始まり前夜
ルキアは自室のベッドの上で体を起こし、朝を迎えてすっかり明るくなっている空を見ていた。昨日、クロノとルキアは駆け落ちの約束を交わしたが、準備もあるため決行は次の日となったのだ。
「今日でこの部屋ともお別れかぁ」
感慨深げに部屋を見回すルキア。
しばらく感傷に浸ったあと、勢いよくベッドから飛び出た。
「さぁて、私もやることやんないとね」
ルキアは昨晩クロノから2つの指示を受けていた。
一つは最低限個人的に必要なものを鞄一つにまとめておくこと。
もう一つは、駆け落ちの気配を悟らせないようにいつも通りに過ごすこと。
「いつも通りってことは、暗い顔で挨拶周り、かな? 荷物は挨拶が終わったらサクッとまとめちゃおう」
ルキアは声にだして自分のやることを確認すると、よし!と気合いを入れ、身支度を始めた。
ごくごく機械的に挨拶回りをしている途中で、運の悪いことにルキアとレックスは顔を合わせた。
「レックス、様。ご機嫌よう」
途中で言葉に詰まったものの、比較的慎ましやかに挨拶をするルキア。
「今日も大変お美しいですね、姫君。まるで輝いているようにすら錯覚しますよ」
最近、気分が沈んでいて暗い雰囲気を漂わせていたルキアに対し、しっかり皮肉を送るレックス。
「お褒めいただき光栄です」
しかしルキアは冷静に返す。
(おや?)
そこでレックスは何か引っ掛かりを感じたが、口は開かないままだった。
「御用件がないのでしたら、申し訳ありませんが、まだご挨拶をしなければならない方々がいらっしゃるので、これで失礼いたします」
ルキアは頭を下げると、少し急ぐようにその場を後にした。
一人廊下に残されたレックスは、その後ろ姿を見送ると、微かに笑みを浮かべた。
「昨日までとは違い、目にしっかりと希望の色が出ていましたね。いいですね、希望! 私も大好きです」
そして顔をより醜悪に歪めながら、笑う。
「希望が大きければ大きいほど、絶望した時の表情はなんとも魅力的なものになりますからね」
静かな廊下に押し殺したような気味の悪い笑い声が響いた。
一方その頃、クロノは通常の見回りに加え、旅の準備を少しずつ整えていた。
しばらくはルキア誘拐時に用意されていた隠れ家を使うつもりで、そこには生活に必要なものが一式揃っているため、あまり用意するものはなかったが。
クロノがいつも通り無表情で城内を見回っていると、父であるグラフと鉢合わせた。
「クロノか」
「父さん」
グラフはクロノの気持ちを慮ってか口数が少なく、クロノはそもそもあまり喋らない。
「クロノ、調子はどうだ?」
とりあえずグラフは当たり障りのない質問でクロノの心境を計ろうとした。
「大丈夫。俺は心配ないよ」
そこでグラフはクロノの口調に明るさがやや戻っていることに気がついた。
昨日までは死人のような状態だったというのに。
「じゃあ俺はまだ巡回があるから」
戸惑うグラフを訝しく思いながらも、クロノはその場を後にする。
「あ、あぁしっかりとな」
グラフはそれだけ返すと、離れていくクロノの背中を戸惑いながら眺めていた。




