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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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4/20

第4話 元カレには、内緒です。

──────────────

Today's Heroine


一ノ瀬 結衣


CLIENT DATA


年齢:24歳


身長:163cm


職業:会社員


雰囲気

・落ち着いている

・大人っぽい

・少し強がり

・本当は寂しがり屋


外見

・セミロング

・ネイビーのパーティードレス

・上品で綺麗系


主人公への第一印象

★★★☆☆


恋愛タイプ

一途


依頼内容

『元カレの結婚式で、一日だけ恋人のフリをしてください。』


秘密

『新婦は大学時代からの親友。』


ドキドキ度

★★★☆☆

──────────────


 待ち合わせ場所は、市内でも有名なホテルだった。


 休日ということもあり、ロビーには華やかな服装の人たちが行き交っている。


 神崎湊は腕時計へ目を落とした。


 約束の時間まで、あと二分。


「神崎さん、ですか?」


 振り向くと、一人の女性が少し緊張した表情で立っていた。


 ネイビーのパーティードレスに、小ぶりなバッグ。


 派手さはないのに、思わず目を引く落ち着いた雰囲気だった。


「一ノ瀬結衣さんですね。」


「はい。本日はよろしくお願いします。」


 二人は軽く頭を下げ合い、ロビーのソファへ腰掛ける。


「依頼内容は拝見しました。」


 湊が切り出すと、結衣は静かにうなずいた。


「元カレの結婚式なんです。」


 その一言だけで、事情の複雑さが伝わってくる。


「しかも、新婦は大学時代からの親友で。」


 結衣は苦笑した。


「二人とも悪くないんです。私たちは何年も前に別れていて、そのあと二人が付き合い始めました。」


「そうだったんですね。」


「だから反対する理由なんてありません。」


 そう言いながらも、膝の上で握った手には力が入っていた。


「でも、一人で出席する勇気がなくて。」


 少しだけ目を伏せる。


「招待状をもらってからずっと悩んで……。」


「それで、便利屋を。」


「はい。」


 結衣は照れくさそうに笑う。


「変な依頼ですよね。」


「そんなことありません。」


 湊は首を横に振った。


「困っているから相談してくれた。それだけで十分です。」


 その言葉に、結衣の表情が少しだけやわらいだ。


「ありがとうございます。」


「今日は恋人役として、しっかり務めます。」


「よろしくお願いします。」


 立ち上がろうとした結衣が、小さく息を吸う。


「あの……。」


「はい?」


「会場では、腕を組んでもいいですか?」


「恋人役ですから。」


「……ですよね。」


 少し照れながら笑う結衣に、湊もつられて笑った。


     ◇


 受付を済ませると、結衣は小さく深呼吸した。


「大丈夫ですか?」


「思っていたより緊張してます。」


「無理はしないでください。」


「はい。」


 結衣はそっと湊の腕へ手を添えた。


 少しだけぎこちない。


 それでも歩き始める頃には、不思議と自然な距離になっていた。


「結衣!」


 声を掛けてきたのは、大学時代の友人らしい女性だった。


「久しぶり!」


「久しぶり。」


「こちらが彼氏さん?」


 一瞬だけ結衣が湊を見る。


「うん。」


 照れながら答える。


「神崎です。初めまして。」


「結衣から話は聞いてます。今日は来てくれてありがとうございます。」


 友人は笑顔でそう言うと、「あとでゆっくり話そうね」と手を振って去っていった。


 結衣は小さく息を吐く。


「一人目、終わりましたね。」


「まだ始まったばかりですよ。」


「そうでした。」


 二人で笑う。


 その笑顔は、待ち合わせのときよりずっと自然だった。


     ◇


 控室で席札を確認していると、結衣が首元へ手を伸ばした。


「あれ……。」


「どうしました?」


「ネックレスが髪に絡まっちゃって。」


 後ろへ手を回すが、うまく外れない。


 何度試しても、髪が引っ張られるだけだった。


「神崎さん。」


「はい。」


 結衣は少し恥ずかしそうに髪を片側へ寄せた。


「これ……外してもらえませんか?」


 一瞬だけ間が空く。


「もちろんです。」


 湊はゆっくり後ろへ回る。


 香水がほのかに香った。


 絡まった髪を傷つけないよう、指先で慎重にほどいていく。


「痛くないですか?」


「大丈夫です。」


 二人とも自然と声が小さくなる。


 静かな控室には、髪がさらりと揺れる音だけが聞こえた。


「……取れました。」


「ありがとうございます。」


 振り返った結衣は、少し頬を赤くしながら笑う。


「こんなに近くに男の人がいるの、久しぶりでした。」


 その言葉に、湊も少し照れくさそうに笑った。


 そのときだった。


「結衣。」


 聞き覚えのある男性の声に、結衣の表情が固まる。


 ゆっくり振り返ると、タキシード姿の男性がこちらへ歩いてきていた。


ゆっくり振り返ると、タキシード姿の男性が穏やかな笑顔で立っていた。


「久しぶり。」


 結衣は一瞬だけ息をのむ。


 それでも、小さく微笑み返した。


「……久しぶり。」


 男性は湊へ視線を向け、軽く頭を下げる。


「初めまして。今日は来ていただいてありがとうございます。」


「神崎です。本日はお招きいただき、ありがとうございます。」


 短い挨拶を交わす。


 結衣が想像していたような気まずい空気は流れなかった。


「新婦が待ってるんだ。」


「うん。」


「あとでゆっくり楽しんでいって。」


 そう言い残し、新郎は会場の奥へ戻っていった。


 その姿が見えなくなると、結衣はほっと息を吐く。


「思ったより普通でした。」


「はい。」


「来る前は、何を話そうとか、どんな顔をしようとか……ずっと考えてたんです。」


「でも、会ってみたら。」


 湊は穏やかに笑う。


「結衣さんが思っていたより、時間はちゃんと前へ進んでいましたね。」


 結衣は少し驚いたように湊を見つめ、それから小さく笑った。


「……そうですね。」


     ◇


 披露宴が始まる。


 新郎新婦の入場に、大きな拍手が響く。


 乾杯、歓談、笑い声。


 幸せな空気が会場いっぱいに広がっていた。


 学生時代の思い出をまとめた映像が流れ始める。


 スクリーンには、若い頃の結衣も映っていた。


 三人で笑い合う写真。


 サークル旅行の写真。


 懐かしい日々。


「懐かしい……。」


 結衣は小さくつぶやく。


 胸が少しだけ締めつけられる。


 でも、その痛みは以前ほど強くなかった。


 隣を見ると、湊は何も聞かず、静かに料理を口へ運んでいた。


 無理に励まさない。


 無理に慰めない。


 ただ隣にいてくれる。


 それだけで、不思議と心が落ち着いた。


     ◇


 披露宴がお開きになり、参列者がロビーへ集まり始める。


「結衣。」


 振り返ると、純白のドレス姿の新婦が駆け寄ってきた。


「来てくれてありがとう。」


「こちらこそ、招待してくれてありがとう。」


 二人は笑い合う。


「こちらが彼氏さん?」


「神崎です。初めまして。」


「結衣が来てくれて、本当に嬉しかった。」


 新婦は結衣の手を握った。


「幸せになってね。」


「うん。」


 その一言に、結衣も自然と笑顔になる。


 もう無理をして笑っているわけではなかった。


     ◇


 ホテルを出ると、夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。


「少し歩きませんか。」


「はい。」


 二人は並んで歩き始める。


 しばらくすると、結衣の足元がふらついた。


「っ……。」


 ヒールが歩道のわずかな段差に引っかかった。


「危ない。」


 湊がとっさに腕をつかみ、支える。


 その勢いで、結衣の肩が湊の胸へ軽く触れた。


「あっ……。」


 目が合う。


 二人とも少し照れながら距離を空けた。


「すみません。」


「足は大丈夫ですか?」


「はい。」


 結衣は少し恥ずかしそうに笑う。


「今日は恋人役なのに、私ばかり助けてもらってますね。」


「そんなことありません。」


 湊は優しく笑った。


「困ったときに支えるのも、恋人の役目ですから。」


 その言葉に、結衣は少しだけ頬を赤くする。


「……それなら。」


 照れ笑いを浮かべながら言った。


「今日の恋人役は、百点ですね。」


     ◇


 ホテルへ戻る途中。


 結衣が立ち止まる。


「神崎さん。」


「はい。」


「私、本当は元カレを見返したかったわけじゃなかったんです。」


 少しだけ空を見上げる。


「ただ、一人で行く勇気がなかっただけ。」


「みんな前へ進んでいるのに、自分だけ置いていかれた気がして。」


 湊は静かにうなずく。


「でも今日は、一人じゃありませんでした。」


 その一言に、結衣の表情がふっとやわらぐ。


「はい。」


「だから、もう大丈夫です。」


 その笑顔は、朝ホテルで会ったときとはまるで違っていた。


     ◇


 ホテルの入口で立ち止まる。


「今日は本当にありがとうございました。」


「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。」


 結衣は少しいたずらっぽく笑う。


「今日のことは……。」


「元カレには内緒ですね。」


 湊が先に言うと、結衣は声を上げて笑った。


「はい。私と神崎さんだけの秘密です。」


 二人は笑顔で別れた。


 結衣はもう振り返らない。


 まっすぐ前だけを見て歩いていく。


 その背中を見送りながら、湊のスマホが震えた。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『逃げた犬を探してください。』


 しかし、続きを読んだ湊は思わず苦笑する。


『でも、男の人には絶対になつきません。』


「……これは、手強そうだ。」


次回『犬より手強い依頼人。』

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