第18話 白き断罪者
アナスタシアが去って数日。
都市ヴェルデは、嵐の前の静けさを享受していた――わけではなかった。
早朝、まだ朝露が野菜の葉に残る時刻。
カラン、カラン、カラン……。
重々しい鐘の音が、ダンジョンの入り口から響き渡った。
「クロード様! 大変です! 『聖女教会』の巡礼団が!」
警備担当の元冒険者ガリウスが
血相を変えて市長室へ飛び込んでくる。
「数がすごいです!聖騎士団50名、神官団30名……かと。そして、中央には『白の聖女』様の輿が!」
俺は淹れたてのハーブティーを置き、ため息をついた。
「予想より早いですね。……リリアーナ、準備は?」
「ええ、いつでもいけるわ。でも……クロード、気をつけて。教会の『異端認定』は、国王の命令より重いのよ」
リリアーナの顔色が悪い。
この世界において、聖女教会は絶対的な権威だ。
『大地の恵みこそが神の愛』と説く彼らにとって
土を使わない俺の水耕栽培は
教義を根底から覆す【悪魔の所業】に見えるらしい。
広場に出ると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。
白一色の装束に身を包んだ集団が、整然と並んでいる。
その先頭に立つのは、恰幅の良い司教だ。
彼は杖を掲げ、集まった住民たちに向けて高らかに宣言した。
「悔い改めよ! 迷える子羊たちよ!」
司教の声は、魔法で増幅され、ビリビリと空気を震わせる。
「この地で行われているのは『農耕』ではない! 神聖なる『母なる大地』を介さず汚らわしい水の中で生命を弄ぶ……これぞ冒涜! 悪魔の錬金術である!」
住民たちがざわめく。
「悪魔だって……?」
「でも、ここの野菜を食べたら病気が治ったぞ?」
「黙りなさい愚民ども!」
司教が一喝する。
「それは悪魔の誘惑だ!魂を汚染し、死後に地獄へ落ちる毒なのだ! 直ちにこの不浄な施設を破壊し、土に額を擦り付けて祈るのだ!」
(……なるほど。典型的な原理主義か)
俺は冷ややかな目で彼らを見ていた。
彼らの主張は「土=善」だ。
だが、その土が劣化して作物が育たなくなった現実からは
目を背けている。
「どうしました、司教殿」
俺は前に進み出た。
「俺はこの街の代表、クロードです。俺たちの野菜が『毒』だと言うなら、証拠を示していただきたい」
「口答えするか、異端者め!」
司教が顔を真っ赤にする。
「証拠だと?神の教えこそが証拠だ!……おい、聖女様をお連れしろ。この穢れた地の瘴気にあてられ、聖女様が苦しんでおられる!」
輿のカーテンが開かれ、一人の少女が姿を現した。
透き通るような銀髪に、儚げな美貌。
――『白の聖女』セシリア。
だが、その顔色は青白く、痩せ細り、今にも倒れそうだった。
「うぅ……苦しい……。空気が……重い……」
彼女はよろめき、その場に崩れ落ちた。
「見ろ! 聖女様がこれほど弱っておられる! これこそこの地が呪われている証拠だ!」
司教が勝ち誇ったように叫ぶ。
だが、俺の目はごまかせない。
俺はこっそりと【生体解析】を発動していた。
《解析結果:個体名セシリア》
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状態: 重度の栄養失調、壊血病(ビタミンC欠乏)、魔力欠乏症
原因: 「清貧」を名目にした偏った食事
(パンと少しのスープのみ)
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(……なんだ、これは)
怒りが湧いてきた。
呪いでも瘴気でもない。
教会は
『聖女は霞を食べて生きるべき』
という勝手な理想を押し付け
成長期の少女にまともな食事を与えていないのだ。
「これが……神の愛を説く者たちのすることかよ……」
「聖騎士団! この男を捕らえよ! そして農園を焼き払え!」
司教の号令と共に、騎士たちが抜剣する。
コングやガリウスたちが動こうとするが、俺は片手でそれを制した。
「必要ありません」
俺はアイテムボックスから、あるものを取り出し
倒れている聖女のもとへ歩み寄った。
「貴様! 聖女様に汚れた手で触れるな!」
司教の制止を無視し、俺は聖女の目の前にそれを差し出した。
真っ赤に輝く、大粒の宝石のような果実。
俺が品種改良を重ねた自信作
『聖母の涙』
――糖度20度超えの超高栄養イチゴだ。
「……っ!」
虚ろだった聖女の目が
イチゴの赤色を捉えた瞬間、猛烈な輝きを放った。
本能が、体が、その栄養素を渇望しているのだ。
「食べてください。これは毒ではありません。あなたの命を繋ぐ『薬』です」
「だ、だめです聖女様! それは悪魔の果実……!」
司教の言葉は、届かなかった。
セシリアは震える手でイチゴを掴むと
小さな口でパクっとかぶりついた。
ジュワッ!
あふれ出す甘い果汁。
爆発的なビタミンと魔力が、枯渇した彼女の細胞に染み渡っていく。
「…………ぁ」
聖女の頬に、一瞬で赤みが差した。
彼女は目を見開き、恍惚の表情で呟いた。
「……おい……しい……。こんなに、あたたかい味がするなんて……」
そして彼女は、司教のほうを向き
信じられない一言を放った。
「……もっと。これ、もっとないの?」
「は……?」
司教が凍りつく。
異端審問の場は
一転して「聖女様の爆食い試食会」へと変貌しようとしていた。




