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第二章:「偽装された病死」

 現場となった別荘は、湖の畔にひっそりと佇む、和洋折衷の建物だった。かつて旧宮家が所有していたというその邸宅は、格式高さの裏にどこか陰鬱な空気を纏っている。

「この部屋は、遺体が無いこと以外は発見当時のままの状態だ」

 家城警部はホームズを部屋に案内しながら言った。

 ホームズは部屋に入り、羽織を脱ぎ捨てると、床に膝をつき、時に這うような姿勢で絨毯の繊維や家具の脚元を凝視し始めた。

「この部屋は定期的に掃除されているね」

「主人以外に、この部屋へ日常的に出入りしていた人物がいるようだ」

 すると家城が

「住み込みの女中で、彼女が第一発見者だ」

「彼女が買い物から戻った時、主人は既にこと切れていた。もちろん、彼女は犯行を否認しているがね」

「奥方は?」

「死別している。確か、5、6年前だ」

 ホームズは立ち上がると、部屋の中央に置かれたテーブルへと歩み寄った。その上には、主を失った飲みかけのコーヒーが残されている。

「被害者はこのテーブルのすぐ傍で倒れていたわけだ。突発的な発作に見舞われたかのように」

「よくわかるな。その通りだ。被害者はもともと心臓病を抱えていて、薬を常用していた。検死の結果も『心臓麻痺』だ。当然、胃の中から毒物は一切検出されていない。だから、一見すればただの病死として片付く話なのだが……」

「だが、君の鋭い刑事の勘が、それを拒んだわけだ」

 ホームズは不敵な笑みを浮かべ、テーブルの脚元、被害者が倒れていたであろう床の一点を指さした。そこには小さな、開封された空の錠剤容器が転がっている。

「家城警部、君のスマートフォンを貸してくれたまえ」

 ホームズは慣れた手付きでスマートフォンを操り、薬を画面に写した。

「ニトログリセリンの容器だね。発作が起きた際、被害者は必死にこれを開けた」

「そうだ」警部は深く頷いた。

「だが、奇妙なことに、被害者の体内からはニトログリセリンの成分が微量も検出されなかったんだ。薬を飲んだ形跡がない」

「実に興味深い、実に不自然だ!」

 ホームズの目が鋭く光った。

「富士屋ホテルの事件と、状況が似ていると思わないか? だから私は女中を疑っているんだ。だが、彼女は一貫して殺しを否定している」

「彼女に動機はあるのかね?」

「あるなんてものじゃないさ!」警部は吐き捨てるように言った。

「取り調べ室での彼女は、長年にわたる被害者からのパワハラやセクハラに対する積もり積もった恨みを吐き出していた。死んでくれてせいせいした、とまで言い放った。……それでも、殺してはいないと言い張るのだ」

 ホームズは顎に手を当て、部屋の中をゆっくりと歩き回った。

「なるほどね……。しかし家城君、もしその女中が犯人だとするなら、この状況は少しばかり『整いすぎている』とは思わないか?」

「整いすぎている、というと?」

「長年の怨恨を抱いていた人間にしては、あまりに冷静すぎる。私はそこに違和感を覚えるね」

「では……」

「少なくとも私は、彼女を犯人とは考えていない」

「彼女はただ、偶然か、あるいは真犯人の罠によって、憎い主人の死に立ち会わせられただけに過ぎない」

 ホームズは再び歩き出し、今度は部屋の隅にある古風な棚の前で足を止めた。彼の鋭い視線が、棚の上に置かれた一つの物品に注がれる。

「ところで家城君。君たちの手に負えない『本命の謎』というのは、そこにある寄木細工の箱だろう?」

「……見抜かれていたか」

「あなたの言う通り中身を確かめたいのだが、どうにも開けられなくてね。重要な証拠品かもしれないから、無理に壊すわけにもいかず、ほとほと困り果てていたところだ」

「女中はこの箱について、何か言ってたか?」

「何も知らないとさ。一度触ろうとしたら、激怒されたそうだ」

「ふむ……。ちょっと見させてもらうよ」

ホームズが箱へ手を伸ばそうとした瞬間、警部が慌ててそれを制した。

「おっと、待ってくれホームズさん。その前にこの手袋をしてくれ」

 差し出された白い手袋を、ホームズは苦笑いを浮かべながら受け取り、両手にはめた。

「寄木細工の箱には、警部のおかげで、少しばかり縁があってね」

と言って、箱の観察を始めた。



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