第30話 魔導重機の咆哮
ヴェルデ農園のダンジョン部分に築かれた
ドワーフの巨匠ガントの工房。
そこは今や、農業の概念を塗り替える『革命の揺り籠』と化していた。
重厚な石造りの壁は
大型魔導炉から溢れ出す熱気で絶えず陽炎を揺らし
空気には焦げた油と白熱する鉄の
鼻を突くような匂いが充満している。
キンッ! ガギィィン!
高く、しかし重く響く金属音。
ガントが振り下ろすハンマーは
単なる鉄の塊を叩いているのではない。
それは、彼自身の「矜持」と
王国への「意趣返し」を込めた魂の鼓動だった。
「おい、若造ども! そこにある魔導回路の銀細工、髪の毛一本分でもズレてみろ。お前らの指ごと叩き潰してやるからな!」
煤で顔を真っ黒にしたガントが
弟子となった難民の若者たちを怒鳴りつける。
俺とレオ、そしてアナスタシアが工房に足を踏み入れると
ガントは太い腕で額の汗を拭い、こちらを向いて不敵な笑みを浮かべた。
「よう、領主様。いいところに来たな。あんたが寄越した『設計図』……正直、最初は正気を疑ったが、形にしてみりゃあこいつは『神の道具』だ。……いや、『悪魔の牙』かもしれねえがな」
ガントの視線の先
工房の中央に鎮座する巨大な布に覆われた「何か」が
微かな魔力の唸りを上げていた。
「ククッ、壮観だな。効率よく生産を回すには邪魔者を消す『力』も必要だ。クロード、お前は農業と言いつつ、世界の軍事バランスをブチ壊すつもりか?面白い……実に面白い!」
アナスタシアは腕を組み、不敵な表情でその巨大な塊を見据えた。
「ガント、準備は整ったか?」
俺の問いに、ガントは無言で巨大な布を力強く引き剥がした。
現れたのは、鈍い黒光りを放つ鋼鉄の巨躯。
六輪の巨大な履帯を備え
前面にはミスリル配合の多層装甲が施された、異形の機械――
多目的魔導トラクター『ガウロス』試作一号機だ。
「……これが、『トラクター』というやつなのか……?」
元騎士団長であるレオが、戦慄を隠せない様子でその巨体を見上げた。
彼の目には、それが農具ではなく
王国の重装騎兵連隊を一度の突撃で蹂躙し尽くす
『陸の軍艦』に見えているのだろう。
「基本は荒地の開墾機だ。だが、ガントの腕で出力を限界まで引き上げた。前面の回転刃は、岩盤をも粉砕する。……ついでに、教会の『聖騎士』が着ている重装鎧くらいなら、紙細工のように切り裂くだろうな」
俺が淡々と解説すると、ガントが運転席に飛び乗り
制御用の魔石を起動させた。
ズオォォォン……!
工房全体を震わせるような、重厚な排気音。
魔力が動力へと変換され、鋼鉄の獣が命を宿した瞬間だ。
「さらに上部を見ろ。前回作った『ハイドロ・ブラスター』の大型版だ。高圧の水流を収束させれば、空飛ぶ飛竜の翼をも叩き落とす。……あくまで、害獣駆除と高所の水撒き用だがな」
アナスタシアがその光景を眺めながら、不敵に笑った。
「いい。実によいな。クロード、お前がこれを使ってどんな風に王国を絶望させるのか、想像しただけでゾクゾクするぞ。この『農具』を、一刻も早く実戦で見せてくれ」
彼女の言葉には、勝利への確信に満ちた支配者の悦びが宿っていた。
「よし、地上でテストを行うぞ。レオ、警備隊を配置しろ。……不意の『偵察者』がいても構わん。むしろ、この威力を見せつけてやるのも一つの交渉だ」
俺の指示で、巨大な防壁の一部が開き
十台の『ガウロス』が唸りを上げて農園の境界線へと進出した。
その光景は圧巻だった。
黒鉄の巨体が整然と並び、キャタピラが大地を噛む音が
周辺の森に潜む魔物や、王国や教会の斥候たちに無言の圧力をかける。
突如森の陰から、王国の斥候兵が現れた。
彼らは突如現れた「動く鉄の城」に混乱し、咄嗟に威嚇の矢を放った。
矢は装甲に弾かれ、虚しく地面に落ちる。
「無駄だ。ガント、実演してやれ」
「応よ! 野郎ども、農作業の邪魔だ、どきやがれ!」
ガントがレバーを引くと
ガウロスの前面に装備された散布装置が作動した。
本来は肥料や種を撒くためのものだが
今、そこに詰められているのはガント特製の『麻痺毒草の種』と
魔力を帯びた『爆発石の粉末』だ。
シュゴォォッ!
という音と共に、広範囲に煙幕が広がる。
煙に包まれた斥候兵たちは、地面に崩れ落ちた。
死なない程度の、しかし確実な無力化だ。
「……これが、『農作業』か」
レオが呆然と呟く。
「ハッ、圧巻だな! エロディが経済を腐らせ、この『鉄の獣』が外敵を粉砕する。だが、窮鼠は猫を噛むだったか? 奴らは必ず、もっと薄汚い手段を選んでくるぞ。気を抜くなよ、クロード」
アナスタシアがそう警告しながらも、その瞳は期待に輝いていた。
夕暮れ時。試験稼働を終えたガウロスたちが
オレンジ色に染まる農園の夕闇に並び立ち、不気味な静寂を保っている。
それを見渡す難民たちの目は
以前のような絶望に沈んだものではなかった。
自分たちを守る力がここにある。
その事実に、彼らの心には強い「忠義」が芽生え始めていた。
「……ククッ、面白い。エロディの経済封鎖で、王都の貴族たちは内側から腐り始めている。そしてこの武力を見せつければ、教会も正攻法では手が出せないと悟るだろう」
アナスタシアが、俺の隣で静かに、しかし力強く告げた。
彼女の瞳には、計画の第一段階が完了したことへの
満足感が浮かんでいる。
「王国が、空腹に耐えかねて最後の蛮勇を振るって攻めてくるか、あるいは……もっと別の手を打ってくるか。いずれにせよ、迎え撃つ準備は万全だな」
「ああ。俺たちの野菜を、そしてセシリアを傷つける奴は、この『ガウロス』で一匹残らず踏み潰す。それがヴェルデの流儀だ」
俺がそう言うと、背後からセシリアが
焼き立てのパンと採れたての野菜スープを抱えて現れた。
「クロードさん、皆さん! 今日はお疲れ様でした。ガントさんも、こんなにかっこいい機械を作ってくれて、ありがとうございます!」
セシリアの屈託のない笑顔が、鉄と硝煙の匂いに包まれていた場を
一瞬で『農園』へと引き戻す。
彼女こそが、この場所の『心臓』だ。
「さあ、夕食にしよう。……明日からは、もっと忙しくなるぞ」
平和な食卓の裏側で、ヴェルデ農園は今
世界を揺るがす要塞へとその姿を完全に変えたのだった。




