第11話 左手の指輪は、嘘。
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Today's Heroine
橘 美優
CLIENT DATA
年齢:24歳
身長:161cm
職業:看護師
雰囲気
・しっかり者
・優しい
・責任感が強い
・少し無理をしがち
外見
・黒髪ミディアム
・淡いブルーのワンピース
・シンプルなネックレス
主人公への第一印象
★★★☆☆
恋愛タイプ
好きな人ほど素直になれない
依頼内容
『一日だけ、婚約者のフリをしてください。』
秘密
『両親を事故で亡くし、祖母に育てられた。』
ドキドキ度
★★★★☆
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午前十時。
神崎湊は駅前の噴水広場で、依頼内容をもう一度読み返した。
『一日だけ、婚約者のフリをしてください。』
恋人役は経験がある。
けれど、婚約者となると話は少し違う。
責任の重さも、周りから見られる目も変わる。
「神崎さん。」
落ち着いた声に顔を上げる。
淡いブルーのワンピースを着た女性が、小さく頭を下げた。
「橘美優です。本日はよろしくお願いします。」
「神崎です。よろしくお願いします。」
二人は軽く頭を下げ合う。
しかし、美優の表情はどこか硬かった。
「依頼の理由……きちんとお話しします。」
そう言って、近くのベンチへ腰を下ろす。
少しだけ息を整えてから、静かに話し始めた。
「私、小学二年生のときに両親を事故で亡くしたんです。」
湊は何も言わず、耳を傾ける。
「それからは、祖母が一人で私を育ててくれました。」
美優は少しだけ笑う。
「看護師になれたのも、おばあちゃんのおかげです。」
「国家試験の日も、自分のことみたいに緊張してました。」
「夜勤の日は朝早く起きて、お弁当を作ってくれて。」
その笑顔は温かい。
でも、どこか寂しさも混じっていた。
「最近、おばあちゃんが入院したんです。」
「大きな病気ではないんですが、年齢のこともあって……。」
一度言葉を切る。
「会うたびに言うんです。」
少しだけ祖母の口調を真似しながら。
『美優は、まだ一人なんかい?』
『ちゃんと幸せになるんじゃよ。』
その一言に、美優は苦笑した。
「心配ばかり掛けてきたので。」
「最後くらいは安心してほしくて。」
真っすぐ湊を見る。
「だから今日だけ、婚約者になっていただけませんか。」
湊は静かにうなずいた。
「分かりました。」
「今日一日は、しっかり婚約者を務めます。」
その返事に、美優はようやく安心したように微笑んだ。
◇
「病院へ行く前に、一つだけ寄ってもいいですか?」
美優がそう言って立ち止まったのは、小さなアクセサリーショップだった。
店内には、シンプルな指輪が並んでいる。
「婚約指輪なんて、本物じゃなくていいんです。」
「祖母が安心できれば、それで。」
そう言って、一番飾り気のないペアリングを手に取る。
「これなら、演技っぽく見えないかな。」
「自然だと思います。」
美優は少し照れながら笑った。
「じゃあ……。」
左手の薬指へ、そっと指輪をはめる。
そしてもう一つを湊へ差し出した。
「お願いします。」
湊も静かに受け取り、左手にはめた。
不思議だった。
ただ指輪をつけただけなのに、少しだけ緊張する。
「似合ってます。」
美優が微笑む。
「橘さんも。」
「今日は美優で大丈夫です。」
「婚約者なのに名字は変ですから。」
「あ……そうですね。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
少しだけぎこちなかった距離が、その笑顔でほんの少し縮まった。
◇
病院へ着くと、美優は一度だけ深呼吸をした。
「緊張します。」
「大丈夫です。」
湊が穏やかに笑う。
「今日は、おばあさまを安心させるための日です。」
「……はい。」
二人は並んで病室の扉をノックした。
「おばあちゃん、入るね。」
「おお、美優かい。」
病室には、小柄で優しそうなおばあさんが座っていた。
美優の姿を見るなり、ぱっと表情を明るくする。
「ちゃんとご飯食べとる?」
「また痩せたんじゃない?」
「もう、おばあちゃん。」
美優は困ったように笑う。
「ちゃんと食べてるよ。」
「看護師さんは忙しいけぇねぇ。」
祖母はそう言ってから、隣に立つ湊へ視線を向けた。
「あら。」
「こちらの優しそうな人は?」
美優は少しだけ照れながら湊を見る。
「紹介するね。」
「私の婚約者。」
一瞬だけ病室が静かになる。
祖母は目を丸くしたあと、ゆっくりと笑顔になった。
「そうかい……。」
「そうかい。」
その目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「初めまして。」
湊は深く頭を下げる。
「神崎湊です。」
「美優さんには、いつも支えてもらっています。」
祖母は何度もうなずく。
「ありがとう。」
「こんな子じゃけど、よろしくお願いします。」
「おばあちゃん!」
「こんな子って何。」
三人で笑う。
病室の空気が一気に柔らかくなった。
◇
祖母は昔話を始めた。
「美優はね。」
「小さい頃から我慢ばっかりする子だったんよ。」
「ランドセルが欲しいとも言わん。」
「服も『まだ着られるから』って。」
美優は照れくさそうにうつむく。
「そんな話、いいから。」
「よくない。」
祖母は優しく笑った。
「いい子なんじゃ。」
「じゃけぇ、幸せになってほしかった。」
その言葉に、美優は何も返せなかった。
湊も静かに話を聞いていた。
「神崎さん。」
祖母が湊へ微笑む。
「この子ね。」
「人に頼るのが下手なんよ。」
「だから。」
「これからは、少し甘えさせてあげてね。」
湊は静かにうなずいた。
「はい。」
「僕にできることがあれば。」
その返事に、祖母は安心したように笑った。
◇
しばらく話していると、祖母が急に言った。
「婚約者なんじゃろ?」
「はい。」
「それなら。」
にこっと笑う。
「手くらいつないどきんさい。」
「あ……。」
美優が固まる。
「おばあちゃん……。」
「ほらほら。」
「照れんでええ。」
美優は顔を真っ赤にしながら、小さく左手を差し出した。
湊も少し照れながら、その手をそっと握る。
「あったかい。」
祖母は嬉しそうに目を細めた。
「これなら安心じゃ。」
美優は恥ずかしさで耳まで赤くなりながらも、小さく笑った。
「もう……。」
◇
帰る時間になった。
「神崎さん。」
祖母が呼び止める。
「少しだけ、美優を借りてもええかね。」
「もちろんです。」
湊は病室の外へ出た。
部屋には祖母と美優だけになる。
祖母は美優の手を優しく握った。
「美優。」
「うん。」
「おばあちゃんも長く生きとるけぇね。」
少しだけいたずらっぽく笑う。
「あの人、優しい人じゃね。」
「でも。」
「婚約者の演技は、少しぎこちなかったよ。」
美優の目が大きく開く。
「……気付いてたの?」
「最初からね。」
祖母は優しく笑った。
「でもね。」
「おばあちゃんを安心させようって思ってくれた。」
「その気持ちが、一番嬉しかった。」
美優の目から涙がこぼれる。
「ごめんね……。」
「謝らんでええ。」
祖母は涙をぬぐいながら微笑んだ。
「ありがとう。」
「もう安心して眠れそうじゃ。」
「そんなこと言わないで……。」
美優は祖母の手をぎゅっと握る。
「また来るから。」
「今度は一人で。」
祖母はゆっくりとうなずいた。
「楽しみにしとる。」
◇
病院を出ると、美優はしばらく黙ったまま歩いていた。
やがて左手の指輪をそっと外す。
「嘘だったのに。」
ぽつりとつぶやく。
湊はその指輪を見つめながら微笑んだ。
「でも。」
「おばあさまは、嬉しかったと思います。」
美優は涙を拭き、小さく笑う。
「そうですね。」
「きっと。」
「今日は依頼して、本当によかったです。」
「こちらこそ。」
湊も笑った。
「おばあさま、とても素敵な方でした。」
「私の自慢なんです。」
美優は少し誇らしそうに笑う。
その笑顔は、病院へ向かう前よりずっと穏やかだった。
◇
美優を見送ったあと。
湊のスマホが震える。
『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』
画面を開く。
『初恋の人を探してください。』
「人探し?」
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『もう一度だけ、お礼が言いたいんです。』
湊は小さく笑った。
「今度は、思い出探しか。」
便利屋の仕事は、今日も誰かの想いを運んでいる。
次回『初恋は、まだ見つからない。』




