懸けるもの
「ルキア様、私と戦うとは本気ですか?」
アニエスが心配そうにルキアに問う。
「うん、悪いけど本気だよ」
「そうですか。戦うということは、私に勝つつもり、ですよね?」
「負けるつもりで戦うわけないでしょ。それに、魔法戦なら私の方が勝ち越してるんだから!」
ルキアとアニエスは国でも一、二を争う魔法の使い手で、今まで幾度かその技量を比べてきた。そしてその戦績は、明らかにルキアが勝っている。
「確かに、魔法戦においてはルキア様が上でしょう。ですが」
アニエスの言葉はそこで途切れ、
「私は騎士でもあることをお忘れですか?」
言葉の続きはルキアのすぐ後ろからだった。
「え!?」
ルキアは咄嗟にロッドを楯代わりに構える。
「きゃあっ」
アニエスの振った剣と、アニエスが持つロッドがぶつかり合い、ルキアはその威力に押されて後方へと弾かれた。
「今のはわざと防がせましたが、次はありませんよ」
魔法と剣術は両立出来ず、片方に特化した方が良い。
それは長らく騎士の間での常識だった。
両方を取れば、結局はどちらも中途半端になってしまい、かえって弱くなる、と。
アニエスはその常識を覆した初めての騎士だった。
元ある才に加え、日々のたゆまぬ研鑽によって、魔法はもとより剣の腕だけでも近衛騎士級となった。
だからこその三席。
騎士の中でも特別な近衛騎士においても、さらに上位三人は別格である。
それが今の彼・彼女らの評価だ。
そんな彼女を相手にしたルキアの勝率は限りなく0に等しかった。
しかし、ルキアの目に光る力は曇らない。
「いまの一撃で決めなかったこと、後悔させてあげる」
その目に対しアニエスは、子の成長を目の当たりにした親のように少し微笑むと、
「ふ、いいでしょう。後悔、させてみせて下さい」
そう返して、二撃目を繰り出した。
「よお、クロノ。いいのかい? アニエスを姫さんに任せちまって。勝てるわけねーぜ」 「ルキア様が任せろ、とおっしゃったのだ。お任せするしかないでしょう。それに」
「それに?」
クロノは余裕の表情を浮かべて答えた。
「貴方達をすぐに倒して、助けに行けばいいだけです」
その台詞にワイアードの怒りが頂天に達した。
「ぶっ殺す!」
そしてその手に構えたハルバートを豪快に振り回す。
その後ろでスミスが剣を構える。
避けたらすぐさま切り掛かる為に。
しかし、
「な、にぃ!?」
クロノは避けなかった。
真っ向からその一撃に立ち向かい。
受け止めた。
「腕力に自信があるのは、貴方だけではないんですよ」
クロノは澄ました顔で告げると、強烈な蹴りをワイアードに見舞った。
「ぐぁあっ!」
驚きで身体が硬直していたワイアードはダイレクトに蹴りを受けて吹っ飛んだ。
「ふっ」
スミスはその光景に動じることなく、クロノの蹴りの隙を付いて背後へ回り、突きを繰り出した。
次の瞬間、スミスの顔に肘がめり込んだ。
「っが!?」
思わぬ反撃に、スミスは膝を地に付けた。
僅か一合で、二人の近衛騎士は地に伏すこととなった。
「ぐぅ、まさか、ここまで」
スミスが信じられないものを見るかのような顔でクロノを見上げる。
圧倒的過ぎる。
いくら序列が上だとは言ってもここまでの力の差があるとはスミスは思っていなかった。
二人がかりならもっと時間が稼げる、あるいは勝つことも可能だと考えていた。
しかし、三席のアニエスの援護がなくなった瞬間に二人は敗北した。
それは、つまるところクロノ対近衛騎士三人ではなく、クロノ対アニエスであったと言える。 「宣言通りでしたね。では私はルキア様を助けにいかせていただきます」
倒れる騎士二人を一瞥すると、クロノは踵を返す。
だがその足はすぐに止められた。
「ワイアードさん、まだ立つのですか?」
蹴り飛ばされたワイアードがクロノの前に立ち塞がったからだ。
「先程の感触から肋骨がいくらか折れているはずです。無理をすれば折れた骨が内臓に刺さって死にますよ?」
「クロノよぉ」
ワイアードは意外にも落ち着いた声で返答する。
「騎士がよぉ、死ぬくらいで王命を諦められると思ってんのか?」
「たまにはいいこと言いますね」
ワイアードに当てられたのか、膝を震わせながらもスミスが立ち上がった。
「クロノぉ、騎士にとって譲れねぇものってのあんだろ?」
「それは、自身の命より大事なんですか?」
「あぁ? 何眠いこと言ってんだ? 命だぁ? 忠誠と誇りはよぉ、命より重ぇだろうがよぉ!」
それは咆哮だった。
周囲の空気を震わせ、己を鼓舞する力を持つ叫び。
「命を賭して、王命を果たさずして何が騎士でしょうか。曲げて失われるものは、命以上の価値を持ちます」
静かに闘気を漲らせながらスミスが顔を上げる。
「なるほど、確かに納得しました。だが、私のルキア様への忠誠と想いは決して譲れはしません。申し訳ありませんが、改めて倒させていただきます!」
クロノから殺気が溢れ出る。
少し前のクロノは二人を倒しはしても殺す気などなかった。
しかし、二人の覚悟を聞いたいま、そんな甘い考えは消し去った。
「ぅおりゃあああ! 岩杭撃ィィイ!」
ワイアードが地を割るほどに強く踏み込み、ハルバートを振り下ろす。
それは地を砕き、亀裂を走らせるほどの重い一撃。
それをクロノは右へ跳躍しかわす。
「逃がしませんよ! 白時雨」
スミスはクロノを追いながら、雨の如く突きを繰り出す。
「はぁ!」
しかしクロノはそれを大剣の一薙で打ち払う。
「まだまだぁ! 旋風槍ォォオ!」
その隙にワイアードはハルバートを風車のように振り回しながら、追撃する。
唸りを上げて風を裂く様は、竜巻を彷彿とさせるほどに荒れ狂う斬撃だ。
それを紙一重で避けながら、クロノは呟く。
「濁赤。圧縮―回り留れ―巻束―爆ぜろ。フレイムプレッシャー」
魔法の発動と共に手の平をワイアードの胸へと当てる。
そこから圧縮された炎が解放され、小規模な爆発を起こす。
「っっっ!」
折れた肋骨に強い衝撃を与えられたワイアードは、視界が明滅し、体勢を大きく崩す。
「爽緑。真空―薄延―鋭く―鋭く―断劾―切り裂け。エアストライク!」
倒れるワイアードの影からスミスが飛び出し、魔法を発動させた。
スミスの周囲から発生した鎌鼬が左右からクロノへ殺到する。
「ここ!」
鎌鼬の軌道を一瞬で把握したクロノは前方の地面スレスレを通り回避。
「おおおおおぉ!」
魔法発動直後のスミスへ大剣を叩き付ける。
剣と剣がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。
しかし膂力で圧倒するクロノの剣撃を受け止めきれるはずもなく、スミスは大きく弾き飛ばされる。
そのため、一時クロノとワイアードの一対一の状況が作られた。
肋骨の痛みによる目眩から回復したワイアードの視界に映ったのは、自分に肉薄するクロノ。 「ちぃっ」
咄嗟に腕で振り払おうとするが、虚しくも空を切るのみ。
「今度こそ、寝てもらいます」
クロノはそう告げると、密着状態から肘や膝や裏拳を使い的確に急所を殴打し、最後に顎を掌底で打ち抜いた。
ゴキリ、と嫌な音がワイアードの首から鳴る。
「…ぁ」
声にもならない音を最後に零し、ワイアードは白目を剥いて倒れた。
「ワイアードォッ!」
そこへスミスが叫びながらクロノへ突進を仕掛けて来る。
全体重を乗せた、全速力の突きをもって。
対してクロノは、落ちていたワイアードのハルバートをスミスに向かって蹴り上げた。
「チッ」
ハルバートを避けたものの、無駄な動作で減速を余儀なくされる。
クロノは威力の落ちた剣の切っ先を弾くと、スミスが防御の姿勢を取る前に切り返す。
鋼の鎧が軽々と裂かれ、スミスの身体は袈裟に斬られた。
「く…そ…」
そうして、近衛騎士二人は立ち上がることが叶わない状態へとなった。




