甘い夜
ルキアはクロノから下りると、すぐ隣に腰掛けた。
クロノも上半身を起こし、2人は並んでベッドに座る恰好になった。
「クロノ。手、握ってくれない?」
ルキアはクロノの手に自分の手を重ねると、甘えるような声を出す。
「はい」
クロノは短く返すと、その手を握った。
「クロノの手、おっきいね」
「男ですから」
「ふふ、そうだね」
「はい、そうです」
少し間抜けな会話をしつつも、穏やかな時間が二人には流れていた。
しかし、そうして気持ちが落ち着くと共に、お互いの頭の中には無視できないものが次々と浮かび上がっていく。
しばしのち、ルキアは意を決してクロノに尋ねた。
「クロノ、私に何か隠してるでしょ? それも、私のために」
「お気づきでしたか」
「うん、クロノって自分で思ってるよりずっと隠し事が下手なんだよ」
「それに気付くのはルキア様ぐらいですよ」
「そうかな? クロノってすぐ顔に出るから分かりやすいと思うんだけど。でも確かに皆はクロノの事を無愛想で無表情だって言うよね」
「普通の人はそうかと」
「ふーん、そういうものかな?」
「そういうものです」
「そか」
「はい」
クロノは一度深呼吸をすると、
「では、もう隠しても仕方ないので、お話します」
「うん、お願い」
「まず、一ヶ月程前にルキア様の部屋へ侵入した男ですが、彼は私の仲間です」
侵入者が仲間。
そのことにルキアは多少驚いたものの、ある程度は予想していた為に、特に動揺はなかった。 「彼は正規の兵士ではなく、私個人の部下でしたし、その存在を誰にも話したことがないので、城内に彼を知る者はいません」
「そうなんだ? でも何で誰にも話さなかったの?」
「彼は、奴隷出身なのです」
「奴隷!?」
ルキアが驚くのは無理なかった。
何故ならこの国では奴隷というのは認められていないからだ。
「いくら法で禁止されていても、全てを止めることは出来ませんから」
「そっか」
「もう8年くらい前になるでしょうか。貴族の元を逃げ出して一人街をさ迷っていた所を保護したのは」
「え、8年前ってクロノまだ12歳じゃない」
「そうですね。誰にも言わずに一人を養うのは大変でしたが、幸いその頃は騎士になりたてでお給金も出てたのでなんとかなりましたが」
「そ、そうなんだ。結構無茶してたのね。でも、何で誰にも言わなかったの?」
「余程酷い目に遭ったのか、彼は出会った当初は全く心を開いてくれませんでした。手を取った私がすぐに他人に任せてしまっては余計に心を閉ざしてしまうのでは、そう思いしばらくは自分で面倒を見ることにしたのです」
クロノは少し懐かしむような目で話している。
「そうだったんだ。でも、結局ずっと一人で匿ってたんだよね? 心は開いてくれなかったの?」
「いえ、時間はかかりましたが打ち解けてはくれました。しかし、逆に打ち解け過ぎた、というか…」
「というか?」
「奴隷を匿っていた私を気遣って、頑なに人の前には出ようとしなくなりました。さらには独学で自身を鍛えはじめ、隠密行動に関しては私を遥かに凌ぐほどになりました」
「それは、ちょっと凄いわね」
「はい。その後は押し切られる形で、私の下で情報収集を行うようになりました。そして与えた任務が、隣国の同行を探ること、でした」
「え?」
ルキアはそこで何かを察してしまった。
彼がそこで、ある情報を手に入れたのではないかと。
クロノはその様子を見て、頷いた。
「お察しの通り、そこで諜報活動を続けていた彼はある日、貴女との婚姻を結ぼうとしている、という情報を得たのです」
「それって、クロノはいつから知ってたの?」
結婚の話が出た為に、ルキアはさっきまでに比べ明らかに元気がなくなっていた。
クロノはその問いに僅かに逡巡し、
「三ヶ月程前です」
はっきりとした口調で答えた。
「じゃあ、あいつが来る二ヶ月近く前から知ってたの!?」
「はい」
「ならなんで、なんで教えてくれなかったの!?」
「申し訳ございません」
責めるような口調のルキアにクロノは暗い表情で俯いた。
「あ」
落ち込むクロノにルキアは俄かに冷静さを取り戻し、自己嫌悪に陥った。
「ごめん、クロノが話さなかったのは理由があるからだよね。ごめんなさい」
「いえ、どんな理由があろうとも結果的に見れば私の判断が間違っていたのは明白ですから」 そして沈黙が二人にのしかかる。
「と、ところで理由って聞いてもいいかな?」
「はい、問題ありません」
「うん、じゃあ教えてほしいな」
「これは正直な所、私の自分勝手な判断によるものだったのですが。少しでもルキア様を傷付けないようにと、誰にも知られないように裏で妨害工作を行っていたのです」
「妨害工作?」
「はい、彼が仕入れた情報を元に隣国の権力者を脅して婚姻を反対させたり、ルキア様を拐わかして婚姻事態を一時的に不可能にさせようとしたり」
「え!?」
そこでルキアが驚きの声を上げた。
それもそのはず。
「どうしました?」
「どうしましたって、いま誘拐とか言わなかった!?」
「はい、言いましたね。婚姻を結びに来ても、当人がいなければどうしようもなくなるでしょう」
しれっと言うクロノにルキアの混乱は増すばかりだ。
「ゆ、誘拐。密室に監禁、そしてクロノに」
混乱は割と危ないほうへと思考を迷走させていく。
小声でぶつぶつ呟くルキア。
「あの、ルキア様?」
訝しんで声をかけるクロノに、ルキアはかなり驚き、
「な、なななな何!? 変な事なんて考えてないよ!?」
言わなくていいことまで口にした。
「は、はあ。そうですか」
「そ、そういえば!」
ごまかすようにルキアは大きな声でクロノに聞く。
「今はずっとルキアって呼んでくれてるよね? どうしたの?」
その質問はクロノに対して、話題のすり替えには最高の効果を発揮した。
クロノは顔を赤くして口篭る。
「そ、それは」
クロノにしては珍しい。
というか顔を赤くしてるクロノ可愛い。
などと考えるルキアの頭は、日々駄目な方向へと成長している。
そして、おずおずとクロノは口を開いた。
「ルキア様を異性として意識し始めてから、自分の立場を弁える為に、姫様と呼んでいたのですが」
「そんな事考えてたんだ?」
「はい。ずっと気持ちを隠していくつもりだったのですが、あんな状況で自分の気持ちを抑えられるほど私は大人ではなかったようで、今はもう開き直る事にしてみました」
あんな状況、つまりルキアが泣きながらクロノの胸にしがみつき、なお好きだと告白してきたこと、だ。
しかもその直前まで、シィルに指摘された気持ちのことで悩んでいた。
正直、恋愛経験の低い人間が自制するのは無理がある。
「そなんだ? でも嬉しいな、両思いだって分かったし、名前で呼んでくれるし…」
ルキアは嬉しそうにはにかみながら話していたが、途中でピタリと言葉を切った。
その理由をクロノも察していた。
そう、ルキアは間もなく隣国へと嫁ぐ。
両思いだろうがなんだろうが、離れ離れになることは決定している。
果てしない喪失感が二人の頭にイメージされる。
しかしルキアはすぐに思い立った事を口にした。
「ねぇ、クロノ。私をさらってみない?」
「え?」
唐突な提案にクロノの思考が停止する。
「ほら、さっきクロノも言ってたじゃない。私を誘拐することを考えてたって」
「確かに言いましたが…」
「だから、連れていってくれない?」
「う、その顔は反則です」
クロノが目を逸らすと、ルキアはしがみつくように身を寄せた。
「やっぱり、人間甘いものを覚えたらダメになるよね。クロノと気持ちが通じたんだってなると、もうクロノ以外に触れられるくらいなら死んだほうがマシだって思っちゃうんだ」
それにはクロノも同感だった。
少し前までは自分を殺して国に尽くすことが出来ただろう。
しかし今は想い合うことの心地良さを知ってしまった。
今はルキアを誰にも渡したくないと思ってしまっている。
自分の気持ちに背いた行動が取れる気がしない。
そう分かってしまった時、クロノは決断した。
「分かりました。二人で国を出ましょう」
この先、この選択を若気の至りだったと後悔するときが訪れるかもしれない。
しかし、この若い二人にとってはこれが精一杯の決断だった。




