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姫様は何もしていない

王宮の謁見の間は、静まり返っていた。


重厚な扉が開き、レシティア・パープルが一歩、足を踏み入れる。


その瞬間。


空気が変わった。


並ぶ貴族たちの視線が、一斉に彼女へと向けられる。


尊敬、警戒、畏怖、疑念――


そのすべてが混ざり合った、重たい視線。


玉座の上には、王。


そしてその両脇には、王子や王女たちが並んでいる。


レシティアはゆっくりと進み、規定の位置で足を止めた。


優雅に一礼する。


「お呼びにより参上いたしました」


その声は、いつも通り穏やかだった。


だが。


「……第三姫、レシティア」


王の声は、低く重い。


「近頃の働き、聞き及んでいる」


ざわり、と空気が揺れる。


貴族たちの間に、小さなざわめきが走った。


当然だ。


今や彼女の名は、王都にまで届いている。


“姫が現れた場所から災厄が消える”


“戦わずして敵を屈服させる姫”


“騎士団すら従える存在”


どれもこれも、事実とは微妙に違う。


だが――


(……まあ、間違いではない部分もあるのだけど)


レシティアは内心でだけ、そう思う。


「隣領の件だが」


王が続ける。


「領主が、正式に我が国へ忠誠を誓った」


再び、ざわめき。


それは小さな出来事ではない。


ひとつの領が、より強く王家に結びついたということ。


そして――


「理由は、お前だそうだ」


視線が集まる。


鋭く、試すような視線。


レシティアは、一瞬だけ間を置き。


「……光栄に存じます」


とだけ、答えた。


嘘ではない。


だが、説明もしない。


できない。


(説明したところで、信じられないでしょうし)


沈黙。


そして、その沈黙を破るように――


「陛下」


一人の貴族が前に出る。


年配の男。


その目は、明らかに好意的ではなかった。


「第三姫殿の働き、確かに見事にございます」


言葉は丁寧だが、声音は鋭い。


「ですが――あまりにも出来すぎている」


空気が、張り詰める。


「魔物は一瞬で消え、領は従い、敵は抵抗すらしない」


一歩、踏み込む。


「まるで、最初からすべてが仕組まれていたかのようだ」


疑い。


それを、はっきりと口にした。


周囲の貴族たちも、無言で頷いている者がいる。


当然の流れだった。


あまりに完璧すぎる結果は、時に“恐怖”になる。


レシティアは、その男を静かに見つめる。


怒りはない。


ただ――


(……そう思われても、仕方ないわね)


事実として、結果だけ見れば異常だ。


騎士たちがすべて片づけているなど、普通は想像しない。


だから。


「疑念は、当然かと」


穏やかに、そう返す。


ざわり、と空気が揺れた。


否定しない。


逃げない。


ただ、受け入れる。


その態度が、逆に場を支配する。


「ですが」


一拍。


「結果は、すでに出ています」


視線が、まっすぐに男を射抜く。


「民は救われ、被害は止まり、領は安定しました」


静かな声。


だが、その一言一言に重みがある。


「それ以上に、何が必要でしょうか」


沈黙。


男は言葉を失う。


正論だった。


完璧な結果の前では、疑念は弱い。


そして。


「……見事だ」


王が、口を開く。


「その通りだ。結果こそがすべて」


その一言で、流れが決まった。


先ほどの貴族は、悔しげに一歩下がる。


(……助かったわね)


内心で、ほっとする。


そのとき。


「では、もうひとつ試させていただきたい」


別の声が響いた。


今度は若い男。


王子の一人だった。


その目には、はっきりとした興味がある。


「近頃、国境付近で不穏な動きがある」


周囲の空気が変わる。


政治の話だ。


「敵国の兵が、こちらを探っているとの報告もある」


一歩、前へ。


「第三姫。あなたなら――どうする?」


試されている。


知略か、力か、それとも――


レシティアは、ほんの一瞬だけ目を閉じる。


(……どうする、ではなく)


(もう、動いているのよね)


背後の気配。


控えている騎士たち。


すでに情報は集まり、状況は整理され、対処は始まっている。


ならば。


目を開く。


「――静観いたします」


ざわめき。


意外な答えだった。


「動けば、相手に理由を与えます」


淡々と続ける。


「ですが、動かなければ――相手は動きにくい」


視線を王子へ向ける。


「その間に、こちらは備えることができます」


静かな論理。


だが。


それだけではない。


「……なるほど」


王子が、わずかに笑う。


「すでに“備えている”のだな?」


レシティアは、ほんの少しだけ微笑んだ。


否定も、肯定もしない。


だが。


その沈黙が――答えになった。


ざわめきが、広がる。


「すでに動いている……?」

「まさか、そこまで……」

「やはり姫様は……」


(……ええ、そういうことになるわよね)


実際には、騎士たちが勝手にやっているだけだ。


だが。


それは、口にしない。


王は、しばらく黙っていたが――


やがて、ゆっくりと頷いた。


「よかろう」


その一言で、場が締まる。


「第三姫レシティア」


視線が、まっすぐに向けられる。


「国境の件、お前に任せる」


決定だった。


ざわめき。


驚き。


そして――


納得。


誰も、反対しない。


できない。


ここまでの“結果”を見せられては。


レシティアは、深く一礼する。


「承知いたしました」


その背後で。


騎士たちが、静かに動き出していた。


すでに次の戦いは、始まっている。


そして王宮でもまた。


姫様の誤解は――


さらに大きく、確かなものになっていく。


(……本当に、何もしていないのだけど)


その本音だけが、静かに沈んでいった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけたなら、感想やフォロー、SNSでの応援など大歓迎です!

姫様も、たぶん紅茶片手に「ありがとうございますわ♪」と微笑んでくれるはずです。


それでは、次の物語でまたお会いしましょう。

姫様、御覚悟を──

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