第17話 鉄血皇女と甘美なる商談
「……ほう。これが報告にあった『自動人形』か」
都市ヴェルデの広大な農地。
お忍び(といっても護衛の騎士団を連れているが)で
再訪した帝国皇女アナスタシアが、感嘆の声を漏らした。
彼女の視線の先では
数十体の『アグリ・ゴーレム』が規則正しく収穫作業を行っている。
「魔力効率、動作精度、耐久性……どれをとっても帝国軍の主力ゴーレムを凌駕している。クロード、これを作ったのは本当に貴様一人か?」
「ええ。肥料配合の待ち時間に、ちゃちゃっと」
「……呆れた男だ。我が国の技術局が聞けば泡を吹いて倒れるぞ」
アナスタシアは呆れつつも、その瞳には熱っぽい光が宿っていた。
彼女は俺の隣に歩み寄り、不意に距離を詰めてくる。
甘い香水の香りが鼻をくすぐった。
「どうだ? この技術、帝国に売らぬか? 貴様が望むなら、余の『夫』としての地位を用意してもいい」
「ぶっ……!?」
背後で、お茶の準備をしていたリリアーナが盛大に吹き出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいアナスタシア様?! いきなり何を言い出すんですか!」
「何だ、リリアーナ王女。政治的な婚姻など王族の常識だろう? それに、これほどの才幹を持つ男を縛り付けるには血の契約が最も手っ取り早い」
アナスタシアは本気だ。彼女にとって恋愛と国益はセットなのだ。
「……求婚は光栄ですが、俺はあくまで一介の農園主でいたいんですよ」
俺はやんわりと躱し、話題を変えた。
「それより、今日は『新商品の試食会』ということでお呼びしたはずですが」
「ああ、そうだったな。貴様の野菜が我が国で飛ぶように売れているのは知っている。だが、新作とは?」
「こちらへどうぞ」
俺は二人を
完成したばかりの「レストラン(ログハウス風)」テラス席へ案内した。
テーブルに並べたのは
鮮やかな赤色のスープと、焼きたてのパンだ。
「これは『完熟トマトとダンジョン牛のビーフシチュー』です。隠し味に、地下深層で採れた『マナ・ハーブ』を使っています」
「ほう……香りは悪くない」
アナスタシアがスプーンを口に運ぶ。
その瞬間、彼女の鋭い目元が大きく見開かれた。
「……っ!?」
彼女は言葉を失い、二口、三口とスプーンを動かす速度を早めた。
「なんだこれは……。濃厚なコクがあるのに、後味が驚くほど爽やかだ。
それに、食べたそばから体内の魔力回路が熱くなる……!」
「トマトのリコピンと魔素が結合し疲労回復効果をブーストしています。徹夜続きの皇女殿下には最適かと」
「……余が寝不足だと、なぜ分かった?」
「目の下にクマができてますよ。帝国の再建でお忙しいのでしょう?」
アナスタシアの手が止まった。
彼女は常に「鉄血の女将軍」として振る舞い
弱みを見せないことで知られている。
そんな彼女の微細な変化に気づいた者は、今までいなかったのだろう。
「……フン、余計な観察眼だ」
彼女は悪態をつきながらも、どこか嬉しそうに口元を緩めた。
「だが……悪くない。貴様の料理は、王宮の晩餐会で出る『冷めきったご馳走』よりも、よほど温かい」
彼女の纏っていたトゲトゲしい覇気が、ふっと消え失せた瞬間だった。
その横顔は、国を背負う皇女ではなく、年相応の少女のものに見えた。
(……まずいわ)
その様子を見ていたリリアーナが
危機感を募らせてパンを握りつぶしている。
「クロード! 私のお皿にはお肉が少ないんじゃないかしら!?」
「え? 均等によそいましたけど……」
「いいえ、少ないわ! もっと入れて! あ……あーんしてくれたら許してあげる!」
「はい!?」
焦ったリリアーナが、対抗心むき出しで腕に絡みついてくる。
それを見たアナスタシアが、不敵な笑みを浮かべた。
「おや、王女殿下ともあろう方がはしたない。……だが、競争相手がいるというのも一興か」
騒がしくも穏やかなランチタイムが終わる頃
アナスタシアは真剣な表情に戻った。
「……クロード。食事の礼に一つ情報をやろう」
「情報?」
「王国の連中が、『聖女教会』と接触しているという噂だ」
「教会……ですか」
「ああ。彼らは『ダンジョンを用いた農業』を【神への冒涜】と断じかねない連中だ。特に、貴様のような規格外の力を持つ者は、異端審問の標的にされやすい」
アナスタシアは立ち上がり、俺の胸に指を突きつけた。
「もしもの時は、すぐに帝国へ連絡しろ。……余の『将来の伴侶(候補)』を
みすみす狂信者どもに渡すつもりはないからな」
そう言い残し、彼女は翻したマントと共に去っていった。
残された俺とリリアーナ。
「……クロード」
「はい、殿下」
「絶対、帝国には行かせないからね。この街も、クロードも……私が守るんだから!」
リリアーナの瞳には、かつてないほどの強い決意の炎が宿っていた。
安定を満喫したい俺の意思とは裏腹に
俺を巡る「女の戦い」と、迫りくる「宗教国家の影」
平穏な日常は、まだまだ遠そうだった。




