第7話 おじいちゃんの約束。
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Today's Heroine
桜井 美咲
CLIENT DATA
年齢:23歳
身長:159cm
職業:保育士
雰囲気
・穏やか
・優しい
・家族思い
・少し心配性
外見
・肩までの黒髪
・白いブラウスにロングスカート
・ナチュラルメイク
主人公への第一印象
★★★★☆
恋愛タイプ
尽くすタイプ
依頼内容
『祖父のお墓参りに付き添ってください。』
秘密
『祖父は亡くなった祖母との約束を、一度も破ったことがない。』
ドキドキ度
★★☆☆☆
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午前十時。
神崎湊は駅前のベンチへ向かいながら、依頼内容をもう一度読み返した。
『祖父のお墓参りに付き添ってください。』
便利屋を始めて一年。
恋人役や犬探し、部屋の片付けなど、さまざまな依頼を受けてきた。
けれど、お墓参りの付き添いは初めてだった。
「神崎さんですか?」
優しい声に振り向く。
白いブラウスにロングスカート姿の女性が、小さく頭を下げた。
「桜井美咲です。本日はよろしくお願いします。」
「神崎です。よろしくお願いします。」
二人は挨拶を交わす。
美咲は少し安心したように微笑むと、公園のベンチへ視線を向けた。
「あそこにいるのが祖父です。」
湊も視線を向ける。
杖をついた一人のおじいさんが、のんびりと鳩を眺めていた。
こちらに気付くと、にこりと笑って手を振る。
「おお、来たか。」
その笑顔は、どこか少年のようだった。
「初めまして。」
湊が頭を下げる。
「神崎湊です。」
「桜井正一じゃ。」
正一はゆっくり立ち上がろうとした。
しかし、少しだけ足元がふらつく。
「おじいちゃん。」
美咲が慌てて支える。
「大丈夫、大丈夫。」
「それ毎回言うよね。」
「本当に大丈夫なんじゃ。」
そう言って笑う姿に、美咲は困ったようにため息をついた。
「昔から全然人の話を聞かないんです。」
「おいおい、人聞きが悪い。」
「じゃあ病院の先生の話は?」
「……半分くらい聞いとる。」
「聞いてないじゃない。」
三人で思わず笑う。
湊はそのやり取りを見ながら、小さく肩の力を抜いた。
緊張していたのは、自分も同じだったらしい。
◇
「今日は毎月のお墓参りなんです。」
歩き始めてすぐ、美咲が説明してくれた。
「祖母が亡くなってから、ずっと続けていて。」
「毎月ですか。」
「はい。」
「二十年以上、一度も休んでません。」
湊は思わず正一を見る。
正一は杖をつきながらも、ゆっくり前を歩いていた。
「今年に入って足を悪くしてしまって……。」
「私一人だと支えきれないこともあって。」
「だから便利屋を。」
「はい。」
美咲は少し申し訳なさそうに笑う。
「祖父は最初、反対してたんです。」
「他人に迷惑を掛けるなって。」
「迷惑なんて掛けとらん。」
前を歩いていた正一が振り返る。
「ほれ。」
そう言って空を指差した。
「今日はええ天気じゃ。」
「墓参り日和じゃな。」
「話聞いてた?」
「聞いとる聞いとる。」
「絶対聞いてない。」
また笑いがこぼれる。
その穏やかな空気が、どこか心地よかった。
◇
墓地へ続く石段の前で、正一は立ち止まった。
「昔はな。」
「この階段なんて、二段飛ばしで上っとった。」
「はいはい。」
美咲が苦笑する。
「その話、今日でもう三回目。」
「まだ三回か。」
「毎回来るたび聞いてるよ。」
「年を取ると、同じ話をしたくなるんじゃ。」
「開き直らないで。」
湊は思わず笑ってしまう。
「神崎さんまで笑わないでください。」
「すみません。」
そのときだった。
正一が一歩踏み出した瞬間、小さく体勢を崩す。
「おっと。」
「おじいちゃん!」
美咲が支えようと駆け寄る。
しかし、石段だったため自分まで足を滑らせそうになる。
「あっ……!」
湊は反射的に二人の間へ入り、正一の腕と、美咲の肩を同時に支えた。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません……。」
美咲は気付く。
自分が転ばないように踏ん張ったせいで、湊との距離が思っていた以上に近くなっていることに。
「あ……。」
思わず目が合う。
美咲は耳まで赤くしながら、小さく体を離した。
「ご、ごめんなさい。」
「いえ。」
湊も少し照れくさそうに笑う。
「お二人とも無事なら、それで十分です。」
正一はその様子を見て、にやりと笑った。
「おお。」
「わしがおらんかったら、ええ雰囲気じゃったのう。」
「おじいちゃん!」
「違います!」
美咲が真っ赤になって否定すると、正一は楽しそうに笑い声を上げた。
その笑い声につられて、湊も思わず笑ってしまう。
石段の上には、夏のやわらかな風が吹いていた。
石段を上りきると、墓地は木々に囲まれた静かな場所だった。
風が吹くたび、線香の香りがふわりと漂う。
「もう少しじゃ。」
正一はそう言って笑うと、慣れた足取りで一つの墓石の前まで歩いていった。
「ただいま。」
まるで家へ帰ってきたような、自然な一言だった。
美咲は花を供え、湊も後ろへ一歩下がる。
正一は墓石を優しく撫でながら、小さく笑う。
「今月も来たぞ。」
「ちょっと遅くなったが、約束は守れた。」
「心配せんでええ。」
「わしは、まだ元気じゃ。」
その口調は明るく、寂しさよりも温かさが勝っていた。
しばらく三人は静かに手を合わせる。
蝉の声だけが、夏の空へ響いていた。
◇
墓地をあとにし、近くの東屋で少し休憩することになった。
「ふぅ。」
正一は腰を下ろすと、大きく息を吐いた。
「やっぱり年じゃのう。」
「さっきまで元気って言ってたのに。」
美咲が呆れたように笑う。
「元気なのと疲れるのは別じゃ。」
「都合がいいなぁ。」
三人で笑う。
少しして、美咲が冷たいお茶を買いに席を外した。
東屋には、湊と正一だけが残る。
「神崎君。」
「はい。」
「今日は付き合ってくれてありがとう。」
「いえ。」
「大切な約束なんですよね。」
その言葉に、正一は少し目を細めた。
「そうじゃ。」
「大切な約束じゃ。」
それ以上は何も言わず、空を見上げる。
その横顔を見て、湊も深くは聞かなかった。
◇
帰り道。
美咲が少し歩く速度を落とした。
「神崎さん。」
「はい。」
「祖母が亡くなる少し前のことなんです。」
穏やかな声だった。
「祖母、おじいちゃんに言ったんです。」
少し笑いながら。
『お墓参りなんて来なくていいからね。』
『私より、生きてる人を大事にして。』
美咲は少しだけ目を潤ませる。
「でも、おじいちゃんは笑って。」
前を歩く正一へ視線を向けた。
『それは無理じゃ。』
『お前が寂しくならんように。』
『わしが生きている間は、毎月会いに来る。』
『約束じゃ。』
「それから二十年以上、一度も休んだことがありません。」
「雨の日も。」
「雪の日も。」
「熱があっても。」
「台風の日だけは、一日ずらしましたけど。」
少し笑う。
「その翌日には、ちゃんと来てました。」
湊は前を歩く正一の背中を見る。
小さくなった背中。
それでも、一歩一歩しっかり前へ進んでいる。
「だから今日も。」
美咲は優しく笑った。
「どうしても約束を守らせてあげたかったんです。」
湊は静かにうなずいた。
「素敵な約束ですね。」
「はい。」
「私、自慢のおじいちゃんなんです。」
◇
駅前まで戻ると、正一は湊へ深く頭を下げた。
「今日は本当に助かった。」
「約束を守れた。」
「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。」
湊も頭を下げる。
すると正一は照れくさそうに笑った。
「来月も行かんとな。」
「約束じゃから。」
「ええ。」
湊も笑顔で答える。
「きっと、おばあさまも待っています。」
「そうじゃな。」
正一は空を見上げ、小さく笑った。
「『また来たの』って笑われるかもしれん。」
「でも、それでええ。」
「約束じゃからな。」
その言葉に、美咲は思わず吹き出した。
「おばあちゃん、絶対そう言うね。」
「毎月来なくていいって言ったのにって。」
「じゃろ?」
三人で笑う。
笑いながらも、美咲の目には小さく涙が浮かんでいた。
悲しい涙ではない。
大好きな祖父を、少し誇らしく思えた涙だった。
◇
別れ際。
美咲は報酬の入った封筒を差し出す。
「今日は、本当にありがとうございました。」
「こちらこそ。」
湊が受け取ると、美咲は少し照れくさそうに笑った。
「神崎さん。」
「はい。」
「また祖父が無茶を言い出したら……お願いしてもいいですか?」
その言葉に、正一がすぐ反応する。
「無茶なんか言っとらん。」
「この前、一人で脚立に乗ろうとしたでしょ。」
「……あれは失敗じゃ。」
「失敗じゃないよ。」
「危ないの。」
また始まった。
二人のやり取りを見て、湊は思わず笑う。
「その時は、またお手伝いします。」
「ありがとうございます。」
美咲は安心したように微笑んだ。
祖父と孫は、ゆっくり並んで歩き始める。
その背中は、とても幸せそうだった。
湊のスマホが震える。
『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』
画面を開く。
『料理を教えてください。』
その下には、もう一文。
『一週間後、好きな人に手料理を作る約束をしたんです。』
湊は思わず苦笑する。
「……料理か。」
便利屋の仕事は、本当に予想がつかない。
次回『レシピより難しいもの。』




