『真の聖女』の覚醒を意味していた。




