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馴れ初め話 ~アレクとメル~ 5


 城に戻り、アレクは再び王子として日々を過ごす。しかし、これまでと違い――


「アレク!……じいや、アレクはどこだ?」

「坊ちゃまはお出かけになりました」

「まさか……また女遊びか!?」

「いえ、人手不足に悩む区画へ赴き、手伝いに行くとのことです」

「そ、そうか……いや、カモフラージュの可能性も……」

「農夫の格好をして城を出て行きましたし、陛下の息が掛かっている兵士も何人か連れていたので難しいかと」

「そうか……」

「それと、こちらなのですが……」

「……なんだ、また請求書か?」

「……少し違います」

「?」

「視察の際に、国が進めている畑の区画にて、農具が古くなって困っているとの意見を聞いたようで、農具の新調要請だそうです……ただ、最終的には陛下の判断を仰ぎたい、とのことです」

「そ、そうか……ただちに進めてくれ」

「かしこまりました」


 アレクは国のために奔走するようになった。

 初めこそ国民からは不信感を持たれていたが――

 

「……」

「殿下。もうその辺りで休憩されては……?」

「いや、中途半端になるから、キリのいいところまでやっておく。それと、すまないが木桶を一つ貸してくれ」

「か、かしこまりました」


 その手際と真面目に鍬を振るう姿を見て、徐々に信頼を勝ち取っていた。

 耕す作業を終え、井戸から水を汲んで木桶に移し、頭から被った。兵士たちはその行動に戸惑うが、アレクは気持ちよさそうに滴る水を拭った。


「で、殿下……?」

「あー……今日は暑いな」

「ご、豪快ですね……」

「これが一番手っ取り早いからな」


 そんなアレクの元に一人の女性が近づいてくる。


「あの……殿下。よろしければこちらを……」


 女性が差し出してきたのは、恐らく昼食であろう野菜の入ったスープだった。しかし、兵士たちは女性に対し、立ち塞がるように振る舞った。


「おい、そんな物を殿下にお出しするなど無礼であるぞ!」

「も、申し訳ございません。殿下の働きに少しでも報いようと……」


 兵士が高圧的な態度をとるのは無理もない。毒見役を通さない食事を王子に与えるのは、彼らにとっては問題になるからである。しかし、そんなことを知る由もない女性は平謝りするしかなかった。

 そんなやり取りの最中、様子を見ていたアレクは兵士を押し退けた。


「で、殿下?」

「そこを退け。……もらっていいか?」

「は、はい。ですが……」

「気にするな。……うん、美味い」

「殿下!?」

「お前たちもどうだ?」

「いけません!あなたのような高貴な方が、そのような粗末な物……それに、毒でも入っていたら……」

「みんな同じものを食べているだろう。それに、そんな粗末な物しか食わせてやれないことを、俺は恥じなきゃいけない立場だ」

「そ、それは……」

「もっと豊かにしていかなきゃな……だろ?」

「は、はぁ……」


 豆のスープとパンぐらいしか食べられていなかったメルを思いながら、アレクは感慨に耽っていた。


 その後も、土壌との相性の関係で自国では栽培が難しい薬草の貿易ルートの強化、及び検疫強化の打診や、遊び惚ける言い訳だった視察を本格的に行うことで、国民の声を聞いて国を豊かにする活動を続けていた。

 これまでと違い、アレクは献身的に国のために働くようになった。以前とは比べ物にならないほど変わったアレクだが、実は変わったことがもう一つあった。


「……すまないが、下げてくれ」

「殿下。こちらもお気に召しませんか?ここ数年で最高の出来なのですが……」

「ああ……すまない」


 アレクは酒をあまり飲まなくなった。メルと一緒に飲んだ蜂蜜酒とは熟成も品質も段違いなのは理解していても、あのときに感じた心に染みる感覚が湧いてこず、物足りないと思うようになってしまった。

 かつてのアレクであれば、浴びるように飲んでいた酒を拒む様子を見て、シュナイダーは心配になった。


「アレク……大丈夫か?お前が以前飲んだという蜂蜜酒も取り寄せたが、あまり口にしていないようだったが……」

「心配は無用です。父上」

「……ところでな、アレク。お前に縁談の話があるのだが……」

「縁談?そんなこと、今まで一度も……」

「以前のお前など、相手に申し訳なさ過ぎて縁談など組めなかったからな。今のお前なら大丈夫だろう」

「……」

「……どうした?」

「……その話、今すぐ受けなければならないのでしょうか?」

「まだと言えばそうだが、最近のお前の評判を聞いて縁談を申し込みに来た者がいるのは事実だ」

「……父上、確かめたいことがあるのです」

「?」


 その日の夜。アレクは馬車に乗り、メルの元へ向かった。

 馬車と護衛を待たせ、メルの家の明かりが点いているのを確認し、玄関を叩いた。


「……誰?」

「メル、俺だ。アレクだ」

「……アレク?」


 恐る恐る扉が開き、お互いが顔を合わせる。


「……これはこれはアレク殿下。こんな夜分にどのようなご用件で?」

「いつも通りでいい。……いや、いつも通りにしてくれ」

「……そう?後で無礼とか言わないでよ?」

「言わない……ところで、その鎌はなんだ?」

「護身用よ。これでも一人暮らしだもの、用心に越したことはないでしょ?」

「……相変わらずだな」


 軽く笑うアレクを、メルは訝しげに見る。


「……それで?本当にどうしたの?身なりを見るに追い出されたわけじゃなさそうだけど……」

「……久しぶりに、一緒に晩酌しないか?」

「……そんなことのためにわざわざ来たの?」

「そんなこととはなんだよ!」

「それはそうでしょ。一国の王子がこんな小汚いとこに住んでる女のところでわざわざ酒飲もうってんだから」

「いいだろ別に……つまみも酒も用意した。好きなだけ飲んで食べてくれて構わない」

「……ま、いいわ。ダルストンももう寝ちゃってるし、上がっていきなさい」


 護衛は離れたところから周囲を警戒し、アレクは久しぶりにメルの家へ入る。以前と変わらない様相に、懐かしさと違和感を覚えた。


「……なんだか、いつもと変わらないな」

「当たり前でしょ。そんなに時間は経ってないんだから」

「……結構な恩賞を送ったはずだぞ?」

「ああ、あれね。とりあえず後ろ盾にさせてもらってるわ。もしも病気になっても医者に診てもらって、薬をもらえるだけの貯えにはなったし……後は壊れてしまって困る物を新調するときに使おうと思ってね」

「そうか……」

「……とりあえず、座りましょう。おつまみ、期待してるんだから」


 持ってきたおつまみを広げると、燻製肉や魚の干物などの定番から、揚げ物やピクルスといったものまでテーブルいっぱいに置かれていた。


「……あんた、本当に王子なのね」

「最初から知ってるだろ!?」

「そうなんだけど、このテーブルにこんなに料理が並んだことなんてなかったから……」

「遠慮はしなくていい、追加の酒もここにある。余ったら置いていくから好きにしてくれ」

「最初からする気ないわよ。食べれるときに食べておかないとね……それじゃ、乾杯しましょ?」

「あっ、待ってくれ」

「?」

「その蜂蜜酒をくれないか?」

「これ?こんな安酒よりいいのがあるんじゃないの?」

「それでいい……いや、それがいいんだ」

「? ……変なの」


 こうして、久しぶりに二人での晩酌が始まった。二人は乾杯を終えると、酒を口に運ぶ。すると、あのとき味わった心に染みわたる感覚が蘇り、アレクは驚きながらも感激していた。


「……美味い!!」

「大袈裟ね。禁酒でもしてたの?」

「……そういうわけじゃないんだけどな」

「そうそう、ちょっと聞いてよ。さっきの恩賞で思い出したんだけどね。ダルストンったら、もらった恩賞で一度は飲んでみたかった高級なお酒を買ったらしいのよ」

「……?いいことじゃないか?」

「それが一口で酔い潰れちゃうくらい度数が高かったらしいのよ」

「それはまた……」

「でも、味はいいから意地でも飲むって言って。今日もたぶん酔い潰れてるんじゃないかしら?」

「以前までは明かりの点いている時間のはずなのに消えてたのはそのせいか」

「そうなのよ。わざわざ寝る準備万端にしてまで飲んでるのよ?おかしいでしょ?」

「まったくだ……」


 クスクス笑うメルを見ながら、アレクはある確信を得ていた。

 しばらく談笑が続いて、いい感じに酔いが回り始めた頃――


「そういえば、あんた頑張ってるみたいじゃない?まるで別人みたいだって……よかったわね」

「……メルのおかげだ」

「そうね。いっぱい感謝しなさい」

「……」

「……なによ。黙っちゃって……」

「メル、実は俺に縁談の話が来たんだ」

「! そうなの?よかったじゃない。相手は誰?キレイ?……って、そしたらここにいるのってマズいんじゃない?」

「まだ受けるという段階じゃない」

「そうなの?受けたらいいじゃない」

「その……」

「?」

「もし、もしもの話だけど。お前を妻にしたいと言ったら……どう答える?」

「えっ、無理でしょ」


 即答するメルに、アレクは肩を落とす。


「なんでだ!?」

「なんでも何も王族と平民なんだから、身分的に無理だし。……わたし、女性関係にだらしない人は好きじゃないの」

「じゃ、じゃあ、なんで俺を助けたんだよ……」

「死にかけている人を放っておくほど薄情じゃないわよ。……まぁ、一緒に暮らしている間に勝手にお金を持ち出したり、手を出してこなかったから、こうして一緒にお酒を飲む友人としてなら許容できるってだけ」

「……!」

「……アレク、あんた飲み過ぎよ。馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと身を固めて、女遊びもやめなさい」

「……悪い」

「……いいのよ。お酒のせいってことにしておいてあげるわ」

「諦めるのは無理だ」

「……えっ?」


 アレクは立ち上がり、メルの方へ近づく。メルの両手を握りながら、真剣な顔で言葉を続けた。


「ちょ、ちょっと、いきなり何を……」

「メル。今の俺があるのはお前のおかげなんだ。王子としてじゃない、ただの俺自身に価値を与えてくれた。……俺は、お前がいい」

「は、はぁ!?あ、あんた、自分が何言ってるかわかってるの!?わたし、そういう冗談が一番嫌いなんだけど!」

「冗談なんかじゃない。酒のせいでもないんだ。女遊びももうしない。身分の差も何とかしてみせる。だから……それが全部どうにかなったら、真剣に考えてくれないか?」

「……む、無理よ。人の本質なんて、簡単には変わらないわ」

「メル……信じてもらえるように努力する。だからチャンスだけでもくれ。頼む!」

「~~~……や、やれるもんならやってみなさいよ!」

「ああ、わかった。……今日はお開きにしよう。……おやすみ」

「え、ええ……おやすみ」


 程なくしてアレクは立ち去った。


「……馬鹿」


 顔の火照りを誤魔化すように、メルは酒を煽るのだった。


 お疲れ様でした。


 筆が乗ると、どうしても長くなってしまいますね……

 次か、次の次ぐらいで完結出来たらいいな……っと、思っています。

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