第14話 土下座外交の影
数日後。
ダンジョンの入り口に、豪奢な馬車が到着した。
降りてきたのは、王国の財務大臣・ボルットン侯爵。
小太りで、脂ぎった笑顔が特徴的な男だ。
護衛として、全身黒ずくめの鋭い目つきをした兵士たちが
5名付き従っている。
「おお、ここが噂の農園か! いやはや、素晴らしい!まさに王国の宝だ!」
ボルットンは農園の設備を見るなり、揉み手をして俺に近づいてきた。
「クロード君! 君を探したぞ。 以前の解雇は、魔導師長たちの独断だったのだ。陛下もお心を痛めておられる」
彼は大袈裟に嘆いてみせた後、羊皮紙を差し出した。
「さあ、これが陛下からの直々の辞令だ。『男爵位』の授与と王宮への帰還命令。給金も以前の3倍だ。……悪い話ではあるまい?」
3倍。
それでも帝国の提示額の10分の1にも満たない。
俺は冷めた目で彼を見下ろした。
「お断りします。俺はここで、自分の意志で働いていますから」
「なっ……!? 男爵位だぞ!? 平民の分際で、貴族になれるチャンスを棒に振る気か!?」
「ええ。今の俺にとって、この『農園の土』のほうが貴族の位より価値がありますので」
交渉決裂と見るや、ボルットンの表情が一変した。
へらへらとした笑みが消え、醜悪な恫喝の表情が浮かぶ。
「……そうか。増長するなよ、ただの庭師風情が」
彼が指を鳴らすと、背後の黒ずくめの兵士たちが一斉に武器を抜いた。
短剣に塗られた紫色の液体――猛毒だ。
「陛下からは、こうも仰せつかっている。
『戻らぬのなら、その技術ごと確保せよ。手足の一本や二本は構わぬ』
とな!」
それは「外交」ではなく「誘拐」だ。
「やれ! リリアーナは人質にしろ! 男は気絶させて袋詰めだ!」
兵士たちが飛びかかる。
彼らは王国直属の暗部。
動きは速い。
リリアーナが悲鳴を上げようとした、その時だ。
ドォォォォォン!!
凄まじい轟音と共に、空から「白い巨体」が降ってきた。
「ウホォォォッ!!」
温泉猿だ。
彼は湯上りの肌ツヤも良く
片手には風呂上がりのフルーツ牛乳?を持っていたが
その表情は激怒していた。
――快適な温泉リゾートを荒らす不届き者に対し
最強の常連客が立ち上がったのだ。
「な、なんだこの猿は!?」
暗部の兵士が短剣を突き立てようとするが
鋼のように鍛え上げられた筋肉(と分厚い脂肪)の前には爪楊枝も同然。
パキィン!
短剣が折れる音が響く。
「ウホッ(軟弱)!」
コングは面倒くさそうに裏拳を振るった。
バギィッ!
ただの一撃で
暗部の兵士3人がピンボールのように吹き飛び、岩壁にめり込んだ。
「ひ、ひぃぃぃッ! 化け物ぉぉ!」
残った兵士たちが魔法を放とうとするが、今度は俺が動いた。
俺は指先から、目に見えないほどの微細な種を弾き飛ばす。
「いけ! 『拘束蔦』発芽!」
シュルルルッ!
兵士たちの足元の石畳を突き破り
鋼鉄のような蔦が瞬時に彼らの全身を縛り上げた。
「ぐあぁっ!? し、締め付けられる……!」
「俺の農園で暴力を振るうなら、ここの肥料になってもらいますよ」
わずか1分。
王国の精鋭部隊は全滅し
残ったのは腰を抜かして失禁しているボルットン侯爵だけだった。
「あ、あ、ぁ……」
俺は彼の前にしゃがみ込み、耳元で囁いた。
「俺から陛下への返事です。
『二度と俺に関わるな。
さもなくば、次は帝国の軍艦が王都の港に横付けされるだろう』
とな」
その言葉を裏付けるように
奥からアナスタシア皇女が姿を現し
冷酷な笑みで侯爵を見下ろした。
「……余の同盟者に手を出した落とし前、高くつくぞ? 王国の」
ボルットン侯爵は
「ヒィッ!」と悲鳴を上げ
部下を置き去りにして馬車で逃げ去っていった。
その無様な背中を見送りながら、リリアーナが静かに呟く。
「……さようなら、お父様。王国は、最後のチャンスを自ら捨ててしまったのね」
彼女の目にもう迷いはなかった。
その翌日。
王都の市場から、高品質な野菜が完全に姿を消した。
代わりに市場を席巻したのは
帝国の商人たちが持ち込んだ『クロード印』の超高級野菜。
王国の人々は、自国の宝を自分たちで追い出し
それを「輸入品」として高値で買わされるという
最大の皮肉を味わうことになったのである。




