白百合の騎士
ルキアはアニエスへの強気な発言の後、小声で何かを呟いた。
するとルキアの持つロッドの先端の宝石の輝きが白から緑色に変わる。
「?」
その変化にアニエスは少し躊躇うと、ルキアへ二撃目を見舞うため、動いた。
先程と同じように背後へ回って切り付ける。
だが薄皮一枚裂く程度に収める。
それがアニエスが考えたことだった。
実際、アニエスはなんなくルキアの背後を取れた。
しかし、
「残念でした」
ルキアは攻撃が来る前にアニエスへと振り返り、ロッドでの防御に成功した。
金属と金属がぶつかり合う耳障りな音が響く。
「ほらね。残念だけど、もう当たらないよ」
ルキアは得意そうな顔でアニエスを見た。
「一回だけなら、たまたまということもあります」
アニエスはそれだけ返すと、三度切り付けた。
次はロッドを持たない左側から切り上げる。
しかしまたしてもルキアのロッドはアニエスの剣を弾く。
ルキアは剣を弾いたあと、アニエスが不思議に感じて硬直した一瞬の隙に距離を取り、また何かを呟いた。
すると緑色に輝いていた宝石は、最初と同じ白く輝きはじめた。
「圧縮率10%、拡散誘導、ホーリーレーザー!」
クロノを助けた時と違い、今度は直径30cmくらいの細い光線が、10に分かれて放たれた。
それらは曲線を描きながら、一度にアニエスへと殺到する。
しかし、アニエスは余裕を持って着弾予想地点から離脱。
「そんな風に、ただ魔法を撃つだけでは当たりませんよ」
「そうだね。でもこれは、そんなのんびりしてると危ないよ?」
そして白い光線はアニエスがもといた場所へ着弾する瞬間、急にその軌道を変え、後ろへ下がったアニエスへと向かう。
「なんですって!?」
虚をつかれながらも、アニエスは横へと大きく移動して回避する。
「まさか、これは」
「そ、これは目標に当たるまでひたすら追跡するの」
ルキアの言った通り、光線はさらに軌道を変えてアニエスへと襲い掛かる。
「くっ」
速度は大したことはないが、さすがに10もの数が追跡してくるとなれば、避けるのはたやすくはない。
「はぁ!」
そして、避けきれなかった1つを無理矢理剣で弾き飛ばす。
思った以上の衝撃に僅かに手が痺れる。
「いまよ!」
ルキアはそれをチャンスと感じたのか、ロッドをアニエスへと向ける。
すると大きく孤を描いていた光線が急激に方向を転換し、アニエスへと降り注いだ。
9つの光線が落ちたことで、地面はえぐれ、盛大に砂埃がたっていた。
「倒した、かな?」
殺したくはなかったため、威力は抑えてあるが、あれだけの数をまともに受ければ少なくとも戦うことなど出来ないはずだ。
ルキアはそう思い、砂埃の中心を注視していた。
「ルキア様、油断大敵ですよ」
その声はすぐ目の前から聞こえた。
「え?」
ルキアが気付いた時には既にアニエスの膝が腹部にめり込んでいた。
「っっっぁぐ」
悲鳴も上がらず、滲み出たような声が喉から漏れる。
立ってなどいられず、ルキアはがくりと地面に膝をついた。
「な…」
顔だけを上げながらアニエスを見る。
「ふふふ、ルキア様よく言うでしょう? 勝ちを感じて気が緩んだ時が危ないって」
妹を叱る姉のように、ルキアに苦言を呈するアニエス。
なんで当たってない?そう問いたいルキアだが、腹部を痛打された苦しさで声が出ない。
「なんで無事なのかって思ってます?」
アニエスはその気配を察し尋ねると、ルキアは首をこくりと動かした。
「簡単なことですよ。ほら、私の姿をよく見てください」
アニエスはそう言うと、一歩前へ出てルキアに近づいた。
すると砂埃で少し霞んでいたアニエスの姿がよく見えるようになる。
アニエスの身体は所々砂埃で汚れているが、全体的には綺麗なものだった。
一部分を除けば。
「手」
「はい、私平気そうにしてますが、実は凄く痛いです」
アニエスの右手がボロボロになっていた。
皮膚は焼け爛れ、とめどなく血が流れ、骨は折れて突き出ている。
「全部、右手、で受け、た?」
「えぇ、全部じゃないですけど、5発は腕で1発は剣で後は外れました。右手はもう使えません。でも本体が動けなくなるよりはマシでしょう?」
いとも簡単に言い放つアニエスにルキアは戦慄した。
彼女は自身の一部を犠牲にすることに躊躇いなどない。
その騎士としての忠誠心は、護られていた時は頼もしく思ったが、敵に回すとなるとそれがこれほどまでに恐ろしい。
勝てるの?
こんな人に、勝てるのだろうか?
ルキアの心は大きく揺れ動いていた。
「ルキア様、ここで諦めて下さい。今ならまだ私は貴女を傷付けずにすみます」
その様子を見て、アニエスは再びルキアを諭すために、優しく話し掛ける。
「ダメ」
しかしルキアは頭を振って、自分の中の弱音を追い出す。
(仮に私が戻って許された所で、クロノは絶対に許されない。いくら近衛騎士と言っても、死罪は免れない)
「ごめんね、アニエス。やっぱり私は引き下がれないの」
ルキアはしっかりとした目付きでアニエスを見る。
「そうですか」
アニエスは残念そうに目を伏せると、すぐさまルキアへと向き直り、
「では、無理矢理にでも戻ってもらいます」
ルキアを気絶させ、連れていく。
その為に、アニエスは左手に力を込めた。




