立ちはだかる壁
「アニエスは優し過ぎると思うんだ。私を倒す機会なんていくらでもあったのに、出来るだけ痛い目に合わないようにしてきた」
「それは、ルキア様が傷付く姿を見ることが忍びないからです」
「ありがと。でもゴメン」
「あくまで戦い続けるということですか?」
「うん、それもあるけど。もう一つ意味があるの」
「もう一つの意味、ですか?」
「そう、結局私だけじゃ駄目だったから」
「それはどういう……はっ!?」
ルキアの言葉の意図を察したアニエスだが、もう遅かった。
次の瞬間にはアニエスの体は強烈なボディブローで宙に浮いていた。
「がはっ」
アニエスの目に映るのは、黒い髪の青年。
クロノの姿。
宙に浮いた状態のアニエスへ、クロノの鋭いハイキックが見舞われる。
ほとんど無防備の状態で蹴り飛ばされたアニエスの体は、数十メートルはノーバウンドで飛び、更に数メートル地面を転がった。
「ゴメンね、アニエス」
倒れたまま動かなくなったアニエスに、ルキアが小さく呟いた。
「ルキア様! ご無事ですか!?」
「うん、大丈夫。アニエスがなんだかんだで手加減してくれたから」
「そうですか」
クロノはアニエスに視線を移すと、悲しそうな表情になる。
「不意打ちは気分のいいものではありませんね」
「仕方ないよ。アニエス相手に余裕なんて見せてられないもの」
2人はお互い心の中に苦いものを感じ、押し黙った。
数秒の沈黙を経て、クロノが口を開いた。
「ではルキア様、行きましょう。立てますか?」
「うん、平気」
そしてクロノがルキアの手を取り、立ち上がらせようとした時、
「クロノ!!」
城から怒声が響いた。
その声を耳にした2人の顔に緊張が走る。
ゆっくりと城内から声の主が姿を表す。
近衛騎士首席にして王国騎士団団長、そしてクロノの父。
単純な言葉で表すならば、
『王国最強』
「父さん」
「グラフおじ様」
「クロノ」
グラフは息子の名を呼ぶと、腰に差してあった剣を抜いて構える。
「正直、お前の行動は父としては応援してやりたい。が、残念ながら私は父である前に騎士だ」
クロノも対応するように剣を構える。
「お前は騎士であることよりも、男である事を選んだ」
「そうだね。どうしてもルキア様を手放すことが出来なかったんだ」
「その判断自体を間違いだとは言うまい。だがしかし、道は険しいぞ? お前はルキア様を守りながら、その道を歩む覚悟があるか?」
「なければ、こんな事しないさ」
「確かにな。ならば、その覚悟を私に見せてみろ!」
グラフは叫ぶと共に、殺意の篭った気合いをクロノにぶつける。
クロノも負けじと、足に力を込め、正面からグラフと睨み合う。
ここに、王国で1、2の実力を持つ親子の闘いが始まった。
身の丈程もあるクロノの大剣とは違い、グラフの剣はむしろ通常より僅かに短い。
形状もいたって普通の両刃の剣だ。
並の剣ではクロノの一撃は受けきれず、折れる。
「おおおおおおおおおお!」
クロノが雄叫びと共に突進する。
数十メートルはあった距離が一瞬でゼロとなる。
渾身の一降り。
クロノの三日月を模した大剣は大上段から真っ直ぐグラフへと振り下ろされる。
神速の突進と、圧倒的な膂力をもってして放たれるそれは、単純に剣を振り下ろすだけで必殺の威力となる。
その一撃に対し、グラフは受け止めるように頭上で剣を横に構える。
そして、高らかな金属音が鳴り響き、同時に激突時に発生した衝撃波が辺りに撒き散らされる。囲むように陣取っていた兵の何人かが、その衝撃波に耐え切れずに吹き飛ばされた。
「きゃあ!」
座り込んでいたルキアも思わず目を閉じて体を硬くし、飛ばされないように踏ん張る。
そしてルキアが再び目を開いた時には、すでに二人の闘いは決着していた。
「クロノ!」
膝をついたクロノと、首に剣の切っ先を添えるグラフ。
その形のまま互いは睨み合っていた。
二人の勝負は一合で決まった。
振り下ろされたクロノの剣を、グラフがいなしてそのまま剣を向けて終わり。
あまりにも呆気ない闘いではあったが、正直あの一撃をいなした上に即反撃に移れるのはグラフだけだ。
身動きの取れない状態になった所で、城内からもう一つの人影が出てくる。
「と、父様?」
酷く悲しそうな面持ちで、王は二人の前に姿を表した。
「ルキア、クロノ、済まないな」
一言目は謝罪。
「お前達の気持ちは知っていた。にも関わらず私はそれを見て見ぬふりをして、こんな事態を招いてしまった。これは私の責任だ」
王は本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「王……」
今まで王の最も近くで姿を見ていたグラフは、その心痛を知っている。
だからこその隙。
隙とは言ってもほんの僅か。
とてもこの場を離脱することなど出来ない。
しかしクロノはその隙を突く。




