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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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18/20

第18話 初デートの予行練習。

──────────────

Today's Heroine

藤崎 栞

CLIENT DATA

年齢:22歳

身長:158cm

職業:カフェ店員

雰囲気

・おっとり

・恥ずかしがり屋

・天然

・笑顔が可愛い

外見

・ミディアムヘア

・ベージュのワンピース

・小さなショルダーバッグ

主人公への第一印象

★★★☆☆

恋愛タイプ

好きになると一直線

依頼内容

『初デートの予行練習をしてください。』

秘密

『明日、人生初デート。』

ドキドキ度

★★★★☆

──────────────


 午前九時三十分。


 神崎湊は駅前の時計台を見上げた。


『初デートの予行練習をしてください。』


 依頼内容を読み返し、思わず笑みがこぼれる。


「予行練習か。」


 恋人役でも、婚約者役でもない。


 誰かの恋を応援するための依頼。


 それは、便利屋を始めてから初めてのことだった。


「す、すみません!」


 慌てた声が聞こえ、湊が振り向く。


 ベージュのワンピース姿の女性が、息を切らしながら頭を下げた。


「藤崎栞です!」


「ご、ごめんなさい!」


「待たせましたよね!?」


 湊はスマホで時刻を確認し、首を横に振る。


「いえ。」


「約束の三十分前です。」


「……え?」


 栞は目をぱちぱちさせた。


「三十分……前?」


「はい。」


「待ち合わせは十時です。」


 栞は両手で顔を覆った。


「やっちゃった……。」


「緊張して、九時半集合だと思い込んでました。」


 恥ずかしそうに肩を落とす。


「すみません……。」


 湊は小さく笑った。


「それだけ楽しみにしていたってことですね。」


「え?」


「遅刻するより、ずっといいですよ。」


 その一言に、栞は少しだけ表情を緩めた。


「ありがとうございます。」


     ◇


 二人はベンチへ座る。


「実は……。」


 栞は紙コップを両手で包み込みながら、小さな声で話し始めた。


「男性と二人で出掛けるの、今日が初めてなんです。」


 照れ笑いを浮かべる。


「恋愛経験がなくて。」


「明日、職場の先輩と初めてデートするんです。」


「でも。」


 不安そうに視線を落とした。


「何を話せばいいか分からないし。」


「沈黙になったらどうしようって考えたら……。」


「昨日、一睡もできませんでした。」


 湊は静かにうなずく。


「それで予行練習を。」


「はい。」


「便利屋さんなら、怒られないかなって。」


 その言葉に、湊は思わず苦笑した。


「もちろん怒りません。」


「安心しました。」


 栞もつられて笑う。


     ◇


「じゃあ、本番と同じように始めましょう。」


「はい!」


 二人は改めて時計台の前へ立つ。


 少し距離を取る。


 湊が手を振った。


「おはようございます。」


 栞は深呼吸を一つしてから、小さく歩き出す。


「お、おはようございます!」


 しかし、緊張のあまり勢いよく頭を下げすぎた。


「いたっ。」


 バッグが膝に当たり、小さくよろける。


「あっ……。」


 栞は真っ赤になった。


「本番でも絶対やります……。」


「大丈夫ですよ。」


 湊は笑う。


「今、練習できましたから。」


「そうですね。」


 栞も少し笑った。


 その笑顔は、待ち合わせのときよりもずっと自然だった。


     ◇


 二人はショッピングモールへ向かって歩き始める。


 しばらく沈黙が続く。


 栞は何度も口を開きかけては閉じる。


「……。」


「……。」


 やがて耐えきれなくなり、小さな声で言った。


「やっぱり、何か話した方がいいですよね?」


 湊は穏やかに首を横へ振る。


「無理に話さなくても大丈夫です。」


「え?」


「沈黙って、悪いものじゃありません。」


「景色を見たり、一緒に歩いたり。」


「それだけでも、十分デートになります。」


 栞は少し驚いたように湊を見つめる。


「そうなんですか?」


「はい。」


「話題を探すことより、一緒にいる時間を楽しむことの方が大切だと思います。」


 その言葉を聞き、栞はふっと肩の力を抜いた。


「……なんだか。」


「急に緊張しなくなりました。」


 そう言って見せた笑顔は、とても柔らかかった。



 二人はショッピングモールへ入った。


「本番も、ここへ来る予定なんです。」


 栞は館内案内図を見ながら言う。


「先輩が、水族館が好きだって。」


「じゃあ、今日はそのつもりで歩いてみましょう。」


「はい。」


 エスカレーターへ向かう途中。


 栞は何度も隣を気にしていた。


「神崎さん。」


「はい。」


「歩く速さって、合わせた方がいいんですか?」


「無理に合わせなくても大丈夫ですよ。」


「お互い歩きやすい速さを見つければ、それで十分です。」


 栞は「なるほど」と小さくうなずいた。


 少し意識して歩幅を合わせる。


「……あ。」


「ちょうど歩きやすいです。」


「それなら本番も大丈夫ですね。」


 その言葉に、栞は少し自信がついたように笑った。


     ◇


 昼になり、二人はレストランへ入る。


「本番もオムライスのお店なんです。」


「好きなんですか?」


「はい。」


「でも……。」


 メニューを開いたまま固まる。


「先輩と同じものを頼んだ方がいいですか?」


「どうしてですか?」


「その方が合わせられるかなって。」


 湊は笑いながら首を横に振った。


「食べたいものを選びましょう。」


「その方が『おいしい』って自然に話せます。」


「そっか。」


 栞は少し安心したようにオムライスを注文した。


     ◇


 料理が運ばれてくる。


「いただきます。」


 一口食べた、そのときだった。


「あっ。」


 スプーンからソースが跳ね、小さくブラウスへ付いてしまう。


「うそっ!」


 栞は慌てて紙ナプキンを探す。


「どうしよう!」


「本番だったら最悪です!」


 湊はテーブルの紙ナプキンを手渡した。


「大丈夫ですよ。」


「そんなに目立ちません。」


 栞はそっと拭きながら、小さくため息をつく。


「私、こういうことばっかりなんです。」


「きっと明日も失敗します。」


「失敗してもいいと思います。」


 湊が穏やかに言った。


「え?」


「大切なのは、失敗しないことじゃありません。」


「失敗したあとに笑えることです。」


 栞はきょとんとした。


「例えば今日も。」


「慌てている栞さんを見て、僕は嫌な気持ちになりましたか?」


「……なってないです。」


「むしろ少し安心しました。」


「安心?」


「完璧じゃなくていいんだって思えたからです。」


 栞は少し考え、それから吹き出した。


「ふふっ。」


「そう言われると、なんだか恥ずかしくなくなりました。」


「明日もソース飛ばしたら笑います。」


「そのときは先輩も笑ってくれるかもしれませんね。」


「そうだったら嬉しいです。」


 二人は顔を見合わせ、自然と笑い合った。


     ◇


 食事を終えたあと。


 二人は観覧車の前で立ち止まる。


 栞は大きな観覧車を見上げ、小さく息をのんだ。


「本番も……。」


「最後に乗る予定なんです。」


「緊張しますか?」


「すごく。」


 栞は照れ笑いを浮かべた。


「二人きりって、何を話したらいいんでしょう。」


 湊は観覧車を見上げながら答える。


「無理に話さなくても大丈夫です。」


「景色を見て、『きれいですね』って笑えるだけで。」


「十分、素敵な時間になりますよ。」


 栞はその言葉を胸の中で繰り返すように、小さくうなずいた。


「……なんだか。」


「明日が楽しみになってきました。」


 その笑顔には、朝の不安そうな表情はもう残っていなかった。



 観覧車を降りると、夕日が街をやさしく染め始めていた。


「今日は、ここまでですね。」


 湊が笑う。


 栞は少し名残惜しそうに観覧車を見上げた。


「朝は、絶対無理だと思ってました。」


「でも。」


「今なら、明日ちゃんと笑えそうです。」


 湊はうなずく。


「それなら、今日の予行練習は成功ですね。」


 栞は嬉しそうに笑った。


「はい。」


     ◇


 駅へ向かう帰り道。


 栞は歩きながら、小さくつぶやく。


「神崎さん。」


「はい。」


「一つだけ聞いてもいいですか?」


「どうぞ。」


 栞は少しだけ照れながら笑った。


「もし明日、緊張して何も話せなくなったら……。」


「どうしたらいいですか?」


 湊は少し考えてから答えた。


「正直に言えばいいと思います。」


「え?」


「『緊張してます』って。」


 栞は目を丸くする。


「そんなこと言っていいんですか?」


「はい。」


「隠そうとして無理をするより、その一言の方が相手も安心できます。」


「実は今日も。」


 湊は少し笑う。


「栞さんが『緊張してます』って言ってくれたから、僕も話しやすかったです。」


 栞は照れくさそうに笑った。


「なるほど……。」


「最初から頑張りすぎなくてもいいんですね。」


「そのままの栞さんを好きになった人ですから。」


「きっと、そのままで大丈夫ですよ。」


 その言葉に、栞はゆっくりとうなずいた。


「ありがとうございます。」


     ◇


 翌日。


 便利屋みなとの事務所。


 掃除をしていた湊のスマホが震えた。


 送り主は、藤崎栞。


『神崎さん!』


 メッセージと一緒に、一枚の写真が届いていた。


 写真には、水族館の前で笑う栞と、一人の男性。


 二人とも、とても自然な笑顔だった。


 続けてメッセージが届く。


『デート、成功しました!』


『途中でオムライスのソースを飛ばしちゃいましたけど、一緒に笑ってくれました。』


『それから、「また来週も出かけよう」って誘ってもらえました!』


 湊は思わず笑みをこぼす。


「よかった。」


 誰かの恋が、また一つ動き出した。


 便利屋として、それ以上に嬉しい報告はなかった。


     ◇


 スマホがもう一度震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『初恋の先生に、ありがとうを伝えたいんです。』


「……先生?」


 便利屋の仕事は、恋を叶えるだけではない。


 誰かの大切な想いを届けることも、その仕事の一つだった。


次回『初恋は、先生でした。』

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