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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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19/20

第19話 初恋は、先生でした。

──────────────

Today's Heroine

相沢 未来

CLIENT DATA

年齢:25歳

身長:160cm

職業:小学校教師

雰囲気

・明るい

・面倒見がいい

・少し天然

・涙もろい

外見

・肩までの黒髪

・白いブラウス

・ネイビーのロングスカート

主人公への第一印象

★★★★☆

恋愛タイプ

一途だけど素直

依頼内容

『初恋の先生に、ありがとうを伝えたいんです。』

秘密

『先生に憧れて、小学校教師になった。』

ドキドキ度

★★☆☆☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は駅前のベンチで、依頼内容を静かに見つめていた。


『初恋の先生に、ありがとうを伝えたいんです。』


「……先生。」


 恋人役でも、婚約者役でもない。


 誰かへの感謝を届ける依頼。


 そんな一日も、便利屋らしい仕事なのかもしれない。


「神崎さんですか?」


 優しい声に顔を上げる。


 白いブラウスにネイビーのロングスカートを合わせた女性が、少し緊張した笑顔で立っていた。


「相沢未来です。」


「今日はよろしくお願いします。」


「神崎です。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 二人は軽く頭を下げ合い、ゆっくりと歩き始めた。


「実は……。」


 未来は照れくさそうに笑う。


「先生に会うの、十五年ぶりなんです。」


「そんなにですか。」


「卒業してから一度も会ってなくて。」


 少し間を置いて続ける。


「私、小さい頃は人見知りがひどかったんです。」


「授業で手も挙げられないし、友達ともなかなか話せなくて。」


「でも。」


 未来は懐かしそうに微笑んだ。


「担任の先生だけは、毎日話しかけてくれました。」


「『おはよう。』」


「『今日は何して遊ぶ?』」


「たったそれだけなのに、学校へ行くのが楽しみになったんです。」


 湊は静かに耳を傾ける。


「だから。」


 未来は少し照れながら笑った。


「私も先生になりました。」


「先生みたいな先生になりたくて。」


 その笑顔は、どこか誇らしそうだった。


「最近になって、先生が今年で退職されるって聞いて。」


「今しかないと思ったんです。」


「でも、一人で行く勇気がなくて。」


 未来は苦笑する。


「二十五歳になっても、人見知りは治ってないみたいです。」


 湊は優しく笑った。


「今日は、その一歩を一緒に踏み出しましょう。」


 未来は安心したように、大きくうなずいた。


「はい。」



 二人は未来の母校へ向かった。


 校門の前に立つと、未来は思わず足を止める。


「懐かしい……。」


 小さくつぶやく声には、十五年分の思い出が詰まっていた。


 ちょうど休み時間だったのか、校庭では子どもたちが元気よく走り回っている。


「全然変わってないですね。」


 湊が笑う。


「校舎も、遊具も。」


「はい。」


 未来は鉄棒を見つめながら、小さく笑った。


「私は逆上がりが全然できなくて。」


「放課後、先生が毎日付き合ってくれたんです。」


「できるまでですか?」


「はい。」


「先生の方が先に疲れてました。」


 二人は思わず笑った。


     ◇


 職員室を訪ねると、応対してくれた先生が優しく微笑んだ。


「もしかして、相沢さん?」


「はい!」


 未来は少し照れながら頭を下げる。


「ご無沙汰しています。」


「先生なら今、図書室にいますよ。」


「退職前だから、本の整理をしているんです。」


「ありがとうございます。」


     ◇


 廊下を歩く。


 一歩進むたび、未来の表情は少しずつ緊張していく。


「大丈夫ですか?」


 湊が小さく声を掛ける。


「実は……。」


 未来は苦笑した。


「急に緊張してきました。」


「会ったら、何を話そうって考えてたのに。」


「全部飛んじゃいました。」


 湊は優しく笑う。


「ありがとう。」


「その一言だけでも、きっと十分ですよ。」


 未来はゆっくりとうなずいた。


「そうですね。」


「考えすぎるの、昔から変わってないなぁ。」


     ◇


 図書室の扉の前。


 未来は深呼吸を一つした。


「失礼します。」


 静かに扉を開ける。


 本棚の間で、一人の男性が段ボールへ本をしまっていた。


 白髪が少し増えたものの、その穏やかな横顔は昔のままだった。


「先生。」


 未来の声に、男性が振り向く。


 一瞬だけ驚いたあと、目を大きく見開く。


「……相沢さん?」


「はい。」


 未来は嬉しそうに笑った。


「お久しぶりです。」


 先生はしばらく未来の顔を見つめ、それから優しく微笑んだ。


「大きくなったね。」


 その一言だけで、未来の目には涙が浮かんだ。



「先生。」


 未来は涙をこらえながら笑った。


「本当に、お久しぶりです。」


「元気そうでよかった。」


 先生は昔と変わらない穏やかな笑顔を向ける。


「卒業してから、もう十五年か。」


「早いですね。」


「先生は、全然変わってません。」


「白髪は増えたけどね。」


 冗談めかして笑う先生に、未来も思わず笑顔になる。


 張りつめていた緊張が、少しずつほどけていった。


     ◇


「こちらは?」


 先生が湊を見る。


「あっ。」


 未来は慌てて紹介した。


「便利屋さんなんです。」


「今日、一緒に来てもらいました。」


 先生は少し驚いたあと、優しくうなずく。


「そうだったんだ。」


「ありがとう。」


「この子は昔から、一人で抱え込む癖があったから。」


 未来は照れくさそうに笑う。


「先生には全部お見通しですね。」


「担任だったからね。」


     ◇


 図書室の窓からは、校庭で遊ぶ子どもたちの声が聞こえてくる。


 未来は本棚を見つめながら、小さく息を吸った。


「先生。」


「私、先生に伝えたいことがあって来ました。」


「うん。」


「私……先生になったんです。」


 先生は一瞬だけ驚き、それから目を細めた。


「そうか。」


「やっぱり。」


「え?」


「卒業文集に書いてあったからね。」


『大きくなったら先生になります。』


 未来は目を丸くした。


「覚えてたんですか?」


「もちろん。」


「担任の子どもたちの夢は、簡単には忘れないよ。」


 その言葉に、未来の瞳が潤む。


「先生。」


「私、人前で話すのが苦手だったでしょう?」


「毎朝、教室へ入るだけで泣きそうだった。」


「うん。」


「でも先生だけは。」


「毎日『おはよう』って笑ってくれました。」


 未来は少し笑う。


「誰も気づかないような小さなことまで、ちゃんと見てくれて。」


「だから学校が好きになれたんです。」


「だから……。」


 涙が一粒、頬を伝う。


「先生みたいな先生になりたくて。」


「私、小学校の先生になりました。」


 先生は何も言わず、静かに話を聞いていた。


 そして、ゆっくりとうなずく。


「ありがとう。」


「その言葉を聞けただけで。」


「四十年間、先生を続けてきて本当によかった。」


 未来はもう涙を止められなかった。


「こちらこそ……。」


「ありがとうございました。」


 図書室には、子どもたちの笑い声と、二人の優しい笑顔だけが残っていた。



 図書室を出る頃には、西日が校舎をやさしく照らしていた。


「神崎さん。」


 未来は少し照れくさそうに笑う。


「今日は、本当にありがとうございました。」


「いえ。」


「僕は隣にいただけですよ。」


「そんなことありません。」


 未来はゆっくり首を横に振った。


「一人だったら。」


「校門まで来て、帰ってたかもしれません。」


「でも神崎さんがいてくれたから、ちゃんと先生に会えました。」


 湊は少しだけ笑う。


「それは未来さんが勇気を出したからです。」


 未来は空を見上げた。


「先生。」


「最後に言ってくれたんです。」


『子どもたちをよろしくね。』


 その言葉を思い出し、小さく笑う。


「今度は私が、誰かの先生になる番ですね。」


「きっと、素敵な先生になりますよ。」


 湊がそう言うと、未来は照れくさそうに笑った。


「そう言ってもらえると、頑張れそうです。」


     ◇


 駅へ向かう道。


 未来はランドセルを背負った子どもたちとすれ違う。


 その姿を見つめながら、ふっと笑った。


「初恋って。」


「叶わない恋だと思ってました。」


 少しだけ立ち止まる。


「でも今日、分かったんです。」


「叶ってたんですね。」


 湊が首をかしげる。


「え?」


「先生みたいになりたいって思って。」


「本当に先生になれました。」


 未来は胸に手を当てる。


「だから、私の初恋は。」


「ちゃんと夢を叶えてくれた恋だったんです。」


 湊は静かにうなずいた。


「素敵な初恋ですね。」


「はい。」


 未来は満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔は、十五年前の少女ではなく、一人の教師の笑顔だった。


     ◇


 改札前。


「今日はありがとうございました。」


 未来は深く頭を下げる。


「また困ったことがあったら。」


「お願いします。」


「もちろんです。」


「便利屋ですから。」


 未来はくすっと笑う。


「その言葉、好きです。」


 二人は笑顔で手を振り合った。


     ◇


 未来の姿が見えなくなった頃。


 湊のスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『便利屋さんに、依頼があります。』


 依頼人の名前は書かれていない。


 ただ、最後に一文だけ添えられていた。


『今まで助けてもらった人たちより。』


「……みんな?」


 湊は思わず首をかしげる。


 それが、一年前に始まった「便利屋みなと」へ届いた、一番不思議な依頼だった。


次回・最終話『ありがとう、便利屋みなと。』


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