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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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17/20

第17話 最後のプレゼント。

──────────────

Today's Heroine

朝倉 美緒

CLIENT DATA

年齢:23歳

身長:159cm

職業:フラワーショップ店員

雰囲気

・優しい

・少し天然

・涙もろい

・前向き

外見

・肩までの茶髪

・淡い色のブラウス

・ロングスカート

主人公への第一印象

★★★★☆

恋愛タイプ

一途

依頼内容

『最後のプレゼントを、一緒に選んでください。』

秘密

『恋人は一年前、事故で亡くなった。』

『今年で区切りをつけようと決めている。』

ドキドキ度

★☆☆☆☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は駅前の広場で、依頼内容をもう一度見返した。


『最後のプレゼントを、一緒に選んでください。』


「……最後のプレゼント。」


 便利屋を始めてから、恋人役や婚約者役を演じ、誰かの恋の始まりや終わりにも立ち会ってきた。


 それでも、「プレゼントを選ぶこと」が依頼になるのは初めてだった。


「神崎さん。」


 柔らかな声に振り向く。


 淡いベージュのブラウスにロングスカートを合わせた女性が、小さく頭を下げた。


「朝倉美緒です。」


「今日はよろしくお願いします。」


「神崎です。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 二人はショッピングモールへ向かって歩き始める。


「変な依頼ですよね。」


 美緒は照れ笑いを浮かべた。


「プレゼントを選ぶだけなんて。」


「そんなことありません。」


 湊は穏やかに首を横へ振る。


「誰かを想って選ぶ時間も、大切な依頼だと思います。」


 その言葉に、美緒は少しだけ目を丸くし、それから優しく笑った。


「ありがとうございます。」


     ◇


 最初に入ったのは雑貨店だった。


「マグカップ……。」


「でも、もう持ってるかな。」


 美緒は商品を手に取りながら、小さく首をかしげる。


 次は革小物の店。


「財布は去年あげたし……。」


 思わず口にしてから、照れくさそうに笑う。


「毎年、すごく悩んでたんです。」


「何を渡しても喜んでくれる人だったから。」


 その笑顔は、どこか懐かしそうだった。


 湊は何も急かさず、隣を歩く。


「焦らなくて大丈夫ですよ。」


「きっと、美緒さんが『これだ』と思えるものがあります。」


「はい。」


 美緒は小さくうなずいた。


     ◇


 三軒目の文具店。


 ガラスケースの中に並ぶ万年筆を見た瞬間、美緒の足が止まった。


「……これ。」


 紺色の軸が、静かに光を受けている。


「字を書くのが好きだったんです。」


「日記も、手紙も、全部手書きで。」


 その横顔は、とても穏やかだった。


 湊は万年筆を見つめる。


「素敵ですね。」


「はい。」


「新しい手帳を買うたびに、『万年筆が似合う大人になりたい』って言ってました。」


 美緒は少し笑う。


「結局、一度も買わなかったんですけど。」


「じゃあ、この一本なら。」


 湊は優しく言う。


「きっと、喜んでくれると思います。」


 美緒は静かにうなずいた。


「……これにします。」


     ◇


 包装を待つ間。


 カフェで一息つく。


 アイスコーヒーを一口飲んだあと、湊は自然に尋ねた。


「お渡しする日は決まっているんですか?」


 美緒の手が、カップの上で止まる。


 少しだけ沈黙が流れた。


「……明日です。」


 小さく微笑む。


「命日なので。」


 その一言に、湊は言葉を失った。


「一年前。」


「交通事故でした。」


 美緒は静かに続ける。


「仕事へ向かう途中だったそうです。」


「朝、『いってきます』って連絡が来て。」


「その数時間後には、病院から電話がありました。」


 テーブルの上で、指先が小さく震える。


「何も言えませんでした。」


「『いってらっしゃい』も。」


「『ありがとう』も。」


「『またね』も。」


 美緒は涙をこらえるように笑った。


「だから今年だけ。」


 大事そうに包装された箱を見つめる。


「ちゃんと届けて、区切りをつけようって決めたんです。」


 湊は静かにうなずくことしかできなかった。


 そのプレゼントは、恋人への贈り物ではない。


 一年間、心の中にしまい続けてきた「ありがとう」そのものだった。



 翌日。


 空は雲ひとつない青空だった。


 二人は花屋へ立ち寄る。


「白い花が好きだったんです。」


 美緒は一本一本、丁寧に花を選んでいく。


「派手なのは苦手で。」


「『家に飾るなら、こういう花が落ち着く』って。」


 そう言って、小さく笑った。


 湊はその横で花束を受け取り、静かに見守る。


     ◇


 墓地は小高い丘の上にあった。


 風が吹くたび、木々の葉がやさしく揺れる。


 美緒は墓石の前へしゃがみ込み、花を供えた。


「久しぶり。」


 その一言は、とても自然だった。


 湊は少し離れた場所で、静かに手を合わせる。


 美緒は大切そうに紙袋を開き、昨日選んだ万年筆をそっと墓前へ置いた。


「毎年、何をあげようか悩んでたよね。」


 少し笑う。


「今年も、すごく悩んだ。」


 風が頬をなでる。


「万年筆。」


「覚えてる?」


「『いつか欲しいな』って言ってたでしょ。」


 目を閉じ、小さく息を吸う。


「だから、最後はこれにした。」


 しばらく静かな時間が流れた。


 やがて、美緒はゆっくりと顔を上げる。


「ごめんね。」


「一年も来られなくて。」


「来たら、全部思い出しちゃいそうで。」


 声が少し震える。


「でも。」


「逃げたままじゃ、だめだと思った。」


 目尻に涙が浮かぶ。


「ありがとう。」


「あなたと過ごした三年間、本当に幸せだった。」


 一粒、涙が頬を伝う。


「ちゃんと笑って生きてねって。」


「最後にそう言われた気がするから。」


 涙をぬぐいながら、小さく笑った。


「私も。」


「ちゃんと前を向くね。」


 その笑顔は泣いているのに、不思議と穏やかだった。


     ◇


 帰り道。


 二人はゆっくり坂道を歩いていた。


「泣いちゃいました。」


 美緒が照れ笑いを浮かべる。


「恥ずかしいですね。」


「涙は、恥ずかしいものじゃありません。」


 湊が答える。


「大切な人を想って流す涙ですから。」


 美緒は少し驚いたあと、優しく笑った。


「神崎さんらしいですね。」


「そうですか?」


「はい。」


「そう言ってもらえて、少し救われました。」


 しばらく歩いたあと、美緒は空を見上げる。


「忘れることは、多分できません。」


「でも。」


「忘れないまま、前へ進んでもいいんですよね。」


 湊は静かにうなずいた。


「きっと、その方が喜ぶと思います。」


 美緒は力強くうなずく。


「ありがとうございます。」


「今日、この依頼をお願いして本当によかったです。」


     ◇


 駅の改札前。


「それじゃあ。」


 美緒は深く頭を下げた。


「ありがとうございました。」


「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。」


 湊も笑顔で頭を下げる。


 電車がホームへ入ってくる。


 乗り込む前、美緒は振り返った。


「次に恋をするときは。」


 少し照れながら笑う。


「ちゃんと笑って恋をしたいです。」


「応援しています。」


 湊の言葉に、美緒は大きくうなずいた。


「はい。」


 電車のドアが閉まる。


 その笑顔には、もう昨日までの悲しみだけではなく、新しい一歩を踏み出そうとする強さが宿っていた。


     ◇


 湊のスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『初デートの予行練習をしてください。』


「……予行練習?」


 湊は思わず笑う。


 恋が終わる日もあれば、始まる日もある。


 便利屋みなとの仕事は、今日も誰かの恋に寄り添っていた。


次回『初デートの予行練習。』

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