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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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15/20

第15話 試着室の向こう側。

──────────────

Today's Heroine

西園寺 彩花

CLIENT DATA

年齢:24歳

身長:165cm

職業:美容師

雰囲気

・大人っぽい

・自信家に見える

・実は照れ屋

・負けず嫌い

外見

・艶のあるロングの黒髪

・すらりとしたスタイル

・白いワンピース

主人公への第一印象

★★★★★

恋愛タイプ

素直になれない

依頼内容

『水着を選ぶのを手伝ってください。』

秘密

『男性の前で水着姿を見せるのは初めて。』

ドキドキ度

★★★★★

──────────────


 午前十一時。


 神崎湊は大型ショッピングモールの入口で、依頼内容をもう一度見返した。


『水着を選ぶのを手伝ってください。』


「……僕が選ぶのか。」


 思わず苦笑する。


 便利屋を始めてから、恋人役も、犬探しも、サンタクロースも経験した。


 しかし、水着選びの相談は初めてだった。


「神崎さん。」


 落ち着いた声に振り向く。


 白いワンピース姿の女性が、軽く会釈をした。


 長い黒髪が肩を流れ、穏やかな笑みを浮かべている。


「西園寺彩花です。」


「今日はよろしくお願いします。」


「神崎です。」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 二人はショッピングモールの中へ入る。


 水着売り場の前まで来ると、彩花は少しだけ足を止めた。


「……やっぱり、帰ろうかな。」


 小さく笑う。


「まだ何も始まってませんよ。」


 湊が言うと、彩花は照れくさそうに肩をすくめた。


「ですよね。」


「実は来週、会社のみんなと海へ行くことになったんです。」


「でも、新しい水着を選ぶ勇気がなくて。」


 店内には色とりどりの水着が並んでいる。


 彩花はその一つを手に取りながら続けた。


「女友達と来ても、『全部似合う』って言われるだけなんです。」


「だから、一度だけ男性の率直な意見を聞いてみたくて。」


 湊は静かにうなずく。


「分かりました。」


「似合うかどうかだけじゃなく、彩花さんらしいと思えるものを一緒に探しましょう。」


 その一言に、彩花は少し驚いたような表情を見せる。


「……そういう言い方をするんですね。」


「え?」


「もっと『これがいいです』って即答されると思ってました。」


 湊は苦笑した。


「着るのは僕じゃありませんから。」


「最後に決めるのは、彩花さんです。」


 その言葉を聞き、彩花は安心したように微笑んだ。


「ありがとうございます。」


「じゃあ……。」


 ハンガーを二、三本手に取る。


「着替えてきます。」


 そう言って試着室のカーテンの向こうへ姿を消した。


 数分後。


 カーテンが少しだけ開く。


「……神崎さん。」


「はい。」


「準備、できました。」


 少しだけ緊張した声だった。



「……失礼します。」


 試着室のカーテンが、ゆっくりと開いた。


 彩花は少し照れたように視線を伏せながら、一歩だけ外へ出る。


「どう……ですか?」


 最初に選んだのは、ネイビーのスポーティーなセパレートタイプだった。


 肩まわりは動きやすく、全体的に落ち着いたデザイン。


 健康的な印象で、海でも思いきり遊べそうな一着だった。


 彩花は落ち着かない様子で、自分の腕をそっとさすった。


「やっぱり、子どもっぽいですか?」


 湊は少し考えてから首を横に振る。


「そんなことはありません。」


「動きやすそうですし、彩花さんの明るい雰囲気にも合っています。」


「ただ……。」


「ただ?」


「海で写真を撮るなら、もう少し大人っぽい雰囲気でも似合いそうですね。」


 彩花はほっとしたように笑った。


「ちゃんと理由まで言ってくれるんですね。」


「仕事ですから。」


「ふふっ。」


 その笑顔は、さっきより少し自然だった。


「じゃあ、次を着てきます。」


     ◇


 数分後。


 再びカーテンが開く。


「こ、こっちは……。」


 彩花は照れ笑いを浮かべながら姿を見せた。


 今度は落ち着いた色合いのワンピースタイプ。


 シンプルなデザインながら上品な印象で、さっきとは雰囲気が大きく変わっていた。


「どうでしょう。」


 小さくその場で一回転してみせる。


「大人っぽすぎますか?」


 湊は正面から一度全体を見て、それから少し視線を外した。


「似合っています。」


「本当に?」


「はい。」


「さっきより落ち着いた印象になりますね。」


「……なんだか、雰囲気が変わりますね。」


「え?」


「普段より、少しだけ距離を感じるというか。」


 彩花はきょとんとしたあと、くすっと笑った。


「それ、褒めてます?」


「はい。いい意味でです。」


「ふふ、なんだか照れますね。」


     ◇


 三着目を手に取り、彩花は試着室へ戻った。


 しかし、十分ほど経っても出てこない。


 湊が心配になりかけた頃、小さな声が聞こえた。


「……神崎さん。」


「はい。」


「やっぱり、やめようかな。」


「何かありましたか?」


 カーテン越しに、少しだけ間が空く。


「この水着……。」


「私には、勇気がいりすぎる気がして。」


 湊は少し考えてから、穏やかに答えた。


「無理に着なくても大丈夫ですよ。」


「似合うかどうかより、彩花さんが笑顔でいられる方が大事です。」


 試着室の中は静かだった。


 やがて、小さく笑う声が聞こえる。


「そういう答え、ずるいですね。」


「え?」


「安心しちゃいました。」


 カーテンがゆっくり開く。


「でも……。」


「せっかくだから、一回だけ見てもらいます。」


 そう言って彩花は一歩前へ出た。


 少し恥ずかしそうに頬を染めながらも、その表情にはさっきまでの迷いではなく、小さな覚悟が浮かんでいた。



 試着室から出てきた彩花は、照れくさそうに視線を伏せたまま立ち止まった。


「……やっぱり、変じゃないですか?」


 三着目は、これまでとは雰囲気が違っていた。


 落ち着いた色合いながら、女性らしい柔らかな印象のデザイン。


 鏡の前で何度も立ち止まり、勇気を出して選んだ一着なのだろう。


 彩花は落ち着かない様子で、髪を耳にかけた。


「正直……。」


「こういうの、自分では似合わないと思ってました。」


 湊はすぐには答えなかった。


 少しだけ全体の雰囲気を見て、それから穏やかに微笑む。


「僕は、一番似合っていると思います。」


 彩花は目を丸くした。


「……本当に?」


「はい。」


「無理をして着ている感じがしません。」


「自然に笑えているのも、この水着を着ている今が一番です。」


 その言葉に、彩花は鏡へ目を向けた。


 さっきまで緊張していたはずなのに、自分でも気づかないうちに笑っていた。


「あ……。」


 思わず小さく笑う。


「本当だ。」


「笑ってる。」


 湊もつられて笑った。


「その笑顔が一番似合っています。」


 彩花は照れたように肩をすくめる。


「そういうこと、さらっと言うんですね。」


「思ったことを、そのまま伝えただけです。」


「……ずるいなぁ。」


 頬を赤くしながら、小さくつぶやく。


「それじゃあ、この水着にします。」


     ◇


 会計を済ませ、二人はショッピングモールのベンチでひと休みする。


 彩花は買ったばかりの紙袋を膝の上に置き、嬉しそうに眺めていた。


「今日お願いしてよかったです。」


「気に入る一着が見つかってよかったですね。」


「はい。」


 少し間を置いて、彩花は笑う。


「実は、試着室で何回も着替えながら考えてたんです。」


「やっぱりやめようかな、とか。」


「恥ずかしいな、とか。」


「でも。」


 湊を見る。


「神崎さんが、ちゃんと服として見てくれたから。」


「安心して出てこられました。」


 湊は少し照れくさそうに笑う。


「そう言ってもらえると嬉しいです。」


 彩花は紙袋を大事そうに抱えた。


「来週の海、少し楽しみになりました。」


「きっと似合いますよ。」


「ありがとうございます。」


 その笑顔には、最初の不安はもう残っていなかった。


     ◇


 ショッピングモールの出口。


 彩花は振り返り、深く頭を下げる。


「今日はありがとうございました。」


「また困ったことがあったら、お願いしてもいいですか?」


「もちろんです。」


「便利屋ですから。」


 その返事に、彩花はくすっと笑う。


「その言葉、好きです。」


 二人は笑顔で別れた。


     ◇


 帰り道。


 湊のスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『三日間だけ、婚約者になってください。』


「……三日間?」


 湊は思わず依頼文を読み返した。


 一日だけでは終わらない依頼に、小さく苦笑する。


次回『婚約者のフリは、三日間。』


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