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『ダンジョン水耕栽培』~追放された王室庭師、不毛の地を「水」だけで最強の農園に変える~  作者: Gさん
第3章 『聖女教会』編

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第29話 枯れる王国

 聖女教会の異端審問官ヴァイパーを追い返してから数日。


 ヴェルデ農園の執務室は、外ののどかな田園風景とは裏腹に


 世界を盤上で動かす戦略室の空気に包まれていた。


 窓から差し込む夕日は


 机の上に広げられた王国の地図を血のような赤に染め上げ


 影を長く引き伸ばしている。


「……ククッ、見ろ、この数字を。王都の食糧価格は暴騰の一途だ。特に、魔力持ちの野菜が足りなくて、貴族どもが醜く泣き言を漏らしているらしいぞ」


 アナスタシアは、エロディから提出された最新の報告書を


 乱暴に放り投げ、不敵な笑みを浮かべた。


 背筋を尊大に伸ばし、足を組んで椅子に深く腰掛けるその姿は


 帝国皇女というよりは、一国を支配下に置こうとする若き覇者の風格だ。


 彼女の隣で、俺はガントが特製した事務椅子に座り


 エロディが淹れたハーブティーを啜った。


 室内に漂う香りが、一瞬だけ刺々しい空気を和らげる。


「エロディ、仕掛けた罠の反応はどうだ?」


 俺が問いかけると、漆黒のドレスを纏った狐耳の商人


 エロディが妖艶に微笑んだ。


「ええ、クロード様。すべては計算通りですわ。私たちが『ヴェルデ産』の野菜を、出所を隠してごく一部の有力貴族に限定販売した結果、……彼らはすっかりこの『味』の虜。今や、我が商会の裏ルートを通じた野菜がなければ、晩餐会すら開けないと嘆いておりますのよ」


 エロディは扇子をパサリと開き、クスクスと笑った。


 それは、国家の崩壊を商機に変える商人の笑みだった。



「は? 『聖戦』だと?  笑わせるな。軍費を稼ぐために民から搾り取り、その金で俺たちの野菜を奪い合う。奴らは自分で自分の首を絞めていることにすら気づいていない。滑稽だな、クロード」


 アナスタシアの指摘は、経済的な「自滅」を正確に射抜いていた。


 彼女の口調は以前の堅苦しさを脱ぎ捨て


 むき出しの知性と支配欲を感じさせるものに変わっている。


「経済で首を絞める……。剣を振るうよりずっと残酷なやり方だ」


 俺がそう呟くと、エロディはさらに身を乗り出して報告を続けた。


「ええ。それだけではありませんわ。王国が軍事用に買い上げようとしていた下級穀物の市場流通を、私の商会が裏で密かにコントロールしております。王国軍の兵糧庫は、今やネズミも愛想を尽かすほど空っぽ。彼らが掲げる『聖戦』ですが、空腹の兵士たちが、どこまでその狂信を維持できるかしら?」


 エロディの策略は徹底していた。


 王都の物価を意図的に釣り上げ


 富裕層から徹底的に金を吸い上げると同時に


 軍が蓄えるべき最低限の食糧を市場から消し去ったのだ。


「金と食糧を握る者が、戦う前に勝負を決める。これは歴史が証明している真理だ。クロード、お前はただの『農夫』を自称しているが、その存在自体が今の王国にとって最大の『毒』となって、じわじわと奴らの内臓を腐らせているのさ」


 アナスタシアはそう言って、俺に挑戦的な視線を向けた。


 その瞳の奥には、俺が作り出す『価値』を


 自らの武器として振るうことへの、狂おしいほどの愉悦が宿っている。



「さらに追い打ちをかけよう。エロディ、これを追加で市場に流してくれ」


 俺が机の上に置いたのは


 真紅の液体が詰まった瓶――『超高濃度トマトピューレ』だった。


 そして、独特の刺激臭を放つ『乾燥マナスパイス』だ。


「これは……?  トマトの香りが、これほどまでに凝縮されているなんて……」


 エロディが目を丸くして瓶を手に取った。


「水耕栽培で魔力を最適化したトマトを、魔法と遠心分離で濃縮した。これ一匙で、質の悪い煮込み料理も『神の供物』に変わる。これを、あえて『中立派』の貴族や、教会に不満を持つ若手騎士たちにだけ安値で流してくれ」


 エロディの目が鋭く光る。


 商人の本能が、このアイテムの恐ろしさを察知したのだ。


「……理解しましたわ。一部の者だけが美食を享受し、残りの狂信者たちが泥水を啜る状況を意図的に作り出す。不平不満の火種に、極上の油を注ぐわけですわね?」


「ククッ、理詰めの栄養管理と、逃げ場のない経済包囲網か。教会の語る『奇跡』など、私たちの前ではただの無知の証明に過ぎん。上の奴らが祈りを捧げている間に、私たちは奴らの胃袋と財布を完全に支配する」


 アナスタシアはそう言って、不敵に鼻で笑った。


「聖戦なんて大層な名前をつけても、腹が減れば人間は現実を見る。……それに、セシリアがここで元気に食べて笑っている姿を見れば、教会の『聖女は清貧であるべき』という教義がいかに虚飾に満ちたものか、誰の目にも明らかになるはずだ」


「ああ。科学の力で生み出した最高の食糧こそが、やつらの狂信を打ち砕く最強の武器になる」


 その時、執務室の外から


『ガキィィン!』という猛烈な金属音が響いてきた。


「おっと、ガントの準備も整ったようだな」


 俺が立ち上がると、アナスタシアとエロディも


 それに応じるように椅子を引いた。


 地下工房から響いてくるその音は、新たな「農具」が完成した合図だ。



 数日後


 エロディからもたらされた王都の情勢は、劇的という他なかった。


『ヴェルデの野菜』を口にできる特権階級と


 配給すら滞る末端兵士の間で、深刻な分断が発生。


 教会への寄付を拒む市民が続出し


 聖騎士団の中からも


「なぜ自分たちは不浄な野菜を食べている貴族を守らねばならないのか」


 という不満が爆発寸前まで高まっているという。


「ハッ、いいザマだ。敵の足並みはガタガタだな。経済の締め付けは上出来と言っていい。さあ、クロード……次は物理的にトドメを刺す『守り』を完成させようじゃないか」


 アナスタシアの言葉に、俺は力強く頷いた。


 経済で敵の体力を削り、内部崩壊を誘う。


 だが、追い詰められた獣が最後に振るう一撃――


 それを受け流し、圧倒するための力が今の俺たちには必要だ。


「ああ。俺の国にも『窮鼠猫を噛む』という言葉がある。王国が、空腹に耐えかねて()()()()()を振るって攻めてくる前に……ガントの傑作を戦列に並べる。レオ、警備隊の連中を集めてくれ。これからは『農具の扱い』の訓練じゃない。……『新兵器』の操縦訓練を始めるぞ」


 俺たちは、熱気に包まれたガントの工房へと向かった。


 そこには、王国の常識を遥かに超えた


 鋼鉄の怪物たちが咆哮を上げようと待ち構えていた。


 ヴェルデ農園は、もはやただの畑ではない。


 それは、旧時代の権威を粉砕する


 世界で最も『美味しい』要塞へと変貌を遂げようとしていた。

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