第25話 亡国の騎士たち
数日後。恐れていた事態がついに現実となった。
ヴェルデの境界線に、ボロボロの衣服を纏った集団が現れたのだ。
その数、およそ五十名。
彼らは一様に痩せこけ、虚ろな目をしていたが
目の前にそびえ立つ巨大な『樹のマンション』と
瑞々しい緑の畑を見て、足を止めた。
「……幻覚だ」
「ああ……死ぬ前に、神様が良い夢を見せてくれたんだ……」
彼らは地面に崩れ落ち、涙を流している。
俺はため息をつき、拡声器(風魔法の応用)を使った。
「幻覚じゃありません。ここはヴェルデ農園都市です。……腹が減っているなら、まずは飯にしましょう」
大鍋で煮込んだ『特製ミネストローネ』の匂いが漂うと
彼らの目に光が戻った。
それは、生存への執着の光だった。
広場に設置した炊き出し所。
野菜たっぷりのスープと焼きたてのパンを
難民たちが無我夢中で貪っている。
その中に一人、ひときわ小柄だが筋肉質な男が
震える手でスプーンを握りしめていた。
豊かな髭。
ドワーフ族だ。
「……美味い。……美味すぎて、腹が立つわい」
男は涙と鼻水を髭に垂らしながら、悪態をついた。
「王国じゃあ、貴族どもが腐った芋すら独占しやがる。なのに、ここではこんな極上の野菜が、ただのスープに入ってやがる……!」
俺は彼に近づき、声をかけた。
「お代わりはあるぞ。……ところで、その手。ただの農民じゃないな?」
彼の手は分厚く、無数の火傷とタコの痕があった。
「……フン。わしはガント。王都で鍛冶屋をやっていた。だが、国が『金属供出令』なんてふざけた真似をしやがって商売あがったりだ」
「金属供出?」
「ああ。『土壌再生』の儀式とやらに使う装置のために、鍋釜から職人のハンマーまで奪おうとしやがった。……道具を奪われるくらいならと、逃げてきたんだ」
俺はニヤリと笑った。
農園には農具や
今後必要になるプラントの部品を作る技術者が不足していたのだ。
「ガントさん。あんたの腕、俺が買います。……最高の素材と、最高の工房を用意すると言ったら?」
「……なんだと?」
ドワーフの目が、職人のそれに変わった。
その時、難民たちの護衛をしていた一人の剣士が
俺の元へ歩み寄ってきた。
錆びついた鎧。
無精髭。
だが、その背筋は伸びている。
見覚えのある顔だった。
「……やはり、お前だったか。クロード」
「レオか? レオナルドなのか?」
彼はかつて、王城の庭園警備を担当していた騎士だ。
実直で真面目な男で、庭師だった俺ともよく言葉を交わした仲だった。
「生きていて良かった……。お前が追放されたと聞いた時は、絶望したよ」
レオナルドは苦笑し、腰の剣を外して俺の前に差し出した。
「俺はこの様だ。民を守る騎士でありながら、飢えに苦しむ彼らを連れて逃げることしかできなかった。……クロード、笑ってくれ。俺は、国を捨てた裏切り者だ」
「笑うわけないだろう」
俺は彼の手を取り、強く握り返した。
「君は五十人の命を守りきって、ここまで辿り着いた。……立派な英雄だよ」
「クロード……ッ!」
気丈に振る舞っていたレオナルドの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
ずっと張り詰めていた緊張の糸が、切れた瞬間だった。
その日の夜。
入浴と食事を済ませ
少し顔色の良くなったレオナルドとガントを、俺は正式に雇用した。
「レオ、君には『警備隊長』を任せたい。この街の治安と、これからの防衛戦力の指揮をとってくれ」
「……ああ。この命に代えても、この楽園を守ってみせる」
レオは、以前のような鋭い騎士の顔つきに戻っていた。
「ガントさんは、『工廠長』だ。ダンジョンの鉱脈から採れる鉄もミスリルも使い放題だ。農具でも武器でも、好きに打ってくれ」
「カッカッカ! ミスリルだと? 王国の宝物庫より豪華じゃねえか! 腕が鳴るわい!」
難民の中には、他にも仕立て屋や大工など、手に職を持つ者が多くいた。
王国の失策は、国を支える『技術』と『良心』を流出させ
皮肉にも俺の農園を最強の都市へと進化させてしまったのだ。
人材は揃った。
住居もある。
食料もある。
あとは――迫りくる【王国の闇】を迎え撃つだけだ。




