第28話 偽りの聖炎
王都へ流れた『自由都市同盟の野菜』の噂。
それが教会の耳に入らぬはずがなかった。
彼らはそれがヴェルデ産であることをに知っていた。
それは、自分たちがかつて「栄養失調」の責任を擦り付けて追放した
聖女セシリアが、クロードのもとで
健やかに生きている証拠に他ならない。
農園の境界線。
鈴の音と共に現れたのは
異端審問官ヴァイパー率いる教会の制裁部隊であった。
「……見苦しい。神に捧げるべき『聖女』を盗み出し、泥にまみれた百姓の真似事をさせるとは」
ヴァイパーは布越しに
畑で楽しそうに収穫を手伝うセシリアを睨みつけた。
異変に気付いたリリアーナが
俺の隣で一歩前に出る。その瞳は軽蔑に満ちていた。
「あら、また懲りずにいらしたのですか。主を失った野良犬のような顔をして」
彼女の声は、氷点下の冷たさを孕んでいた。
「……貴様、元王女リリアーナか。落ちぶれた分際で、教会の聖務を妨げるつもりか?」
「はぁ? 『落ちぶれた』……? 笑わせないでください。私は今、人生で最も有意義な時間を過ごしておりますわ。腐敗した教会で、少女一人満足に養えず、栄養学すら無視した狂信に耽る皆様とは違ってね」
リリアーナは持っていた鎌を突きつけるように続けた。
「セシリア様はもう、あなた方の所有物ではありません。彼女はこのヴェルデの、そしてクロード様の保護下にある『一市民』です。不法侵入を続けるなら相応の報いを受けていただきます」
ヴァイパーが錫杖を振り上げ、威圧的な魔力を放つ。
「セシリア様! このような不浄な地を離れ、大聖堂へ戻りましょう! 貴女は再び『白の聖女』として、民の祈りと寄付を糧にする、聖なる偶像に戻るのです!」
だが、かつての怯えていたセシリアはもういない。
彼女はイチゴの籠を抱えたまま、ヴァイパーを真っ直ぐに見返した。
「……嫌です。私は、もうあの冷たい地下室には戻りません。クロードさんの作った野菜を食べて、みんなと笑って過ごす。今の私は、あそこにいた時よりずっと……神様の近くにいる気がします!」
セシリアの拒絶に、ヴァイパーの顔が怒りで歪んだ。
「ならば力ずくでも! 異端の魔力に汚染されたその魂を……焼き清めてくれる!」
ヴァイパーが『聖炎』を放った。
しかし、それはセシリアに届く前に
彼女自身が放った圧倒的な黄金の障壁によって、霧散した。
イチゴを食べて健康を取り戻した彼女の聖法気は
今や教会の高官を凌駕するほどに高まっていたのだ。
自分の魔法が赤子の手をひねるようにかき消された事実に
ヴァイパーは戦慄した。
「ば、馬鹿な……。以前より、法力が何倍にも増しているだと……!?」
「当たり前ですわ」
リリアーナが勝ち誇ったように告げる。
「適切な食事と休息。そして何より、本人の幸福。それこそが彼女の力の源。あなた方が否定した『食』こそが、本物の奇跡を生んだのですわ」
ヴァイパーは這々の体で撤退を開始した。
「……覚えおけ。教会はセシリア様を諦めぬ! 次は……王国の騎士団と共に行使される『聖戦』の鉄槌が下ると思え!」
去っていく彼らの背中を、俺は冷ややかに見送った。
「……聖戦、か。上等だ。こっちはその頃には、街全体を魔導農具で要塞化してやるよ」
セシリアが俺の服の裾をぎゅっと掴む。
「クロードさん……私、もう負けません。ここが、私の居場所だから」
彼女の目には、かつての虚ろな光はなく
確かな意思の灯が宿っていた。




