表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/20

第7話 おじいちゃんの約束。

──────────────

Today's Heroine

桜井 美咲

CLIENT DATA

年齢:23歳

身長:159cm

職業:保育士

雰囲気

・穏やか

・優しい

・家族思い

・少し心配性

外見

・肩までの黒髪

・白いブラウスにロングスカート

・ナチュラルメイク

主人公への第一印象

★★★★☆

恋愛タイプ

尽くすタイプ

依頼内容

『祖父のお墓参りに付き添ってください。』

秘密

『祖父は亡くなった祖母との約束を、一度も破ったことがない。』

ドキドキ度

★★☆☆☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は駅前のベンチへ向かいながら、依頼内容をもう一度読み返した。


『祖父のお墓参りに付き添ってください。』


 便利屋を始めて一年。


 恋人役や犬探し、部屋の片付けなど、さまざまな依頼を受けてきた。


 けれど、お墓参りの付き添いは初めてだった。


「神崎さんですか?」


 優しい声に振り向く。


 白いブラウスにロングスカート姿の女性が、小さく頭を下げた。


「桜井美咲です。本日はよろしくお願いします。」


「神崎です。よろしくお願いします。」


 二人は挨拶を交わす。


 美咲は少し安心したように微笑むと、公園のベンチへ視線を向けた。


「あそこにいるのが祖父です。」


 湊も視線を向ける。


 杖をついた一人のおじいさんが、のんびりと鳩を眺めていた。


 こちらに気付くと、にこりと笑って手を振る。


「おお、来たか。」


 その笑顔は、どこか少年のようだった。


「初めまして。」


 湊が頭を下げる。


「神崎湊です。」


「桜井正一じゃ。」


 正一はゆっくり立ち上がろうとした。


 しかし、少しだけ足元がふらつく。


「おじいちゃん。」


 美咲が慌てて支える。


「大丈夫、大丈夫。」


「それ毎回言うよね。」


「本当に大丈夫なんじゃ。」


 そう言って笑う姿に、美咲は困ったようにため息をついた。


「昔から全然人の話を聞かないんです。」


「おいおい、人聞きが悪い。」


「じゃあ病院の先生の話は?」


「……半分くらい聞いとる。」


「聞いてないじゃない。」


 三人で思わず笑う。


 湊はそのやり取りを見ながら、小さく肩の力を抜いた。


 緊張していたのは、自分も同じだったらしい。


     ◇


「今日は毎月のお墓参りなんです。」


 歩き始めてすぐ、美咲が説明してくれた。


「祖母が亡くなってから、ずっと続けていて。」


「毎月ですか。」


「はい。」


「二十年以上、一度も休んでません。」


 湊は思わず正一を見る。


 正一は杖をつきながらも、ゆっくり前を歩いていた。


「今年に入って足を悪くしてしまって……。」


「私一人だと支えきれないこともあって。」


「だから便利屋を。」


「はい。」


 美咲は少し申し訳なさそうに笑う。


「祖父は最初、反対してたんです。」


「他人に迷惑を掛けるなって。」


「迷惑なんて掛けとらん。」


 前を歩いていた正一が振り返る。


「ほれ。」


 そう言って空を指差した。


「今日はええ天気じゃ。」


「墓参り日和じゃな。」


「話聞いてた?」


「聞いとる聞いとる。」


「絶対聞いてない。」


 また笑いがこぼれる。


 その穏やかな空気が、どこか心地よかった。


     ◇


 墓地へ続く石段の前で、正一は立ち止まった。


「昔はな。」


「この階段なんて、二段飛ばしで上っとった。」


「はいはい。」


 美咲が苦笑する。


「その話、今日でもう三回目。」


「まだ三回か。」


「毎回来るたび聞いてるよ。」


「年を取ると、同じ話をしたくなるんじゃ。」


「開き直らないで。」


 湊は思わず笑ってしまう。


「神崎さんまで笑わないでください。」


「すみません。」


 そのときだった。


 正一が一歩踏み出した瞬間、小さく体勢を崩す。


「おっと。」


「おじいちゃん!」


 美咲が支えようと駆け寄る。


 しかし、石段だったため自分まで足を滑らせそうになる。


「あっ……!」


 湊は反射的に二人の間へ入り、正一の腕と、美咲の肩を同時に支えた。


「大丈夫ですか?」


「す、すみません……。」


 美咲は気付く。


 自分が転ばないように踏ん張ったせいで、湊との距離が思っていた以上に近くなっていることに。


「あ……。」


 思わず目が合う。


 美咲は耳まで赤くしながら、小さく体を離した。


「ご、ごめんなさい。」


「いえ。」


 湊も少し照れくさそうに笑う。


「お二人とも無事なら、それで十分です。」


 正一はその様子を見て、にやりと笑った。


「おお。」


「わしがおらんかったら、ええ雰囲気じゃったのう。」


「おじいちゃん!」


「違います!」


 美咲が真っ赤になって否定すると、正一は楽しそうに笑い声を上げた。


 その笑い声につられて、湊も思わず笑ってしまう。


 石段の上には、夏のやわらかな風が吹いていた。


石段を上りきると、墓地は木々に囲まれた静かな場所だった。


 風が吹くたび、線香の香りがふわりと漂う。


「もう少しじゃ。」


 正一はそう言って笑うと、慣れた足取りで一つの墓石の前まで歩いていった。


「ただいま。」


 まるで家へ帰ってきたような、自然な一言だった。


 美咲は花を供え、湊も後ろへ一歩下がる。


 正一は墓石を優しく撫でながら、小さく笑う。


「今月も来たぞ。」


「ちょっと遅くなったが、約束は守れた。」


「心配せんでええ。」


「わしは、まだ元気じゃ。」


 その口調は明るく、寂しさよりも温かさが勝っていた。


 しばらく三人は静かに手を合わせる。


 蝉の声だけが、夏の空へ響いていた。


     ◇


 墓地をあとにし、近くの東屋で少し休憩することになった。


「ふぅ。」


 正一は腰を下ろすと、大きく息を吐いた。


「やっぱり年じゃのう。」


「さっきまで元気って言ってたのに。」


 美咲が呆れたように笑う。


「元気なのと疲れるのは別じゃ。」


「都合がいいなぁ。」


 三人で笑う。


 少しして、美咲が冷たいお茶を買いに席を外した。


 東屋には、湊と正一だけが残る。


「神崎君。」


「はい。」


「今日は付き合ってくれてありがとう。」


「いえ。」


「大切な約束なんですよね。」


 その言葉に、正一は少し目を細めた。


「そうじゃ。」


「大切な約束じゃ。」


 それ以上は何も言わず、空を見上げる。


 その横顔を見て、湊も深くは聞かなかった。


     ◇


 帰り道。


 美咲が少し歩く速度を落とした。


「神崎さん。」


「はい。」


「祖母が亡くなる少し前のことなんです。」


 穏やかな声だった。


「祖母、おじいちゃんに言ったんです。」


 少し笑いながら。


『お墓参りなんて来なくていいからね。』


『私より、生きてる人を大事にして。』


 美咲は少しだけ目を潤ませる。


「でも、おじいちゃんは笑って。」


 前を歩く正一へ視線を向けた。


『それは無理じゃ。』


『お前が寂しくならんように。』


『わしが生きている間は、毎月会いに来る。』


『約束じゃ。』


「それから二十年以上、一度も休んだことがありません。」


「雨の日も。」


「雪の日も。」


「熱があっても。」


「台風の日だけは、一日ずらしましたけど。」


 少し笑う。


「その翌日には、ちゃんと来てました。」


 湊は前を歩く正一の背中を見る。


 小さくなった背中。


 それでも、一歩一歩しっかり前へ進んでいる。


「だから今日も。」


 美咲は優しく笑った。


「どうしても約束を守らせてあげたかったんです。」


 湊は静かにうなずいた。


「素敵な約束ですね。」


「はい。」


「私、自慢のおじいちゃんなんです。」


     ◇


 駅前まで戻ると、正一は湊へ深く頭を下げた。


「今日は本当に助かった。」


「約束を守れた。」


「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。」


 湊も頭を下げる。


 すると正一は照れくさそうに笑った。


「来月も行かんとな。」


「約束じゃから。」


「ええ。」


 湊も笑顔で答える。


「きっと、おばあさまも待っています。」


「そうじゃな。」


 正一は空を見上げ、小さく笑った。


「『また来たの』って笑われるかもしれん。」


「でも、それでええ。」


「約束じゃからな。」


 その言葉に、美咲は思わず吹き出した。


「おばあちゃん、絶対そう言うね。」


「毎月来なくていいって言ったのにって。」


「じゃろ?」


 三人で笑う。


 笑いながらも、美咲の目には小さく涙が浮かんでいた。


 悲しい涙ではない。


 大好きな祖父を、少し誇らしく思えた涙だった。


     ◇


 別れ際。


 美咲は報酬の入った封筒を差し出す。


「今日は、本当にありがとうございました。」


「こちらこそ。」


 湊が受け取ると、美咲は少し照れくさそうに笑った。


「神崎さん。」


「はい。」


「また祖父が無茶を言い出したら……お願いしてもいいですか?」


 その言葉に、正一がすぐ反応する。


「無茶なんか言っとらん。」


「この前、一人で脚立に乗ろうとしたでしょ。」


「……あれは失敗じゃ。」


「失敗じゃないよ。」


「危ないの。」


 また始まった。


 二人のやり取りを見て、湊は思わず笑う。


「その時は、またお手伝いします。」


「ありがとうございます。」


 美咲は安心したように微笑んだ。


 祖父と孫は、ゆっくり並んで歩き始める。


 その背中は、とても幸せそうだった。


 湊のスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『料理を教えてください。』


 その下には、もう一文。


『一週間後、好きな人に手料理を作る約束をしたんです。』


 湊は思わず苦笑する。


「……料理か。」


 便利屋の仕事は、本当に予想がつかない。


次回『レシピより難しいもの。』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ