望まれた結末
クロノは右手首から僅かに飛び出ている小さな輪っかを引っ張った。
すると、グラフに向かって勢いよく右手首から小さな玉が飛び出る。
「むっ!?」
グラフはそれが直撃する前に反応し、咄嗟に剣で弾く。
弾かれた玉が砕けた瞬間、閃光が辺りを包む。
夜中の暗い中、急激な光でグラフを始め近くにいた人間の目が眩む。
クロノはその間にグラフの間合いから離脱、体勢を整える。
目が回復する頃には、クロノとグラフの距離は再び開いていた。
「クロノ、今の業は…何故お前が? まさか、お前が匿っていた子か?」
「そうだよ。俺はこういった小細工が苦手だからね、心配したあいつが仕込んでおいてくれたんだ。というか、やっぱり気付いてたんだ?」
クロノの言うあいつ。
それは黒衣の男のことだ。
当然グラフには話していない。
「私が気付かないわけなかろう?」
「確かに、ね」
いくらクロノがしっかりしていても、人間を一人匿うことは容易ではない。
奴隷と言えども、名目上は被雇用者だ。
クロノの行いは人道的に正しくとも、法律上は拉致監禁になる。
グラフは知っていて黙認していたのだ。
「やっぱり父さんには敵わないな」
「ならば、ここで諦めるか?」
グラフの問いに対し、クロノはルキアを一瞥すると、答えた。
「まさか!」
力で駄目ならばスピードで勝負。
クロノはそう考えた。
目にも止まらない、いや、目にも映らない程の速さでグラフを狙う。
連続するやたら大きな足音だけが響くが、クロノの姿が全く見えない。
グラフは剣を構え、襲撃に備える。
唐突に、大きな火花が散った。
クロノの剣とグラフの剣がぶつかり合ったのだ。
しかし、クロノは動きを止めようとせず、姿は見えないまま。
その後も幾度も剣がぶつかり合うが、互いに決定的な一打が入らない。
(このままではジリ貧か)
クロノは同じ事を続けても、グラフには届かない事を悟っていた。
逆に自分の体力が尽きてしまう。
(なら、覚悟を決めるしかない!)
次の一手を繰り出すべく、クロノは剣を握り直してグラフへと突っ込んだ。
「おおおおお!」
一際大きな金属音が辺りに弾ける。
「うおおおおおお!」
そして次にクロノが取った手段は、手数での勝負だった。
気合いの声と共に幾つもの斬激がグラフへと降り注ぐ。
「ぬぅ!?」
そのあまりにもの重圧にグラフの顔から余裕が失せる。
実力で言えばグラフが強いことは確かだが、単純な身体能力だけで言えばクロノが上回っている。
クロノはそれを生かし、速さと力と体力でグラフを圧倒する。
グラフは遥かに上回る技術と経験でそれを悉く防ぐ。
あまりにも早過ぎる切り合いのため、周りにいる者達には金属音が繋がって聞こえる。
(もっと速く! もっとだ!)
自身の体にさらに負担をかけ、速度を上げるクロノ。
このままではまずいと思ったのか、グラフは次の一手を見せた。
僅かに出来た隙、本当に自然に作られた隙。
クロノの剣を誘い出す餌。
反射のようにクロノはその隙を狙って剣を振り下ろした。
敗北に繋がる罠へと。
クロノの大剣はグラフに到達する事なく、虚しく空を切った。
「終わりだ」
グラフは勝利の宣言と共に、その切っ先をクロノの腹部へと突き刺す。
しかし、息子を殺さずに済むならそうしたい。
その気持ちが剣を押し進ませずに、切っ先が1cm程刺さった所で止まった。
罠は見事に嵌まった。
あとはクロノへ降伏を勧告するだけ。
そう思っていたグラフを驚愕の出来事が襲う。
「ぐぅ!」
クロノはそこから一歩踏み込んだ。
体にさらに剣が入っていく。
クロノは手が届く距離まで踏み込むと、武器から手を離し拳を握る。
「なっ!?」
グラフは咄嗟に剣を抜こうとするが、腹筋で固定されているせいで剣は全く動かない。
その一瞬の間が命取りとなる。
「うがぁぁあ!」
クロノはその拳を全力でグラフに叩き込んだ。
防御もなしにクロノの拳を食らったグラフがたたらを踏んで後退する。
その隙にクロノは自身に刺さったままの剣を引き抜き、グラフを逆袈裟に斬り上げる。
「ぐぁ!」
致命傷ではないにしろ、戦闘不能の傷を受け、グラフはそのまま倒れた。
「はあっはあっ」
荒れた息をそのままにクロノはグラフを見下ろす。
「ク、クロノ…」
その姿を見たグラフは、比較的穏やかな調子で息子の名前を呼んだ。
「まさか、私を、罠に、嵌めるとは、な…」
「父さんを、誘い出す、には、撒き餌は、大きいものじゃ、ない、とね」
息も切れ切れに、クロノは自慢げに返す。
「肉を、斬らせて、骨を、断つ、か…。口で言う、のは、簡単、だが、実際に、やって、しま、う、とはな」
「父さん、これで、1勝500敗くらい、かな?」
「ははっ、随分重い1敗をくれたもんだ」
息子が父を超えた瞬間。
グラフの顔は負けたと言うのに、満足げだった。
グラフと言葉を交わしたクロノは、次は王へと顔を向けた。
「それでは、行かせていただきます」
頭を下げる。
「そうだな、私にはもう止める術はない。行くといい」
クロノが王に背を向け、歩きだした所で、もう一つ言葉が続いた。
「私の愛娘を頼んだぞ」
「はい」
少し、涙声でクロノは答えた。
「父様、ごめんなさい。それと、今までありがとう。父様の娘に生まれて私は幸せでした」
クロノの傍まで駆け寄ってきたルキアが、父親に最後の礼を言う。
「あぁ、私も幸せだったよ」
王は穏やかな笑顔で二人を見つめた。
クロノとルキアは互いを支え合うように、歩き出す。
二人を囲んでいた兵達も道を開け、また意識を取り戻したアニエスも二人を優しい気持ちで見送る。
誰もが、この結末を望んでいたように。




