第13話 ヘッドハンティング
「契約金は金貨1万枚(約1億円)。さらに帝都の一等地に研究所を用意しよう。爵位も思いのままだ」
湯上がりの帝国皇女、アナスタシアが提示した条件は破格だった。
金貨1万枚。一生遊んで暮らせる額だ。
だが、俺が口を開くより先に
あずまやから飛び出してきたリリアーナが叫んだ。
「お、お断りします! クロードは渡しません!」
リリアーナは俺の前に立ちふさがり
両手を広げてアナスタシアを睨みつけた。
アナスタシアは濡れた髪を拭きながら、冷ややかな視線を返す。
「リリアーナ王女か。……だが、貴国は彼を『無能』として追放したのではなかったか? 彼を拾って何が悪い?」
「っ……! それは、父上たちが愚かだっただけです! クロードは私の……私の、大切なパートナーです!!」
「家臣」ではなく『パートナー』
その言葉に、俺は少しだけ目を見張った。
リリアーナの中で、何かが変わりつつある。
二人の王女の間に火花が散る。
物理的な戦争に発展する前に、俺は手を挙げた。
「お二人とも、落ち着いてください。……アナスタシア様、申し出は光栄ですが帝国の属国になるつもりはありません」
「ほう? 余の誘いを蹴ると?」
「俺はあくまで『庭師』であり、ここは『農園』です。政治的な争いに巻き込まれるのは御免です」
俺はキッパリと言い放ち、続けてニヤリと笑った。
「ですが……『優良な取引先』としてなら、歓迎しますよ」
「取引だと?」
「ええ。我が農園の生産物は、一国で消費するには多すぎます。正規のルートで輸出契約を結びませんか? もちろん、代金は弾んでいただきますが」
アナスタシアはしばらく俺を凝視し、やがて楽しげに喉を鳴らした。
「ククッ……面白い。王国にも帝国にも属さず、独立勢力として振る舞うか。よかろう、その度胸気に入った」
商談は即決だった。
俺が提供するのは、「高栄養価野菜」と「瓶詰め保存食」
そして「温泉水(聖水ポーション)」だ。
対価として、帝国からは「魔道具の技術」と「希少金属」
そして大量の『外貨』が支払われることになった。
試供品として出した『完熟トマト』をかじり、アナスタシアが唸る。
「……恐ろしいな。このトマト一つで兵士の疲労が吹き飛び、魔力が活性化している。これを軍糧に採用すれば、我が帝国軍の進軍速度は倍になるぞ」
「兵站革命ですね」
「ああ。……王国は本当に馬鹿だ。巨大な軍事力を捨てたようなものだぞ」
彼女は憐れむように王都の方角を見やった。
「この契約により、帝国は貴様の農園を『準同盟領』とみなす。もし王国が武力でここを奪おうとすれば、帝国軍が介入する口実ができたわけだ」
それは事実上の「安全保障条約」だった。
俺たちは王国の脅威から守られ、帝国は最強の補給線を得る。
Win-Winだ。
――その頃、王都の王城会議室。
国王と筆頭魔導師たちが、緊急報告書を前に震え上がっていた。
「へ、陛下!大変です! 国境付近で帝国軍の動きが活発化しています!」
「なんだと!? 攻めてくるのか!?」
「いえ……それが、奇妙なことに……『輸送部隊』ばかりなのです。大量の金貨を積み、あのダンジョンへ向かっています!」
宰相が真っ青な顔で叫ぶ。
「さらに、帝国の商人たちが噂しています! 『王国のダンジョンには……
死者を蘇らせる泉と、不老不死の果実がある』と!」
「な、なんだと……?」
国王が絶句する。
「まさか、あの庭師か……? 追放したあの男が、帝国と手を組んだというのか!?」
「もしそうなら、我が国は終わりです! 帝国の国力に、あの男の技術が加われば……!」
会議室はパニックに陥った。
かつて彼らが嘲笑い、泥だらけの手を汚らわしいと罵った男。
その男の手によって、王国の経済と安全保障が
今まさに首を絞められようとしていた。
「す、すぐに使者を送れ! どんな条件でもいい、あの男を連れ戻せ!!」
国王の絶叫が、虚しく響き渡る。
だが、もう遅い。
クロードの農園には、すでに帝国の旗と
リリアーナの決意が翻っているのだから。




