[インターミッション] 相棒は元王女 ~迷宮都市の怪事件と、名探偵の推理~
都市ヴェルデの昼下がり。
俺は執務室で、少し高い位置から紅茶をポットで注いでいた。
ジョボボボ……という音が静寂に響く。
「……クロード、その注ぎ方、跳ねるからやめてくれない?」
書類整理をしていたリリアーナが呆れた声を出す。
「失敬。香りを立たせるにはこれが一番なんですよ、リリアーナくん」
「なに? その『くん』付けは」
そんな穏やかな時間を破るように
ドタドタと慌ただしい足音が響いた。
「た、大変だぁ! 市長! オーナー!」
飛び込んできたのは
居住区のまとめ役をしているドワーフの親方、ガンテツだ。
「どうしました? そんなに慌てて」
「出たんだよ!『畑荒らし』が! それもただの荒らしじゃねぇ、俺たちが手塩にかけて育てた『ミスリル・キュウリ』が一晩で全滅だ!」
「ほう……」
俺は紅茶カップを置き
眼鏡(伊達メガネ・鑑定スキル補助用)の位置を直した。
「全滅、ですか。それは穏やかではありませんね」
「ああ! しかも奇妙なんだ。足跡一つ残ってねぇ! 結界も破られた形跡がねぇんだ!」
「なるほど。密室、というわけですか」
俺は立ち上がり、コートを羽織った。
「行きましょう、亀y……っじゃなかった、リリアーナくん。……どうやら、ただの獣害ではなさそうです」
「もう……わかったわ! 私もソレに付き合うわよ!」
現場の畑は、無惨な状態だった。
鋼鉄のように硬い表皮を持つ『ミスリル・キュウリ』が
何者かに食い荒らされ、茎だけになっている。
集まった農民たちが口々に不安を訴える中
俺は畑の中を歩き回り、地面に顔を近づけた。
「足跡なし。土魔法によるトンネルの形跡もなし。……ふむ」
「どう? クロード。やっぱり飛行型のモンスターかしら?」
リリアーナが空を見上げるが、俺は首を振った。
「いえ。この畑の上空には『対空防衛ネット(粘着性菌糸)』を張っています。空からなら引っかかるはず」
俺は食い散らかされたキュウリの残骸を手に取り、断面を凝視した。
そして、ある一点に気づき、口元を歪めた。
「……妙ですねぇ」
「何が?」
「リリアーナくん、これを見てください。噛み跡がありません」
「えっ?」
「断面が『溶けて』います。さらに……ここ。もっとも柔らかい実の中心部が残され、逆に一番硬い『皮』の部分だけが綺麗になくなっている」
「本当だわ。普通、美味しい中身から食べるわよね?」
俺は立ち上がり、周囲の農民たちを見回した。
「皆さん、最近この近くで『酸っぱい匂い』や『金属が焼けるような音』を聞きませんでしたか?」
「いや、特には……あ!そういえば昨夜、ゴミ捨て場の『鉄くず』が減ってたような……」
「……つながりましたよ」
俺はパチンと指を鳴らした。
「ガンテツさん。最後に一つだけ、よろしいですか?」
「な、なんだい?」
「この畑の肥料に、昨日『何』を混ぜましたか?」
「え?そりゃあ、ガストン先生から貰った特製の『鉄分増強剤』だけど……」
「やはり」
俺は畑の隅にある、巨大な岩陰を指差した。
「犯人は、遠くから来たのではありません。……最初からそこにいたのです」
「なっ!?」
俺は指先から『閃光の種』を弾いた。
カッ!!
強烈な光が岩陰を照らすと、そこにあった空間がぐにゃりと歪んだ。
「ギギギギギ……!」
姿を現したのは、体長3メートルはある半透明の軟体生物。
だが、その体内には大量の『金属片』が透けて見えている。
「あれは……『アシッド・スライム』!? いや、色が違う!」
「変異種の『メタルイーター・スライム』です。擬態能力を持ち、金属を好んで捕食する」
俺は冷静に解説した。
「奴は、キュウリ自体ではなく、肥料に含まれた高濃度の『鉄分』と、キュウリの硬い『ミスリル皮』の匂いに釣られてやってきた。そして満腹になって動けなくなり、擬態して寝ていたんですよ」
「ギシャァァァァッ!」
正体を見破られたスライムが
体から強酸の溶解液を撒き散らしながら襲いかかってきた。
「危ない! 溶解液よ!」
リリアーナが剣を抜こうとするが、物理攻撃はスライムには相性が悪い。
「下がっていてください、リリアーナくん。……僕の畑で暴れたことを後悔させてあげましょう」
俺はポケットから小瓶を取り出した。
中に入っているのは、白い粉末。
「スライムの体液は強酸性。ならば……」
俺は風魔法で粉末を散布した。
「よし『中和剤』、散布!」
ボフッ!
粉末を浴びたスライムの体が、激しく発泡した。
「ギ、ギギギ……!?」
シュワシュワと音を立てて
スライムの体が中和反応を起こし、ただの塩水へと変わっていく。
「体内の酸性バランスが崩れれば、粘度を維持できなくなる。……チェックメイトです」
ドロリ、とスライムはその場に崩れ落ち、動かなくなった。
(※特殊な訓練を受けております。絶対真似しないでください)
「す、すげぇ……いっ、一瞬だ」
ガンテツたちから歓声が上がる。
俺は眼鏡の位置を直し、リリアーナに向かってにっこりと微笑んだ。
「事件解決ですね。さあ、帰って紅茶の続きにしましょうか」
「……はいはい。お疲れ様、私の『名探偵』さん」
こうして、都市ヴェルデの平和は、俺の知識と推理によって守られた。
だが、この平和な日常が
まもなく訪れる『聖女』の来訪によって破られることを
俺たちはまだ知らなかった。




