エピローグ
「じゃあ、父さん悪いけど」
「あぁ、気にするな」
レックスとの戦いから数日が過ぎた。
危惧されていたロギディア国からの戦争は始まらず、膠着状態が続いていた。
それはレックスの行動の殆どが独断専行であったこと、
そして国内でも最高位の実力者であったレックスが倒されたこと、
主にその2点が開戦に踏み切られない理由であった。
だが、お互いに今までのように不可侵を続けるわけにはいかなかった。
ロギディアの悪意を知ってしまったから。
レグレータの戦力の強大さを知ってしまったから。
もはや無関心の隣人ではいられない。
今は始まっていないだけで、遠からず戦争は勃発するだろう。
クロノはその前に旅に出ることを決意した。
ルキアを人間に戻す方法を見つける旅に。
「シィル様もお気をつけて」
「うんまぁ、クロノがいるから大丈夫でしょ」
ルキアの剣化はどう考えてもシィルの研究が原因だった。
クロノはレックスを倒した後、動けるようになってすぐシィルの研究所を訪ねた。
「ルキア様を元に戻す方法を教えて下さい」
クロノの問いにシィルは、
「残念だけど、知らないわ」
感情の乗らない平坦な声で答えた。
「ーっ!」
直後、シィルは胸座を掴まれたまま壁に叩きつけられた。
シィルを持ち上げるクロノの目には明確な殺意と憎悪が溢れていた。
「貴女はっ! 妹を自分の研究の犠牲にして! 平気なんですか!」
「……前にも言った通りよ。私が大事なのは研究。貴方達は二の次よ」
「ーーっ!」
力任せに投げ飛ばされたシィルは机や資料を巻き込みながら、部屋の反対側の壁に叩きつけられた。
「貴女は最低の人でなしだ」
クロノは倒れるシィルを憎しみと侮蔑の目で見下ろす。
「……そんな事は言われなくても知ってるわ」
まるで吐き捨てるように呟かれた。
「でも、答えを出すには早計過ぎるわ、クロノ」
「どういうことですか」
「私はさっき『知らない』と言ったのよ」
「それが何か?」
「分からない? 『ない』とは言ってないの。『知らない』と言ったのよ」
その言葉の意味を瞬時に理解し、クロノは縋り叫んだ。
「じゃあ、まだルキア様を元に戻す方法が!?」
興奮するクロノに対し、シィルはあくまで冷静に冷徹に辛辣に。
「分からないわ。あるかもしれないし、ないかもしれない。 ただ、可能性という点で見れば、という話よ」
それはまさに天から垂らされた一本の糸。
「この国の魔法史をいくら調べても、人を物質化する外法なんてただの一片すらも見つからなかったわ。そういった発想自体が存在した形跡がない。この国では有り得ない魔法形態」
「それは、つまり」
「そう、外部から持ち込まれた魔法の可能性が非常に高い。いいえ、断言しても良いくらいよ。 この魔法は、間違いなくレグレータ国外で生まれたものよ」
シィルは身を起すと、無事な机の上から1枚の資料を手に取った。
「初代国王は若い頃に見聞の旅に出たことがあるらしいの。 そこで他国の政治を知り、自国の政治がおかしい事に気がついたんだけどね。 まぁ、そんな事はどうでもよくて、つまりはこの外法は文字通り、外の魔法なのよ。 彼が旅の途中で見つけた、あるいは知った術なの」
「じゃあ、もしかしたら……」
「そ、物質化魔法を手に入れた原因に辿り着けば、もしかしたら解呪の方法も見つかるかもしれない」
それを知ったクロノは傷も治りきらぬまま、旅支度を始めた。
国王とグラフに事情を説明し、シィルに同行の約束を取り付けた。
シィルを連れて行くのは、初代国王の旅の足跡をある程度研究によって把握しており、また物質化魔法についての知識も有している。
実際、あまり魔法が得意でないクロノが物質化魔法まで例え辿り着けたとしても、術式が理解できないという可能性は非常に高い。
その為の研究者。
元より研究第一のシィルは嬉々として承諾したが。
「シィル様を、ルキア様を頼んだぞ、クロノ」
「あぁ、絶対に解呪方法を見つけて戦争が始まるまでに帰ってくるよ」
強く握手を交わすと、名残惜しそうに、しかし前を向いてクロノは歩き出す。
その想いを決して忘れないように、強く胸に秘め…




