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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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3/20

第3話 部屋、散らかりすぎました。

──────────────

Today's Heroine


朝比奈 莉乃


CLIENT DATA


年齢:23歳


身長:160cm


職業:会社員


雰囲気

・おっとり

・少しマイペース

・甘え上手

・片付けが苦手


外見

・黒髪ボブ

・童顔

・部屋では大きめのTシャツ姿


主人公への第一印象

★★★☆☆


恋愛タイプ

素直になれない


依頼内容

『部屋の片付けを手伝ってください。』


秘密

『男性を部屋へ入れるのは今日が初めて。』


ドキドキ度

★★★★☆

──────────────


 午前九時。


 神崎湊はスマホに表示された住所を確認しながら、小さなアパートの前で立ち止まった。


 今日の依頼は部屋の片付け。


 便利屋としては珍しくない仕事だ。


 ただ一つ、依頼文の最後だけが少し気になっていた。


『散らかりすぎて玄関から入れません。』


「……さすがに大げさだよな。」


 そう呟き、インターホンを押す。


『は、はいっ!』


 慌てたような女性の声。


 ガチャ。


 ドアが開いた……が、ほんの五センチほどで止まった。


「……あ。」


 中から困ったような声が聞こえる。


「す、すみません。」


「開きません……。」


 湊は思わずドアの隙間を見つめた。


「もしかして、本当に……?」


「本当なんです。」


 恥ずかしそうに答える声。


「荷物がつっかえちゃって……。」


 数秒後、ドアの向こうからガサガサと物を動かす音が聞こえた。


「よいしょ……。」


「あと少し……。」


 ようやく人ひとり通れるくらいの隙間ができる。


「どうぞ……。」


 顔をのぞかせた女性は、肩までの黒髪を揺らしながら照れ笑いを浮かべた。


「朝比奈莉乃です。」


「神崎です。本日はよろしくお願いします。」


 部屋へ足を踏み入れた湊は、思わず言葉を失う。


「これは……。」


 床が見えない。


 脱ぎっぱなしの服。


 雑誌や漫画。


 飲み終えたペットボトル。


 段ボール。


 買い物袋。


 それらが部屋いっぱいに積み重なっていた。


「……やっぱり引きますよね。」


 莉乃が肩を落とす。


「いえ。」


 湊はゆっくり首を横に振った。


「ここまで片付けがいのある部屋は久しぶりです。」


「え?」


「終わったら気持ちいいですよ、きっと。」


 一瞬きょとんとした莉乃は、小さく笑った。


「変わってますね、神崎さん。」


「よく言われます。」


 二人で笑うと、張りつめていた空気が少しだけ和らいだ。


「じゃあ、まずは玄関から片付けましょう。」


「はい!」


 そう返事をした莉乃の表情は、さっきより少し明るくなっていた。


 まずは通路を確保する。


 それだけでも、この依頼は半分終わったようなものだ。


まずは玄関からだった。


 段ボールを重ね、空のペットボトルを袋へまとめる。


「こっちは燃えるごみですね。」


「はい!」


「雑誌はひもで縛りましょう。」


「はい!」


 返事だけはいい。


 けれど十分もしないうちに、莉乃は額に汗を浮かべていた。


「普段、全然片付けないんですか?」


「休みの日は『今日はやろう』って思うんです。」


「それで?」


「気づいたら夕方です。」


「なるほど。」


「なるほどじゃないですよね……。」


 二人で顔を見合わせて笑う。


 さっきまで気まずかった空気は、もうほとんど残っていなかった。


     ◇


「この箱、運びますね。」


 部屋の隅に積まれた段ボールを持ち上げる。


「あっ!」


 莉乃が慌てて声を上げた。


 しかし、一歩遅かった。


 段ボールの下に挟まっていた小さな布袋が滑り落ち、中から洗濯済みの下着が数枚、床へ広がる。


「…………。」


「…………。」


 一瞬、時間が止まった。


「み、見ないでくださいっ!」


 莉乃は顔を真っ赤にしながら飛びつき、慌てて布袋へ押し込んでいく。


「す、すみません!」


 湊も反射的に反対方向を向いた。


「僕が不用意に持ち上げたせいで……。」


「違います! 私が片付けてなかったからです!」


 数秒の沈黙。


 先に吹き出したのは莉乃だった。


「……もう最悪です。」


「僕も忘れます。」


「本当に?」


「努力します。」


 その返事がおかしくて、莉乃は肩を震わせながら笑う。


「神崎さん、正直ですね。」


「嘘は苦手なので。」


「ふふっ。」


 恥ずかしい出来事だったはずなのに、不思議と気まずさは残らなかった。


     ◇


 一時間後。


 床が少しずつ見え始める。


「だいぶ変わりましたね。」


「信じられない……。」


 莉乃は嬉しそうに部屋を見回した。


「あと、この棚だけですね。」


 本棚の上に置かれた収納ケースを見上げる。


「私が取ります。」


 脚立へ上る莉乃。


 もう少しで届く、その瞬間だった。


「きゃっ!」


 脚立がぐらりと揺れる。


 湊は反射的に駆け寄り、腰を支えた。


「危ない!」


 ケースは落ちずに済んだ。


 莉乃も体勢を立て直す。


 けれど、そのまま二人は至近距離で固まってしまった。


「…………。」


「…………。」


「だ、大丈夫ですか?」


 湊が手を離す。


「はい……。」


 莉乃は耳まで赤く染め、小さく息を吐いた。


「今日だけで二回も助けてもらっちゃいました。」


「何事もなくてよかったです。」


「……ありがとうございます。」


 その声は、少しだけ照れていた。


     ◇


 夕方。


 部屋は見違えるほどきれいになっていた。


「すごい……。」


 莉乃は部屋の真ん中でくるりと一回転する。


「床って、こんな色だったんですね。」


「忘れてたんですか。」


「忘れてました。」


 二人で笑う。


 報酬を受け取り、湊は荷物をまとめた。


「これで急に友達を呼んでも大丈夫ですね。」


「そうですね。」


 部屋を見回した莉乃は、少し照れくさそうに笑う。


「……神崎さんが最初でした。」


「え?」


「男の人を部屋に入れたの。」


 湊は少し驚いた表情を浮かべる。


「最初は、すごく緊張してたんです。」


 莉乃はきれいになった部屋を見渡しながら微笑んだ。


「でも、神崎さんでよかった。」


 その笑顔は、朝とはまるで別人のように晴れやかだった。


「それなら、この依頼を引き受けた甲斐がありました。」


「ありがとうございました。」


 深々と頭を下げる莉乃に手を振り、湊は部屋をあとにした。


     ◇


 アパートを出たところで、スマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 湊は立ち止まり、画面を開く。


『結婚式で、一日だけ恋人のフリをお願いします。』


「……また恋人役?」


湊は思わず苦笑した。


しかし依頼文の続きを読んだ瞬間、その表情が変わる。


『元カレの結婚式なんです。』


「……これは、大変そうだ。」


次回『元カレには、内緒です。』

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