最終話 ありがとう、便利屋みなと。
午前十時。
神崎湊は事務所の窓を開け、いつものように掃除をしていた。
便利屋を始めて一年。
最初は依頼が来るかどうかも不安だった。
それでも今では、多くの人がこの小さな便利屋を頼ってくれるようになった。
そのとき。
スマホが震える。
『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』
画面を開く。
『便利屋さんに、依頼があります。』
「……匿名?」
依頼内容は、それだけだった。
『午後一時、中央公園へ来てください。』
送り主の名前はない。
「依頼なら、行くしかないか。」
湊は苦笑しながら事務所をあとにした。
◇
午後一時。
中央公園へ着くと、人影は見当たらない。
「誰もいない……。」
依頼日時を確認しようとスマホへ目を落とした、その瞬間だった。
「せーの!」
「便利屋みなと、一周年おめでとうございます!」
パンッ!
クラッカーの音が公園中へ響く。
「うわっ!」
湊が驚いて振り向く。
そこには、この一年で出会った依頼人たちが笑顔で並んでいた。
「神崎さん!」
豆柴のこむぎを抱いた天野ひまり。
その隣では星野すずが大きく手を振る。
「お兄ちゃん!」
「今日だけですよ。」
湊が笑うと、すずも声を上げて笑った。
こむぎは嬉しそうに駆け寄り、今では当たり前のように湊の足元で尻尾を振っている。
「神崎さんのおかげで、男の人にも少しずつ慣れたんですよ。」
「それは、こむぎが頑張ったからですよ。」
◇
「久しぶりです。」
橘玲奈が頭を下げる。
「家族みんな、元気です。」
「神崎さんのおかげで、ちゃんと前を向けました。」
その隣には朝倉美緒。
「私も。」
「今でも忘れません。」
「でも、立ち止まることはやめました。」
藤崎栞は少し照れながら笑う。
「彼と、今度旅行へ行くんです。」
「ちゃんと二回目のデートも成功しました!」
相沢未来も笑顔で続ける。
「先生、退職したあとも学校へ遊びに来てくれるんですよ。」
「私、もっといい先生になります!」
◇
「神崎さん!」
シングルマザーの依頼人は娘と手をつないでいた。
娘が満面の笑みで言う。
「また来てくれる?」
「もちろん。」
湊がしゃがんで答えると、少女は嬉しそうにうなずいた。
水着選びを依頼した彩花も紙袋を抱えて笑う。
「あの水着、大正解でした。」
「友達にも褒められたんですよ。」
「それはよかったです。」
◇
「神崎さん!」
おじいちゃんとの約束を叶えた美咲。
その隣には元気そうなおじいちゃん。
「毎月ちゃんと会いに来てくれるんじゃ。」
「約束だからな。」
二人は顔を見合わせて笑う。
妹の彼氏を面接した姉妹も手を振る。
「ちゃんと付き合ってます!」
「お姉ちゃんも、もう認めてくれました。」
姉は照れくさそうに笑う。
「まだ面接は続いてるけどね。」
一同が笑いに包まれた。
◇
さらにその後ろから、これまで湊が助けてきた依頼人たちが次々と姿を見せる。
恋人役を頼んだ女性。
撮影を手伝った依頼人。
結婚式で恋人役を演じた女性。
元恋人との区切りをつけた女性。
忘れ物を探した依頼人。
告白を後押しした依頼人。
一人、また一人と笑顔で集まり、気がつけば公園は十九人の依頼人たちでいっぱいになっていた。
それぞれが少しずつ前へ進み、それぞれの笑顔を浮かべている。
その光景を見た湊は、思わず息をのんだ。
「……みんな。」
「元気そうで、よかった。」
◇
「それでは!」
ひまりが司会のように前へ出る。
「今回の依頼を発表します!」
全員が笑顔で湊を見る。
「依頼内容は――」
『便利屋みなと、一周年をお祝いしてください。』
湊は思わず笑った。
「これが依頼だったんですね。」
「はい!」
すずが元気よく答える。
「今まで助けてもらった私たちからの依頼です!」
未来が続ける。
「今日は依頼人じゃありません。」
美緒が微笑む。
「今日は、お礼を伝えに来ました。」
玲奈が一歩前へ出る。
「ありがとうございました。」
その一言をきっかけに、十九人全員が頭を下げた。
「ありがとうございました!」
公園いっぱいに響く感謝の言葉。
湊は少しだけ目頭が熱くなる。
助けてきたつもりだった。
でも今、この景色を見て思う。
支えられていたのは、自分の方だったのかもしれない。
湊は深く頭を下げる。
「こちらこそ。」
「本当に、ありがとうございました。」
十九人の笑顔と笑い声が、公園いっぱいに広がっていた。
◇
「写真撮ろう!」
ひまりの一言で、公園は一気に賑やかになった。
「いいですね!」
「せっかくだし、全員で!」
あちこちから声が上がる。
すると、おじいちゃんが近くを歩いていた男性へ声を掛けた。
「すまんが、写真を一枚お願いできるかの。」
「もちろんですよ。」
快く引き受けてくれた男性は、スマホを受け取ると少し離れた場所へ立った。
「はい、並んでください。」
「こむぎ、こっちだよ!」
ひまりが呼ぶと、こむぎは嬉しそうに湊の足元へ駆け寄る。
自然とみんなが湊の周りへ集まっていく。
「神崎さん。」
未来が笑う。
「今日は真ん中ですよ。」
「そうですよ、お兄ちゃん!」
「お兄ちゃんはやめてください。」
そう言いながら笑う湊を見て、公園中が笑い声に包まれた。
「いきますよー!」
カシャッ。
一枚の写真が撮られた。
そこには十九人の笑顔と、一人の便利屋。
そして、一匹の豆柴が写っていた。
◇
夕方。
少しずつ帰る時間になる。
「またね!」
「お元気で!」
「今度は依頼じゃなくて遊びに来ます!」
それぞれが笑顔で手を振り、公園をあとにしていく。
最後まで残っていたひまりも、こむぎを抱き上げて振り返った。
「神崎さん。」
「ありがとうございました。」
「こちらこそ。」
「また困ったら。」
湊が笑う。
「便利屋みなとへ。」
「もちろん!」
ひまりは笑顔でうなずき、歩き出した。
やがて、公園には湊一人だけが残る。
夕日に染まるベンチへ腰を下ろし、今日撮った集合写真を見つめる。
十九人の依頼人。
十九通りの悩み。
十九通りの笑顔。
便利屋を始めたあの日は、こんな未来が来るなんて想像もしていなかった。
「……よかった。」
小さくつぶやき、写真を大切にしまう。
◇
そのとき。
スマホが静かに震えた。
『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』
湊は画面を見つめ、小さく笑う。
「さて。」
「次は、どんな恋のお手伝いをしようかな。」
夕暮れの街へ向かって歩き出す。
便利屋みなとの営業は、今日も変わらず続いていく。
――完――
あとがき
ここまで『恋の便利屋』を読んでいただき、本当にありがとうございました。
今回、一話完結という形で、さまざまな女性との出会いや、それぞれが抱える悩みと向き合う物語を書いてみました。
恋愛だけではなく、家族や別れ、新しい一歩など、一つひとつ違ったテーマを通して、みなと自身もたくさんの経験を積み、きっと楽しい時間を過ごせたと思います。
ひとまず『恋の便利屋』はここで一区切りとなります。
……とはいえ、もしかしたら、またみなとのもとへ新しい依頼が届く日が来るかもしれません。
それは、みなと次第です! (笑)
まだまだ拙い文章ではありましたが、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
少しでも「面白かった」「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、応援や評価をいただけると、とても励みになります。
またどこかで、便利屋みなととお会いできる日を楽しみにしています。




