第21話 王室侍医の嘘
一方その頃
クロードを追放した王都では、深刻な事態が進行していた。
かつて栄華を誇った市場からは緑色が消え
並んでいるのはしなびた根菜や、カビの生えた黒パンばかり。
土壌魔法の乱用による塩害と地力低下は
もはや隠しようのないレベルに達していたのだ。
王城の奥深く、国王の寝室。
「ゴホッ、ゴホッ……。苦しい……。何か、もっと喉越しの良いものはないのか……」
病床に伏せる国王が、掠れた声で訴える。
その枕元に立つ男がいた。
長い髭を蓄え
尊大な態度を崩さない男――王室筆頭侍医ケノービである。
「陛下、ご辛抱ください。今は耐える時です」
「だが……噂では、辺境のヴェルデという街で瑞々しい野菜が採れると……」
「なりません!」
ケノービは強く遮った。
「よろしいですか、陛下。医学には『身土不二』という言葉がございます。人は生まれ育った土地の作物を食べなければ、体内のマナ循環が狂い、健康を損なうのです」
彼はもっともらしい顔で、とんでもない自説を展開した。
「ましてや、ダンジョンのような不浄な地で土も使わずに育った野菜など……あれは野菜の形をした『毒』です。陛下のような高貴なお体には、この王国の『正統な土』で育った穀物こそが薬なのです」
ケノービの熱弁は続く。
「食生活をコロコロと変えてはいけません。急激な変化は体に毒です。今は粗食こそが、陛下の自然治癒力を高めるのです」
「うぅ……そうか……。ケノービがそう言うなら……」
国王は力なく頷き、侍女が差し出した硬いパンの粥を
無理やり口に運んだ。
その様子を見届けたケノービは、恭しく一礼して部屋を出た。
「では、私はこれにて。薬の調合がございますので」
重厚な扉が閉まる。
その瞬間、ケノービの表情から「忠臣の顔」が消え
卑しい笑みが浮かんだ。
「……フン、チョロいものだ。あんな干からびた餌、誰が食うか」
深夜。
王都の下町にある会員制の高級酒場。
その裏口に、目深にフードを被ったケノービの姿があった。
「……ブツは?」
「ヘヘッ、届いておりやすぜ、先生」
闇商人が木箱を開ける。
薄暗い路地裏が、一瞬だけ鮮やかに照らされたような気がした。
箱の中に詰められていたのは
宝石のように輝く『ヴェルデ産・朝摘みレタス』と『完熟トマト』
そして『極甘メロン』だった。
「おお……! これだ、これこそが『緑の宝石』、『紅の雫』だ!」
ケノービは震える手でトマトを掴み、そのままガブリと噛みついた。
ジュワッ!
口いっぱいに広がる濃厚な甘みと酸味、そして圧倒的な生命力。
「んんぅぅッ! 美味い! 細胞が歓喜しておる!」
彼は汁を垂らしながら恍惚の声を上げた。
「陛下には毒だなんだと言っておきながら、先生も悪ですねえ」
「黙れ商人。愚民や老いぼれには、この高濃度の栄養は強すぎるのだよ。国を支える私のような頭脳だけがこれを独占……いや、管理すべきなのだ」
ケノービは金貨が詰まった袋を商人に投げつけた。
その額、通常の野菜の数百倍。
「さあ、もっとよこせ!来週分も予約だ!」
「へいへい、毎度あり。……いやぁ《《あの方》》の野菜は高く売れて笑いが止まりませんなぁ」
商人が下卑た笑いを浮かべる。
――この闇商人。
実は、クロードが組織した『ヴェルデ商業組合』の別動隊である。
ヴェルデの市長室では
ゼフィルス(風魔法による盗聴)からの報告を受けたクロードが
売上帳を見ながらほくそ笑んでいた。
「予想通りですね。王国の特権階級ほど、裏でこっそり買っている」
「しかも、通常の数百倍の価格で……。ボロ儲けじゃないクロード」
リリアーナが呆れつつも感心している。
「彼らが『王国の土』にこだわっている間に、僕たちは彼らの資金を吸い上げる。食料危機が本格化すれば、彼らはさらに高値でも買うでしょう」
クロードは冷たい瞳で王都の方角を見やった。
「どんどん食べて、健康になってくださいケノービ先生。その代金が、あなたたちが捨てた庭師の軍資金になるとも知らずに」
王国の腐敗は、皮肉にも
クロードの懐を潤している、最大の資金源となっていたのである。




