第10話 無知なるエリート
王宮からの調査隊がダンジョンに入ったことは、すぐに分かった。
薄暗い作業台の上で
シャーレの中の菌糸がざわめくように変色したからだ。
「……来たか」
俺はモニター代わりの
水晶板(菌糸の電気信号を光に変換する簡易装置)を見つめた。
リリアーナが緊張した面持ちで俺の袖を掴む。
「クロード、誰が来たの?」
「王宮魔導師団の制服を着た男が5名。……先頭の男には見覚えがあります。筆頭魔導師の腰巾着、デュラン副隊長ですね」
デュラン。
火魔法の使い手で、「庭師など泥遊びだ」と
俺を嘲笑っていた男の一人だ。
「彼らの目的は明らかです。この農園の接収、そして『奇跡の野菜』の独占でしょう」
俺は冷静に作業着のエプロンを締め直した。
「殿下、あずまやの中にいてください。……少し、躾をしてきます」
ダンジョンの中層エリア。
デュラン率いる調査隊は、苛立ちを隠せない様子で進んでいた。
「ええい、薄気味悪い場所だ! たかが庭師一匹見つけるのになぜ我々エリートが出張らねばならん!」
彼は松明代わりに火の玉を浮かべ
乱暴に草木を焼き払いながら進む。
その傲慢さが、命取りとも知らずに。
「副隊長、足元に奇妙なキノコが……」
「踏み潰せ! そんな雑草!」
部下が警告しようとした矢先
デュランのブーツが、赤黒い斑点のキノコ――
『爆裂胞子茸』を踏み抜いた。
ドォォン!!
くぐもった爆発音と共に、紫色の粉塵が舞い上がった。
「ぐわっ!? な、なんだ毒ガスか!?」
「目が、目がぁぁ!」
麻痺毒を含んだ胞子を吸い込み、魔導師たちが次々と膝をつく。
魔法障壁を展開しようとするが
胞子はあまりに微細で、呼吸と共に体内へ侵入していた。
「クソッ、焼き尽くしてやる! 『ファイア・ストーム』だ!」
半狂乱になったデュランが、手当たり次第に炎を放つ。
だが、その炎が壁面の蔦に燃え移ろうとした瞬間――
プシューーーッ!!
天井に張り巡らせたパイプから、霧状の水が一斉に噴射された。
「なっ!? あ、雨……だと!?」
スプリンクラーによる消火システム。
湿度管理のために設置していたものだが
火魔法使いにとっては天敵だ。
ずぶ濡れになり、咳き込みながら
彼らはようやく開けた空間――我々の拠点へと辿り着いた。
そこで彼らが見たのは、七色の光に照らされた、幻想的な農園だった。
「な……なんだ、ここは」
整然と並ぶ水耕栽培プラント。
透明なパイプの中を流れる清水。
泥一つない清潔な空間で、俺は腕を組んで彼らを見下ろしていた。
「ようこそ、我が農園へ。靴の泥は落としていただきたかったのですが」
「き、貴様……クロードか!?」
デュランが震える指を突きつける。
「その生意気な態度はなんだ! 追放された分際で、こんな施設を……!これは王国の財産だ! 今すぐ全てを差し出し、王都へ戻って管理を続けろ!」
予想通りのセリフだ。
俺は呆れてため息をついた。
「お断りします。俺を解雇したのはそちらでしょう? ここは俺の私有地であり、俺の城です」
「黙れ! 逆らうなら力ずくで……」
デュランが杖を構える。
だが、俺は指一本動かさなかった。
「――おやめなさい」
凛とした声が響く。
あずまやから姿を現したのは
純白のドレス(植物繊維で織った新作だ)を纏った
リリアーナ王女だった。
「リ、リリアーナ様!? まさか、こんな所に!?」
行方不明だった王女の登場に、調査隊は動揺し、思わず平伏した。
彼女は冷ややかな目でかつての臣下たちを見下ろす。
「貴方たちの無様な姿、見せてもらいました。……自然への敬意もなく、ただ奪うことしか考えない。だから王国の土地は枯れたのです」
「し、しかし殿下! この男は……」
「この男は、私の『筆頭宮廷庭師』です。王宮の命令より、私の命令が優先されます」
リリアーナは宣言した。
それは、彼女が初めて王族としての権威を
自分の意志で振るった瞬間だった。
「帰りなさい。そして父上とあの無能な魔導師長に伝えなさい。『本物の野菜が食べたければ、それ相応の態度で出直してこい』と」
デュランたちは屈辱に顔を歪めながらも
王女の命令と、周囲を取り囲む不気味な植物たちの威圧感に押され
逃げるように撤退していった。
その後ろ姿を見送りながら、俺はリリアーナに声をかけた。
「……かっこよかったですよ、殿下」
彼女はふぅと息を吐き、へなへなと座り込んだ。
「あ、足が震えてたのよ……。でも、クロードの居場所は、私が守らなきゃ」
俺は苦笑し、彼女に手を差し伸べた。
――宣戦布告は済んだ。
これで王国は、俺たちを「無視できない勢力」として
認識せざるを得ない。
次に彼らが取れる手段は、「全面戦争」か
それとも「土下座外交」か。
どちらに転んでも、俺たちの優位は揺るがない。




