第四章:「病を凶器として」
取調室では件の女中が座って待っていた。警察に留置されたことへの不安よりも、憎き主人が死んだことへの安堵の感情が、表情に表れている。
先ずは家城警部が、彼女に向いて言った。
「この人は探偵だ」
女中は訝しげにホームズを見つめた。
「あなたに聞きたいことがあるそうだ」
「通訳は別の者にさせるから、そこは信用してほしい」
ホームズは女中と向かい合わせに座った。
「私は、あなたを犯人だとは考えていません。少なくとも今のところはですが。だから話を聞きに来たのです」
「どういうことですか?」
「それを確かめるために、いくつか質問をしますので、答えて下さい」
ホームズが質問を始めた。
「買い物は毎日ですか?」
「ええ」
「いつも同じ道を?」
「はい」
「何時頃に帰宅しましたか?」
「三時を少し回った頃です」
「途中で誰かと会いましたか?」
「いいえ……」
「よく思い出して下さい」
少し考える。
「そういえば……、門の近くで見知らぬ男を見かけました」
家城警部が口を挟んだ
「なぜ今まで言わなかった!」
「あの方が死んだことの驚きで、頭が真っ白になっていたのです」
ホームズは表情一つ変えなかったが、家城警部はシブイ顔をした。
ホームズは質問を続けた。
「その男は急いでいましたか?」
「ええ、私と目を合わせないようにしていました」
「ありがとう、充分だ」
と、ホームズが言った直後に、取り調べ室にやってきた署員が、家城警部に資料を渡した。
「ホームズさん、USB に書かれていたデータの資料がきたぞ」
「かいつまんで言うと、被害者が過去に犯した『巨額の不正融資』の極秘データだ」
「ほう、いつの時代も変わらんな」
ホームズが少し呆れたように言った。
「それで、犯人に繋がるデータはあるのか?」
「この中に、かつての政敵で、この事件との絡みで失脚させられた人物の名前があった」
「1人だけでなく、数名の名前が書いてある」
「なるほどね……、だとしたら、その中の1人がいつかその恨みを晴らす機会を伺っていたのだろう」
「そして、被害者が政界を引退したことで、その機会が来たと犯人は思った」
「それで犯人はこの屋敷に来たのだな?」
家城警部が言った。
「そうだ。そして犯人はまずこの屋敷の前に到着した後、被害者が1人でいるかどうかを、慎重に外から確認したんだ」
「なるほど、あなたの見た生垣の乱れはそのためか」
「おそらくそうだ。そして1人だと確信を持った犯人は、屋敷へ侵入した」
「しかしホームズさん、一体どうやって殺したと言うんです?」
「そこがこの事件の肝だよ。犯人は、被害者が心臓に病を抱えていることをあらかじめ知っていた。そして、その『病』そのものを殺害の道具に利用しようと考えたんだ」
「病気を利用する……?」
「激しい口論で怒らせたか、あるいは脅迫したのだろう。どちらにせよ、被害者の心臓に急激な負担を掛けさせた」
家城警部はハッとした。
「あぁ、 犯人は心理的に追い詰めたわけだ」
「まさにね。やがて被害者は激しい胸の痛みを覚え、命綱である『ニトログリセリン』に手を伸ばした。……だが、犯人はそれを冷酷にも取り上げたんだ。目の前で苦しむ姿をただ見つめながら、ね。薬を奪われた被害者は、そのまま死に至った」
「なんて残忍な……! 」
「しかしホームズさん、ニトログリセリンの空の容器が被害者の手元にあった訳は?」
「そこだよ、警部。被害者が息絶えたのを確認した後、犯人はあたかも『薬は飲んだが間に合わずに死んだ』かのように現場を擬装し、何食わぬ顔で逃走したのだよ。おそらく、この部屋ではそのような事が行われたのだろう」
「被害者に薬を飲んだ形跡が残っていなかったのはその為か!」
家城警部が言った。
「いずれにせよ、その資料があれば犯人の目処もつくだろう。女中の疑いは晴れたかな?」
「そうだな」
「後は警部、あなたの仕事だな」
「ありがとう、任せてくれ」




