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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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20/20

最終話 ありがとう、便利屋みなと。

 午前十時。


 神崎湊は事務所の窓を開け、いつものように掃除をしていた。


 便利屋を始めて一年。


 最初は依頼が来るかどうかも不安だった。


 それでも今では、多くの人がこの小さな便利屋を頼ってくれるようになった。


 そのとき。


 スマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『便利屋さんに、依頼があります。』


「……匿名?」


 依頼内容は、それだけだった。


『午後一時、中央公園へ来てください。』


 送り主の名前はない。


「依頼なら、行くしかないか。」


 湊は苦笑しながら事務所をあとにした。


     ◇


 午後一時。


 中央公園へ着くと、人影は見当たらない。


「誰もいない……。」


 依頼日時を確認しようとスマホへ目を落とした、その瞬間だった。


「せーの!」


「便利屋みなと、一周年おめでとうございます!」


 パンッ!


 クラッカーの音が公園中へ響く。


「うわっ!」


 湊が驚いて振り向く。


 そこには、この一年で出会った依頼人たちが笑顔で並んでいた。


「神崎さん!」


 豆柴のこむぎを抱いた天野ひまり。


 その隣では星野すずが大きく手を振る。


「お兄ちゃん!」


「今日だけですよ。」


 湊が笑うと、すずも声を上げて笑った。


 こむぎは嬉しそうに駆け寄り、今では当たり前のように湊の足元で尻尾を振っている。


「神崎さんのおかげで、男の人にも少しずつ慣れたんですよ。」


「それは、こむぎが頑張ったからですよ。」


     ◇


「久しぶりです。」


 橘玲奈が頭を下げる。


「家族みんな、元気です。」


「神崎さんのおかげで、ちゃんと前を向けました。」


 その隣には朝倉美緒。


「私も。」


「今でも忘れません。」


「でも、立ち止まることはやめました。」


 藤崎栞は少し照れながら笑う。


「彼と、今度旅行へ行くんです。」


「ちゃんと二回目のデートも成功しました!」


 相沢未来も笑顔で続ける。


「先生、退職したあとも学校へ遊びに来てくれるんですよ。」


「私、もっといい先生になります!」


     ◇


「神崎さん!」


 シングルマザーの依頼人は娘と手をつないでいた。


 娘が満面の笑みで言う。


「また来てくれる?」


「もちろん。」


 湊がしゃがんで答えると、少女は嬉しそうにうなずいた。


 水着選びを依頼した彩花も紙袋を抱えて笑う。


「あの水着、大正解でした。」


「友達にも褒められたんですよ。」


「それはよかったです。」


     ◇


「神崎さん!」


 おじいちゃんとの約束を叶えた美咲。


 その隣には元気そうなおじいちゃん。


「毎月ちゃんと会いに来てくれるんじゃ。」


「約束だからな。」


 二人は顔を見合わせて笑う。


 妹の彼氏を面接した姉妹も手を振る。


「ちゃんと付き合ってます!」


「お姉ちゃんも、もう認めてくれました。」


 姉は照れくさそうに笑う。


「まだ面接は続いてるけどね。」


 一同が笑いに包まれた。


     ◇


 さらにその後ろから、これまで湊が助けてきた依頼人たちが次々と姿を見せる。


 恋人役を頼んだ女性。


 撮影を手伝った依頼人。


 結婚式で恋人役を演じた女性。


 元恋人との区切りをつけた女性。


 忘れ物を探した依頼人。


 告白を後押しした依頼人。


 一人、また一人と笑顔で集まり、気がつけば公園は十九人の依頼人たちでいっぱいになっていた。


 それぞれが少しずつ前へ進み、それぞれの笑顔を浮かべている。


 その光景を見た湊は、思わず息をのんだ。


「……みんな。」


「元気そうで、よかった。」


     ◇


「それでは!」


 ひまりが司会のように前へ出る。


「今回の依頼を発表します!」


 全員が笑顔で湊を見る。


「依頼内容は――」


『便利屋みなと、一周年をお祝いしてください。』


 湊は思わず笑った。


「これが依頼だったんですね。」


「はい!」


 すずが元気よく答える。


「今まで助けてもらった私たちからの依頼です!」


 未来が続ける。


「今日は依頼人じゃありません。」


 美緒が微笑む。


「今日は、お礼を伝えに来ました。」


 玲奈が一歩前へ出る。


「ありがとうございました。」


 その一言をきっかけに、十九人全員が頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 公園いっぱいに響く感謝の言葉。


 湊は少しだけ目頭が熱くなる。


 助けてきたつもりだった。


 でも今、この景色を見て思う。


 支えられていたのは、自分の方だったのかもしれない。


 湊は深く頭を下げる。


「こちらこそ。」


「本当に、ありがとうございました。」


 十九人の笑顔と笑い声が、公園いっぱいに広がっていた。



「写真撮ろう!」


 ひまりの一言で、公園は一気に賑やかになった。


「いいですね!」


「せっかくだし、全員で!」


 あちこちから声が上がる。


 すると、おじいちゃんが近くを歩いていた男性へ声を掛けた。


「すまんが、写真を一枚お願いできるかの。」


「もちろんですよ。」


 快く引き受けてくれた男性は、スマホを受け取ると少し離れた場所へ立った。


「はい、並んでください。」


「こむぎ、こっちだよ!」


 ひまりが呼ぶと、こむぎは嬉しそうに湊の足元へ駆け寄る。


 自然とみんなが湊の周りへ集まっていく。


「神崎さん。」


 未来が笑う。


「今日は真ん中ですよ。」


「そうですよ、お兄ちゃん!」


「お兄ちゃんはやめてください。」


 そう言いながら笑う湊を見て、公園中が笑い声に包まれた。


「いきますよー!」


 カシャッ。


 一枚の写真が撮られた。


 そこには十九人の笑顔と、一人の便利屋。


 そして、一匹の豆柴が写っていた。


     ◇


 夕方。


 少しずつ帰る時間になる。


「またね!」


「お元気で!」


「今度は依頼じゃなくて遊びに来ます!」


 それぞれが笑顔で手を振り、公園をあとにしていく。


 最後まで残っていたひまりも、こむぎを抱き上げて振り返った。


「神崎さん。」


「ありがとうございました。」


「こちらこそ。」


「また困ったら。」


 湊が笑う。


「便利屋みなとへ。」


「もちろん!」


 ひまりは笑顔でうなずき、歩き出した。


 やがて、公園には湊一人だけが残る。


 夕日に染まるベンチへ腰を下ろし、今日撮った集合写真を見つめる。


 十九人の依頼人。


 十九通りの悩み。


 十九通りの笑顔。


 便利屋を始めたあの日は、こんな未来が来るなんて想像もしていなかった。


「……よかった。」


 小さくつぶやき、写真を大切にしまう。


     ◇


 そのとき。


 スマホが静かに震えた。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 湊は画面を見つめ、小さく笑う。


「さて。」


「次は、どんな恋のお手伝いをしようかな。」


 夕暮れの街へ向かって歩き出す。


 便利屋みなとの営業は、今日も変わらず続いていく。


               ――完――


あとがき


ここまで『恋の便利屋』を読んでいただき、本当にありがとうございました。


今回、一話完結という形で、さまざまな女性との出会いや、それぞれが抱える悩みと向き合う物語を書いてみました。


恋愛だけではなく、家族や別れ、新しい一歩など、一つひとつ違ったテーマを通して、みなと自身もたくさんの経験を積み、きっと楽しい時間を過ごせたと思います。


ひとまず『恋の便利屋』はここで一区切りとなります。


……とはいえ、もしかしたら、またみなとのもとへ新しい依頼が届く日が来るかもしれません。


それは、みなと次第です! (笑)


まだまだ拙い文章ではありましたが、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


少しでも「面白かった」「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、応援や評価をいただけると、とても励みになります。


またどこかで、便利屋みなととお会いできる日を楽しみにしています。

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