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『恋の便利屋は、今日も依頼で恋をする。』  作者: 春野ケイ


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11/20

第11話 左手の指輪は、嘘。

──────────────

Today's Heroine

橘 美優

CLIENT DATA

年齢:24歳

身長:161cm

職業:看護師

雰囲気

・しっかり者

・優しい

・責任感が強い

・少し無理をしがち

外見

・黒髪ミディアム

・淡いブルーのワンピース

・シンプルなネックレス

主人公への第一印象

★★★☆☆

恋愛タイプ

好きな人ほど素直になれない

依頼内容

『一日だけ、婚約者のフリをしてください。』

秘密

『両親を事故で亡くし、祖母に育てられた。』

ドキドキ度

★★★★☆

──────────────


 午前十時。


 神崎湊は駅前の噴水広場で、依頼内容をもう一度読み返した。


『一日だけ、婚約者のフリをしてください。』


 恋人役は経験がある。


 けれど、婚約者となると話は少し違う。


 責任の重さも、周りから見られる目も変わる。


「神崎さん。」


 落ち着いた声に顔を上げる。


 淡いブルーのワンピースを着た女性が、小さく頭を下げた。


「橘美優です。本日はよろしくお願いします。」


「神崎です。よろしくお願いします。」


 二人は軽く頭を下げ合う。


 しかし、美優の表情はどこか硬かった。


「依頼の理由……きちんとお話しします。」


 そう言って、近くのベンチへ腰を下ろす。


 少しだけ息を整えてから、静かに話し始めた。


「私、小学二年生のときに両親を事故で亡くしたんです。」


 湊は何も言わず、耳を傾ける。


「それからは、祖母が一人で私を育ててくれました。」


 美優は少しだけ笑う。


「看護師になれたのも、おばあちゃんのおかげです。」


「国家試験の日も、自分のことみたいに緊張してました。」


「夜勤の日は朝早く起きて、お弁当を作ってくれて。」


 その笑顔は温かい。


 でも、どこか寂しさも混じっていた。


「最近、おばあちゃんが入院したんです。」


「大きな病気ではないんですが、年齢のこともあって……。」


 一度言葉を切る。


「会うたびに言うんです。」


 少しだけ祖母の口調を真似しながら。


『美優は、まだ一人なんかい?』


『ちゃんと幸せになるんじゃよ。』


 その一言に、美優は苦笑した。


「心配ばかり掛けてきたので。」


「最後くらいは安心してほしくて。」


 真っすぐ湊を見る。


「だから今日だけ、婚約者になっていただけませんか。」


 湊は静かにうなずいた。


「分かりました。」


「今日一日は、しっかり婚約者を務めます。」


 その返事に、美優はようやく安心したように微笑んだ。


     ◇


「病院へ行く前に、一つだけ寄ってもいいですか?」


 美優がそう言って立ち止まったのは、小さなアクセサリーショップだった。


 店内には、シンプルな指輪が並んでいる。


「婚約指輪なんて、本物じゃなくていいんです。」


「祖母が安心できれば、それで。」


 そう言って、一番飾り気のないペアリングを手に取る。


「これなら、演技っぽく見えないかな。」


「自然だと思います。」


 美優は少し照れながら笑った。


「じゃあ……。」


 左手の薬指へ、そっと指輪をはめる。


 そしてもう一つを湊へ差し出した。


「お願いします。」


 湊も静かに受け取り、左手にはめた。


 不思議だった。


 ただ指輪をつけただけなのに、少しだけ緊張する。


「似合ってます。」


 美優が微笑む。


「橘さんも。」


「今日は美優で大丈夫です。」


「婚約者なのに名字は変ですから。」


「あ……そうですね。」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 少しだけぎこちなかった距離が、その笑顔でほんの少し縮まった。



 病院へ着くと、美優は一度だけ深呼吸をした。


「緊張します。」


「大丈夫です。」


 湊が穏やかに笑う。


「今日は、おばあさまを安心させるための日です。」


「……はい。」


 二人は並んで病室の扉をノックした。


「おばあちゃん、入るね。」


「おお、美優かい。」


 病室には、小柄で優しそうなおばあさんが座っていた。


 美優の姿を見るなり、ぱっと表情を明るくする。


「ちゃんとご飯食べとる?」


「また痩せたんじゃない?」


「もう、おばあちゃん。」


 美優は困ったように笑う。


「ちゃんと食べてるよ。」


「看護師さんは忙しいけぇねぇ。」


 祖母はそう言ってから、隣に立つ湊へ視線を向けた。


「あら。」


「こちらの優しそうな人は?」


 美優は少しだけ照れながら湊を見る。


「紹介するね。」


「私の婚約者。」


 一瞬だけ病室が静かになる。


 祖母は目を丸くしたあと、ゆっくりと笑顔になった。


「そうかい……。」


「そうかい。」


 その目には、うっすら涙が浮かんでいた。


「初めまして。」


 湊は深く頭を下げる。


「神崎湊です。」


「美優さんには、いつも支えてもらっています。」


 祖母は何度もうなずく。


「ありがとう。」


「こんな子じゃけど、よろしくお願いします。」


「おばあちゃん!」


「こんな子って何。」


 三人で笑う。


 病室の空気が一気に柔らかくなった。


     ◇


 祖母は昔話を始めた。


「美優はね。」


「小さい頃から我慢ばっかりする子だったんよ。」


「ランドセルが欲しいとも言わん。」


「服も『まだ着られるから』って。」


 美優は照れくさそうにうつむく。


「そんな話、いいから。」


「よくない。」


 祖母は優しく笑った。


「いい子なんじゃ。」


「じゃけぇ、幸せになってほしかった。」


 その言葉に、美優は何も返せなかった。


 湊も静かに話を聞いていた。


「神崎さん。」


 祖母が湊へ微笑む。


「この子ね。」


「人に頼るのが下手なんよ。」


「だから。」


「これからは、少し甘えさせてあげてね。」


 湊は静かにうなずいた。


「はい。」


「僕にできることがあれば。」


 その返事に、祖母は安心したように笑った。


     ◇


 しばらく話していると、祖母が急に言った。


「婚約者なんじゃろ?」


「はい。」


「それなら。」


 にこっと笑う。


「手くらいつないどきんさい。」


「あ……。」


 美優が固まる。


「おばあちゃん……。」


「ほらほら。」


「照れんでええ。」


 美優は顔を真っ赤にしながら、小さく左手を差し出した。


 湊も少し照れながら、その手をそっと握る。


「あったかい。」


 祖母は嬉しそうに目を細めた。


「これなら安心じゃ。」


 美優は恥ずかしさで耳まで赤くなりながらも、小さく笑った。


「もう……。」


     ◇


 帰る時間になった。


「神崎さん。」


 祖母が呼び止める。


「少しだけ、美優を借りてもええかね。」


「もちろんです。」


 湊は病室の外へ出た。


 部屋には祖母と美優だけになる。


 祖母は美優の手を優しく握った。


「美優。」


「うん。」


「おばあちゃんも長く生きとるけぇね。」


 少しだけいたずらっぽく笑う。


「あの人、優しい人じゃね。」


「でも。」


「婚約者の演技は、少しぎこちなかったよ。」


 美優の目が大きく開く。


「……気付いてたの?」


「最初からね。」


 祖母は優しく笑った。


「でもね。」


「おばあちゃんを安心させようって思ってくれた。」


「その気持ちが、一番嬉しかった。」


 美優の目から涙がこぼれる。


「ごめんね……。」


「謝らんでええ。」


 祖母は涙をぬぐいながら微笑んだ。


「ありがとう。」


「もう安心して眠れそうじゃ。」


「そんなこと言わないで……。」


 美優は祖母の手をぎゅっと握る。


「また来るから。」


「今度は一人で。」


 祖母はゆっくりとうなずいた。


「楽しみにしとる。」


     ◇


 病院を出ると、美優はしばらく黙ったまま歩いていた。


 やがて左手の指輪をそっと外す。


「嘘だったのに。」


 ぽつりとつぶやく。


 湊はその指輪を見つめながら微笑んだ。


「でも。」


「おばあさまは、嬉しかったと思います。」


 美優は涙を拭き、小さく笑う。


「そうですね。」


「きっと。」


「今日は依頼して、本当によかったです。」


「こちらこそ。」


 湊も笑った。


「おばあさま、とても素敵な方でした。」


「私の自慢なんです。」


 美優は少し誇らしそうに笑う。


 その笑顔は、病院へ向かう前よりずっと穏やかだった。


     ◇


 美優を見送ったあと。


 湊のスマホが震える。


『便利屋みなと 新しい依頼が届きました。』


 画面を開く。


『初恋の人を探してください。』


「人探し?」


 続きを読む。


『もう一度だけ、お礼が言いたいんです。』


 湊は小さく笑った。


「今度は、思い出探しか。」


 便利屋の仕事は、今日も誰かの想いを運んでいる。


次回『初恋は、まだ見つからない。』

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