喪失
その瞬間、白銀の光が爆発的に拡がり、そして刹那の後に一気に収束した。
と同時、レックスの詠唱が完了。禍々しいまでの魔力がその手に集まる。
「これが私の最高の魔法です! 灰も残さず消え去りなさい! エンシェントフレア!」
漆黒の業火がレックスから放たれる。
大気を焼き付け、大地を熔かしながら突き進む。
触れるだけで存在すら燃やし尽くされる炎がクロノとルキアを呑み込む。
そして直撃すると、渦を巻きながら天を貫く竜巻となり、二人を責め立てた。
「く、くくくっ。何をしようとしていたのかは分かりませんが、この獄炎に掴まれば全ては無に帰します」
レックスは二人の終わりを告げる。
しかし、何故か冷汗が一向に止まらない。
あの炎の中では何も出来ない筈。
何も出来ないどころではない。
何も残らない。
そう思う。
そう確信する。
だが、本能はひたすらに警鐘を鳴らしている。
「なにが」
拳を震わせながら叫ぶ。
「何があると言うのです! 二人は死んだ! 死んだのです!」
自分に言い聞かせるように、叫ぶ、叫ぶ。
「死ん……」
何度目かの叫びの時、黒い竜巻に変化が起こった。
まるで、苦しむように身をよじる。
そして、黒い竜巻は霧散した。
「ば、馬鹿な」
ありえない。
そう続けようとして声が出なかった。
そこには、一人の騎士が佇んでいた。
黒い髪の長身の男。
さっきまでの怪我は嘘のように消えていた。
まるで戦いが始まる前に戻ったかのように。
ただ違うのは、持っている剣。
三日月型の無骨な大剣ではない。
白銀に煌めく彩飾が施された美しい剣だった。
刀身は、かの姫君の髪のような輝きを湛えている。
あまりにもの美しさに、その場にいる人間全てが見惚れ、心を奪われていた。
ただ一人は抗う。
「貴様、その剣はなんなんです! ルキア姫を何処へやった!」
レックスは声を荒げる。
己を保つために。
レックスの言葉に、クロノはそっと剣を翳した。
「こちらに」
慈しむように哀しむように答える。
「まさか、剣になったとでも言うのか!」
こくりと、首肯するクロノ。
レックスはさらに叫ぶ。
「馬鹿な! そんなこと信じられるものか!」
レックスは信じない。
それはルキアが剣へと化した事ではない。
その剣から滲み出る、有り得ない魔力をだ。
「信じようが信じまいが、この御剣がルキア様だ」
クロノは切っ先をレックスへ向ける。
それだけで強大な魔力の重圧がレックスの心を圧迫する。
「認められるか! 認められるものかァ!」
レックスは激情にかられるままに魔法を打ち出す。
次から次へと思い付く限りの魔法を編み上げる。
クロノは無言のまま剣を振るう。
それだけでレックスの魔法は掻き消されていく。
「馬鹿な。馬鹿なぁ馬鹿なあああ」
もはや冷静な皮肉屋の男などそこにはいなかった。
クロノはそれを憐れむ瞳で見ると、剣を構える。
レックスへ向けて足を踏み込む。
「ははは、ははははは、ははははははははははははははははははははははははははははははは!」
レックスは狂ったように笑う。
「無駄だ! そうだ! 私にはこれがある! 何物をも通さぬ絶対的な防御障壁! これさえあれば私は負けぬ! この障壁は絶対に敗れない! 絶対だ! 絶対なのだ! ふひひひはははあひ」
その言葉にもクロノは感情を動かすことなく、剣を振りかぶる。
「遺す言葉は、あるか?」
ただそれだけを聞く。
「そんなものなどない! 私は死なん! これが有る限り私は無敵! 無敵なんだよ!」
「そうか」
クロノは一歩でレックスまで迫ると、真上から真下へ、ただ剣を振り下ろした。
全員が息を飲む。
何も起きない。
「ふ、ふひひ、ひひひひひ! やはり! やはり私の障壁は完璧だ! 斬れなどするものか」 レックスが高らかに笑う。
しかし、次の瞬間レックスの頭に亀裂が走る。
「はえ?」
その亀裂は一直線にレックスを二つに分かつ。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁぁぁぁぁあ!」
それを断末魔に、レックスはその命を終えた。
「ルキア様、倒しましたよ。貴女のお陰で、私は生き延びることが出来ました…」
クロノは剣に語りかける。
「しかし、何故…何故貴女が犠牲になり私がのうのうと生き延びてしまったのか」
クロノの目には涙が溜まっていた。
「貴女を、護ると誓ったのに。貴女と未来を作ると約束したのに。貴女の傍にずっといると…」
クロノは膝を折り、剣を抱きしめ、泣き崩れる。
「う、ああ、あ。ルキアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その叫びは国中に響いた。
こうして国を脅かす存在は、ルキアという犠牲をもって討たれた。
人々の心に大きすぎる喪失感を残して。




