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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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9/20

第9話 さよならは、二人で。

──────────────

Today's Heroine

水瀬 彩乃

CLIENT DATA

年齢:25歳

身長:162cm

職業:図書館司書

雰囲気

・落ち着いている

・聞き上手

・少し不器用

・涙もろい

外見

・黒髪ロング

・ベージュのワンピース

・小さなショルダーバッグ

主人公への第一印象

★★★☆☆

恋愛タイプ

一度好きになると忘れられない

依頼内容

『別れた恋人の荷物を、一緒に返しに行ってください。』

秘密

『本当は荷物より、気持ちを整理したい。』

ドキドキ度

★★★☆☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は駅前のロータリーで、一人の女性を見つけた。


 ベージュのワンピースに、小さなショルダーバッグ。


 その足元には、一つの段ボール箱が置かれている。


「神崎さんですか?」


 落ち着いた声だった。


「水瀬彩乃です。本日はよろしくお願いします。」


「神崎です。よろしくお願いします。」


 二人は軽く頭を下げ合う。


 湊は段ボールへ目を向けた。


「これが依頼の荷物ですか?」


「はい。」


 彩乃は小さくうなずく。


「全部、元恋人のものです。」


 静かな言葉だった。


 けれど、その一言だけで、この段ボールがただの荷物ではないことが伝わってきた。


     ◇


 湊は段ボールを持ち上げる。


 思っていたより少し重い。


「重くないですか?」


 彩乃が申し訳なさそうに尋ねる。


「大丈夫です。」


 そう答えると、彩乃は少しだけ安心したように笑った。


 二人は並んで歩き始める。


 しばらく沈黙が続いたあと、彩乃がぽつりと口を開いた。


「別れたのは、半年前なんです。」


 湊は黙って耳を傾ける。


「ケンカしたわけでも、浮気されたわけでもなくて。」


 少し笑う。


「お互い仕事が忙しくなって。」


「気付いたら、会う時間も減って。」


「そのまま自然に終わっちゃいました。」


 責めるような口調ではなかった。


 どこか懐かしい思い出を話すような、穏やかな声だった。


「だからですか?」


 湊が尋ねる。


「一人で行けなかったのは。」


 彩乃は少し考えてから、ゆっくりうなずく。


「はい。」


「嫌いになって別れたわけじゃないから。」


「ちゃんと終わらせる勇気がなくて。」


 その言葉に、湊は静かにうなずいた。


「今日は、そのための日ですね。」


 彩乃は少し驚いたように湊を見る。


 それから、ふっと肩の力を抜いて笑った。


「そうですね。」


「今日で終わりにしたいです。」


     ◇


 住宅街へ入る。


 目的地まではあと十分ほどだった。


「その箱の中って、どんな物が入ってるんですか?」


 湊が尋ねる。


 彩乃は少し照れくさそうに笑う。


「大したものじゃないですよ。」


「マグカップとか。」


「貸りてた本とか。」


「ゲームソフトとか。」


「あと……。」


 一瞬だけ言葉が止まる。


「パーカー。」


「冬になると、よく貸してたんです。」


 そう言って笑うが、その笑顔は少しだけ寂しかった。


「思い出ばかりですね。」


 湊が言う。


「はい。」


 彩乃は段ボールを見つめる。


「だから重いんです。」


「荷物じゃなくて。」


「思い出が。」


 湊は腕の中の段ボールを見つめた。


「確かに。」


「今日は少し重たい依頼ですね。」


 彩乃はくすっと笑う。


「でも。」


「神崎さんが持ってくれてるので、少し軽く感じます。」


「荷物ですか?」


「気持ちです。」


 そう言って照れくさそうに笑った。


     ◇


 目的のマンションが見えてきた。


 彩乃の足が止まる。


「大丈夫ですか?」


「……はい。」


 そう答えたものの、その手は少しだけ震えていた。


 深呼吸を一つ。


「行きましょう。」


 湊は静かにうなずく。


 二人はエントランスを抜け、エレベーターへ乗った。


 上昇する数字を見つめる時間が、妙に長く感じる。


 やがて扉が開いた。


 廊下の一番奥。


 彩乃はゆっくりインターホンへ手を伸ばす。


 ピンポーン。


 数秒後。


 玄関の扉が静かに開いた。


玄関の扉がゆっくり開く。


「……彩乃。」


 現れたのは、穏やかな雰囲気の男性だった。


 一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたあと、小さく笑う。


「久しぶり。」


「……うん。」


 彩乃もぎこちなく笑い返した。


 気まずい沈黙。


 そのとき、男性の視線が湊へ向く。


「こちらの方は……?」


「あ……。」


 彩乃の動きが止まる。


「えっと、その……。」


 口を開くものの、言葉が出てこない。


 湊も空気を読んで、あえて何も言わない。


 数秒の沈黙が流れた。


 男性は少しだけ照れたように笑う。


「もしかして……彼氏?」


「ち、違っ!」


 彩乃は反射的に否定しかける。


 けれど、慌てすぎて言葉が続かない。


「えっと……その……。」


 顔がみるみる赤くなる。


 湊も助け舟を出すタイミングを探していた。


「……。」


「……。」


 なんとも言えない空気が流れる。


 彩乃はとうとう両手で顔を隠した。


「もう最悪……。」


 その姿を見て、湊は思わず苦笑する。


「初めまして。」


 一歩前へ出て頭を下げる。


「便利屋みなとの神崎と申します。」


「今日は荷物を運ぶお手伝いで、ご一緒しています。」


「あ、そういうことでしたか。」


 男性は安心したように笑った。


「すみません、勝手に勘違いしてしまって。」


「いえ。」


 湊も笑う。


「よくあること……ではないですけど。」


 彩乃はまだ顔を赤くしたまま、小さくため息をついた。


「最初から言えばよかった……。」


「私、頭が真っ白になっちゃって。」


 男性は懐かしそうに笑う。


「そういうところ、昔から変わらないね。」


「もう、その話はなし。」


 彩乃は恥ずかしそうに頬を膨らませる。


 そのやり取りには、もう恋人同士の空気はなかった。


 長い時間を一緒に過ごした友人同士のような、優しい空気だった。


     ◇


 湊は段ボールを玄関へ置いた。


「これで全部。」


 彩乃は静かにうなずく。


「うん。」


 男性は段ボールを見つめる。


「ちゃんと返しに来てくれてありがとう。」


「こちらこそ。」


 彩乃は小さく笑った。


「借りっぱなしは嫌だったから。」


「そうだね。」


 男性も笑う。


 少しだけ沈黙が流れる。


 彩乃は深呼吸を一つして、顔を上げた。


「今まで、ありがとう。」


 その一言だけだった。


 男性も穏やかに微笑む。


「こちらこそ。」


「元気で。」


「あなたも。」


 二人とも笑っていた。


 もう涙はなかった。


 ちゃんと終われたから。


     ◇


 マンションを出る。


 夏の風が頬をなでた。


 彩乃は大きく息を吐く。


「終わりました。」


「はい。」


「思ってたより、ちゃんと笑えました。」


 湊も笑う。


「よかったです。」


 彩乃は少し照れながら言う。


「神崎さん。」


「はい。」


「さっき……彼氏って言われたとき。」


 思い出したように顔を赤くした。


「恥ずかしかったです。」


「僕も、どう返事をすればいいか分かりませんでした。」


「否定するタイミング、逃しましたよね。」


「そうですね。」


 二人で顔を見合わせる。


 そして、同時に笑った。


 さっきまで胸につかえていたものが、笑顔と一緒にほどけていくようだった。


「今日は、一緒に来てもらって本当によかったです。」


 彩乃は空を見上げる。


「一人だったら、多分……。」


「泣いて帰ってました。」


 少しだけ間を置いて続けた。


「でも今日は。」


「ちゃんと『ありがとう』って言えました。」


 湊は静かにうなずく。


「それなら、この依頼は成功ですね。」


「はい。」


 彩乃は今までで一番自然な笑顔を見せた。


「もう、大丈夫です。」


 その笑顔を見て、湊も安心したように微笑んだ。


     ◇


 彩乃と別れたあと。


 湊のスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『父の誕生日を成功させたいんです。』


「誕生日?」


 続きを読む。


『家族には秘密でお願いします。』


 湊は思わず笑った。


「今度はサプライズか。」


 便利屋の仕事は、今日も予想がつかない。


次回『秘密の誕生日作戦。』

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