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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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8/20

第8話 レシピより難しいもの。

──────────────

Today's Heroine

白石 七海

CLIENT DATA

年齢:22歳

身長:160cm

職業:カフェ店員

雰囲気

・明るい

・頑張り屋

・少し天然

・照れ屋

外見

・肩までの茶髪

・白いブラウスにエプロン

・ポニーテール

主人公への第一印象

★★★★☆

恋愛タイプ

好きになると一直線

依頼内容

『料理を一緒に作ってください。』

秘密

『好きな人には、まだ一度も告白できていない。』

ドキドキ度

★★★★☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は、小さなアパートの前でスマホを見つめていた。


『料理を一緒に作ってください。』


 便利屋を始めてから、恋人役や犬探し、お兄ちゃん役まで経験した。


 だが、料理を一緒に作る依頼は初めてだった。


「神崎さん!」


 二階の通路から明るい声が響く。


 顔を上げると、エプロン姿の女性が手を振っていた。


「白石七海です!」


「神崎です。よろしくお願いします。」


 二人は玄関先で頭を下げ合う。


「どうぞ。」


 部屋へ入ると、ワンルームの小さなキッチンには、きれいに並べられた食材が置かれていた。


 ひき肉。


 玉ねぎ。


 パン粉。


 卵。


「今日はハンバーグですか。」


「はい!」


 七海は勢いよくうなずく。


「一週間後に好きな人へ作る約束をしたんです。」


「でも……。」


 照れくさそうに笑う。


「料理は、びっくりするくらい苦手で。」


「料理教室へ行こうとも思ったんですけど、知り合いに会ったら恥ずかしいし……。」


 少しだけ肩をすくめる。


「それで便利屋さんにお願いしちゃいました。」


 湊は笑いながらうなずいた。


「でも、僕は料理の先生じゃありませんよ。」


「一人暮らしなので、簡単な料理くらいなら作れますけど。」


「それで十分です!」


 七海は安心したように笑った。


「一人だと途中で心が折れそうだったので。」


「じゃあ、一緒に頑張りましょう。」


「はい!」


     ◇


 まずは玉ねぎを切ることになった。


 七海は包丁を持つものの、ぎこちない。


「こ、これで合ってますか?」


「指が少し危ないですね。」


「あっ。」


 慌てて指を引っ込める。


「猫の手って難しい……。」


 湊は少し考えてから、七海の隣へ立った。


「少し失礼します。」


「は、はい。」


 後ろからそっと手を添える。


「指はこう丸めると安全です。」


「こうですか?」


「そうです。」


 二人でゆっくり包丁を動かす。


 トントン、と小気味いい音がキッチンへ響いた。


「切れました!」


 七海は嬉しそうに笑う。


「できました!」


「最初にしては上出来ですよ。」


「本当ですか?」


「はい。」


 その言葉だけで、七海は子どものように喜んだ。


 その笑顔を見て、湊も自然と笑みがこぼれる。


     ◇


 玉ねぎを炒め終え、今度は肉だねを作る。


「塩は小さじ一ですね。」


「任せてください!」


 七海は自信満々に塩を入れた。


 その直後だった。


「あ。」


「え?」


「今、僕も入れました。」


 七海が固まる。


「……。」


 湊も固まる。


 二人でボウルを見つめる。


「二回入りましたね。」


「入りましたね……。」


 数秒の沈黙。


 次の瞬間。


「ふふっ。」


「あはは!」


 二人同時に笑い出した。


「もう最初からやり直します?」


「そうしましょう。」


 笑いながら材料を計り直す。


 失敗したはずなのに、不思議と楽しかった。


     ◇


「神崎さん。」


「はい?」


「さっきから思ってたんですけど。」


「料理って。」


「一人でするより、誰かとした方が楽しいですね。」


 七海は照れくさそうに笑う。


「そうかもしれません。」


「失敗しても笑えますから。」


「それ、すごく分かります。」


 二人で笑い合った、そのときだった。


「あっ。」


 七海が棚の上を見上げる。


「ケチャップ、上でした。」


 小さな踏み台を持ってくる。


「私、取りますね。」


「気を付けてください。」


「大丈夫で――」


 言い終わる前に、踏み台がわずかに揺れた。


「あっ!」


 七海の体がぐらりと傾く。


 湊は反射的に腕を伸ばした。


「危ない!」


「きゃっ!」


 七海の体を受け止める。


 踏み台から降りた勢いで、そのまま湊の胸へ軽くぶつかった。


「あ……。」


 二人とも動きが止まる。


 近い。


 お互いの顔が、思っていたよりずっと近くにあった。


「だ、大丈夫ですか?」


「は、はい!」


 七海は慌てて体を離す。


 その拍子に、エプロンの腰紐がふわりとほどけかけた。


「きゃっ!」


 慌てて後ろを押さえる。


「ご、ごめんなさい!」


 湊はすぐに視線をそらした。


「見てません!」


「そう言われると、余計恥ずかしいです……。」


 二人とも顔を赤くしたまま、しばらく何も言えなかった。


 やがて七海が吹き出す。


「今日は失敗ばっかりですね。」


「でも、けががなくてよかったです。」


「はい。」


 照れ笑いを交わすと、さっきまでの気まずさも少しだけ和らいだ。


     ◇


 肉だねを丸め、フライパンへ並べる。


「緊張します……。」


「最初は強火で焼き色を付けて、そのあと弱火です。」


「はい。」


 ジュウッという音と一緒に、食欲をそそる香りが広がる。


「なんだか、それっぽくなってきました!」


「もう十分、それっぽいですよ。」


 焼き上がったハンバーグへソースをかける。


 皿へ盛り付けると、見た目は店で出てきてもおかしくないくらい立派だった。


「できた……。」


 七海は目を輝かせる。


「本当にできちゃいました。」


「食べてみましょう。」


 二人で席に着き、手を合わせる。


「いただきます。」


 一口。


 七海はゆっくり噛んでから、ぱっと表情を明るくした。


「おいしい!」


「よかった。」


「いつもなら焦がしたり、生焼けだったりするのに……。」


 嬉しそうに笑う七海を見ていると、湊まで嬉しくなった。


     ◇


 食後。


 テーブルの上には空になった皿が並んでいる。


「神崎さん。」


「はい。」


「これなら……喜んでもらえますかね。」


 少しだけ不安そうな声だった。


「料理も、もちろん大事です。」


 湊は微笑む。


「でも。」


「一番嬉しいのは、一生懸命作ってくれた気持ちだと思います。」


 七海はその言葉を何度も噛みしめるようにうなずいた。


「私。」


 照れくさそうに笑う。


「味ばっかり気にしてました。」


「でも、本当は気持ちも一緒に伝える料理なんですね。」


「きっと、その方が伝わります。」


 七海は安心したように笑った。


「頑張ってきます。」


     ◇


 数日後。


 大学の講義を終えた湊のスマホが震えた。


 送信者は、白石七海。


『神崎さん!』


 その一言だけで、思わず笑ってしまう。


 続けて写真が送られてきた。


 食卓の上にはハンバーグ。


 向かいにはもう一人分の皿。


 そして、メッセージ。


『成功しました!』


 さらに続けて。


『付き合うことになりました』


 湊は思わず空を見上げた。


「よかった。」


 短くつぶやく。


 便利屋の仕事は、依頼が終わればそれで終わり。


 でも、こうして幸せな報告が届く日は、少しだけ特別だった。


     ◇


 そのとき、またスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 湊は画面を開く。


『別れた恋人の荷物を、一緒に返しに行ってください。』


「……。」


 荷物を返すだけなら、一人でもできる。


 そう思った。


 しかし、依頼文の続きを読んだ瞬間、表情が少しだけ変わる。


『一人では、ちゃんとさよならが言えないんです。』


「……なるほど。」


 湊はスマホを静かに閉じた。


次回『さよならは、二人で。』


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