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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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6/20

第6話 今日だけ、お兄ちゃん。

──────────────

Today’s Heroine


星野 すず


CLIENT DATA


年齢:18歳


身長:154cm


職業:高校3年生(卒業したばかり)


雰囲気

・明るい

・素直

・少し甘えん坊

・笑顔が可愛い


外見

・黒髪ボブ

・パーカーにロングスカート

・小さなリュック


主人公への第一印象

★★★☆☆


恋愛タイプ

年上に安心感を覚える


依頼内容

『一日だけ、お兄ちゃんになってください。』


秘密

『児童養護施設で育ち、一度だけでも「お兄ちゃん」と呼べる人と過ごしてみたかった。』


ドキドキ度

★★★★☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は駅前のベンチで、スマホの依頼内容をもう一度見返した。


『一日だけ、お兄ちゃんになってください。』


「……お兄ちゃん、か。」


 恋人役や撮影の手伝い、部屋の片付け、犬探し。


 便利屋を始めてから、いろいろな依頼を受けてきた。


 だが、お兄ちゃん役は初めてだった。


「神崎さん!」


 明るい声に顔を上げる。


 小柄な女の子が、小さなリュックを揺らしながら駆け寄ってきた。


 黒髪のボブに、ベージュのパーカー。


 どこか幼く見える笑顔が印象的だった。


「星野すずです。本日はよろしくお願いします。」


「神崎です。よろしくお願いします。」


 二人は軽く頭を下げ合う。


 すると、すずは少し照れくさそうに笑った。


「依頼、びっくりしましたよね。」


「少しだけ。」


 湊も笑う。


「正直、お兄ちゃん役は初めてです。」


「やっぱり。」


 すずは小さく吹き出した。


「変なお願いですよね。」


「そんなことありません。」


 湊は穏やかに首を横へ振る。


「依頼には、それぞれ理由がありますから。」


 その言葉に、すずの表情が少しだけやわらいだ。


「ありがとうございます。」


 二人は駅前を歩き始める。


 今日の目的地は、大きなショッピングモールだった。


「どこか行きたい場所はありますか?」


 湊が尋ねると、すずは少し考えてから笑う。


「特に決めてないんです。」


「そうなんですか?」


「はい。」


 少し恥ずかしそうに頬をかく。


「今日は、お兄ちゃんと出かけることが目的なので。」


 その言葉に、湊は思わず照れ笑いを浮かべた。


「責任重大ですね。」


「今日はよろしくお願いします、お兄ちゃん。」


 言った本人が照れてしまい、慌てて両手を振る。


「あっ、ごめんなさい!」


「まだ早かったですよね!」


 湊は思わず笑った。


「今日だけですから。」


「……はい。」


 すずもつられて笑う。


 ぎこちなかった空気が、少しだけ軽くなった。


     ◇


 ショッピングモールへ入ると、休日ということもあって多くの買い物客でにぎわっていた。


「広いですね。」


「迷子になりそうです。」


 すずが辺りを見回す。


「じゃあ、今日は迷子にならないようにしましょう。」


「はい。」


 最初に入ったのは雑貨店だった。


「これ、かわいい。」


 動物のマグカップを手に取り、嬉しそうに眺める。


「神崎さん……じゃなくて。」


 一瞬考え込む。


「お兄ちゃんだったら、どっちが似合うと思います?」


 白いうさぎと、茶色いくま。


 二つを並べて見せてくる。


 湊は少し悩んでから答えた。


「うさぎですかね。」


「どうしてですか?」


「笑った顔が、少し似てる気がします。」


「えっ。」


 すずは目を丸くしたあと、照れくさそうに笑った。


「そんなこと初めて言われました。」


 結局、すずはうさぎのマグカップを買うことにした。


 レジを済ませると、小さな紙袋を湊へ差し出す。


「はい。」


「僕ですか?」


「お兄ちゃん、荷物持ってください。」


「もう完全にお兄ちゃんですね。」


「今日だけです。」


 少し得意そうに笑うすずを見て、湊も思わず笑ってしまった。


 その笑顔は、待ち合わせのときよりもずっと自然だった。


買い物を終え、二人はショッピングモールの中央広場へ向かった。


 休日ということもあり、館内は家族連れや学生でにぎわっている。


「思ったより人、多いですね。」


「そうですね。」


 エスカレーターを降りた、そのときだった。


「すみません!」


 後ろから慌てた人が通り抜ける。


 すずは思わずよろけた。


「あっ……。」


 人の流れに押され、そのまま少し離されそうになる。


「お兄ちゃん!」


 反射的だった。


 すずは湊の腕へぎゅっとしがみつく。


 人波が通り過ぎるまで、ほんの数秒。


 二人はその場で立ち止まっていた。


「あ……。」


 我に返ったすずは、慌てて腕を離す。


「ご、ごめんなさい!」


 耳まで真っ赤になりながら頭を下げる。


「つい……。」


「大丈夫です。」


 湊は少し照れくさそうに笑った。


「はぐれなくてよかったです。」


「はい……。」


 すずも小さく笑う。


「今日だけって分かってるのに、本当にお兄ちゃんって呼んじゃいました。」


「そのための依頼ですから。」


 その一言に、すずの表情が少しだけやわらいだ。


     ◇


 昼になり、二人はフードコートで昼食を取ることにした。


「何にします?」


「私、オムライスが好きなんです。」


「じゃあ、僕はカレーにします。」


「なんだか兄妹っぽいですね。」


 すずは嬉しそうに笑った。


 食事を終え、ジュースを飲みながら一息つく。


 しばらく穏やかな時間が流れたあと、すずがぽつりと口を開いた。


「私……児童養護施設で育ったんです。」


 湊は何も言わず、静かに耳を傾ける。


「施設のみんなは優しかったし、先生たちも本当に家族みたいでした。」


 少しだけ笑う。


「だから、不幸だったとは思ってないんです。」


 でも、と続ける。


「友達がお兄ちゃんの話をしてると、ちょっとうらやましかったんです。」


「迎えに来てくれたとか。」


「ゲームで遊んでくれたとか。」


「ケンカしたとか。」


 すずはストローを見つめながら、小さく笑う。


「そんな何気ない話が、私には全部新鮮で。」


 少しだけ間を置いて続けた。


「高校も卒業して、春から新しい生活が始まります。」


「だから、その前に一度だけ。」


 湊を見て、照れくさそうに笑った。


「お兄ちゃんがいる一日を過ごしてみたかったんです。」



 駅前へ戻る。


「今日は本当にありがとうございました。」


 すずは報酬の入った封筒を両手で差し出した。


「こちら、今回の報酬です。」


「ありがとうございます。」


 湊は封筒を受け取り、軽く頭を下げる。


 別れ際。


 すずは少しだけ立ち止まり、照れくさそうに笑った。


「神崎さん。」


「はい。」


「最後に一回だけ、いいですか?」


 湊がうなずくと、すずは小さく息を吸った。


「……お兄ちゃん。」


 その一言だけ言うと、自分で照れてしまい、顔を真っ赤にする。


「あっ……今の忘れてください!」


 慌てて顔を隠す姿がおかしくて、湊は思わず笑った。


「忘れません。」


「もう……。」


 すずも照れ笑いを浮かべる。


「でも、本当に楽しかったです。」


「私のわがままを叶えてくれて、ありがとうございました。」


 湊は優しく微笑んだ。


「高校卒業、おめでとうございます。」


「ありがとうございます。」


 すずは深く頭を下げる。


「春から、新しい生活頑張ります。」


「応援しています。」


 その言葉に力強くうなずくと、すずは新しい一歩を踏み出すように歩き始めた。


 一度だけ振り返り、大きく手を振る。


 湊も笑顔で手を振り返した。


     ◇


 すずの姿が見えなくなった頃、湊のスマホが震えた。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『祖父のお願いを、叶えてもらえませんか。』


 依頼者は、


『桜井 美咲』


 という若い女性だった。


「……おじいちゃんのお願いを、孫が依頼してきたのか。」


 湊は小さく首をかしげる。


次回『おじいちゃんの約束。』

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