第23話 蠢く王国の闇
温泉騒動から一夜明けた、農園のダイニングルーム。
朝の光が差し込むテーブルには
俺特製の「エッグ・ベネディクト(ダンジョン鶏の卵)」が並んでいた。
とろりと溢れるオランデーズソースと黄身。
カリカリのベーコン。
「……悔しいが、帝国の宮廷料理より美味しいな」
皇女アナスタシアは優雅に、しかし猛烈な勢いで皿を空にしていく。
だが、食後のコーヒー(ダンジョン豆の深煎り)が出されると
彼女の紫色の瞳が鋭く細められた。
「さて、クロード。食事の礼に、私が持ち帰った『土産』を渡す」
彼女は懐から封蝋された書状を取り出し、テーブルに滑らせた。
「我が帝国の諜報部がつかんだ、王国の最新動向だ。……あいつら、正気じゃない……」
俺は書状に目を通す。そこに記されていたのは、おぞましい事実だった。
食糧難に喘ぐ王国上層部は
ついに【禁呪】に手を出そうとしているらしい。
「は? 【生命変換・土壌再生術】……だと?」
「ああ。生き物の魔力を無理やり大地に注ぎ込んで、枯れた土地を蘇らせる古代魔法だ。普通なら、倫理的に絶対禁止されている術式だが」
アナスタシアが苦々しげに言う。
「彼らは手始めに、王都のスラム街の住人や力の弱い亜人を『保護』という名目で集めている。おそらく……『肥料』にするつもりだろう」
ガチャン。
隣で聞いていた聖女セシリアが
震える手でティーカップをソーサーに置いた。
「そんな……国民を、土の生贄にするなんて……」
彼女の顔は蒼白だ。
教会にいた頃の彼女でさえ知らされていなかった、王国の深い闇。
俺は眉間にシワを寄せた。
「効率が悪すぎる。人を肥料にしたところで一時的に作物が育つだけだ。根本的な解決にはならない」
「ええ。でも、追い詰められた権力者は、溺れる者が藁をも掴むように狂気に走るのよ」
「……姫様の言う通りだぜ。否定できねぇのが辛いとこだ」
部屋の隅、観葉植物の世話をしながら
聞き耳を立てていた、ゼフィルスが口を開いた。
彼は真剣な表情で近づいてくる。
「俺の師匠――筆頭魔導師ガロンも、最近様子がおかしい。研究室に大量の『魔石』と『生体カプセル』を運び込んでる。……俺をここに送り込んだのも、単にコアを盗むだけじゃなく、最悪の場合、俺自身を『実験体』として
切り捨てるつもりだったのかもな」
ゼフィルスは自嘲気味に笑ったが、その目は笑っていなかった。
「王国はもう、国としての形を保ててねぇ。上層部は自分の延命と保身で頭がいっぱいだ。……なあボス、このままじゃヴェルデにも火の粉が飛んでくるぞ」
王国の暴走。
もし彼らが【禁呪】を完成させれば
その対象はスラムの住人だけでは済まない。
豊かなマナを持つこのダンジョン都市ヴェルデこそが
最大の『肥料』として狙われることになる。
重苦しい沈黙が流れる。
だが、俺は残りのコーヒーを飲み干し、静かにカップを置いた。
「……分かりました。状況は把握した」
「どうする? 帝国軍を動かして王国に圧力をかけることもできるが……」
アナスタシアの提案に、俺は首を振る。
「いいえ。これはまだ『害虫』の段階だ。戦争をする必要はない」
俺は立ち上がり、窓の外――平和に広がる農園を見渡した。
「当農園の防衛レベルを引き上げます。王国が禁呪を使うなら、こちらは水耕栽培とダンジョンの力で対抗するまで」
俺はゼフィルスに向き直る。
「ゼフィルス、君には引き続き王国の情報を探ってもらう。ただし、危険だと思ったらすぐに逃げろ。君はもう、うちの大切な『空調係』なんだからな」
「……ヘッ、了解だ。ホワイトな職場には感謝するぜ」
そしてアナスタシアに告げる。
「皇女殿下。帝国には、王国の難民受け入れの準備をお願いしたい。……遠からず、王都から人が溢れ出すでしょう」
「……ふむ、君は本当に庭師なのか? まるで軍師と話しているようだ。分かった、手配しておく」
王国の崩壊は秒読み段階に入った。
俺たちはスローライフを守るため
静かに、しかし確実に『戦う準備』を始めるのだった。




